第7話 肉身の末路

---肉身(親)視点---


「エリーの奴め!アレだけ目をかけてやっていたのに逃げようとするとは!!」


怒りのままに椅子を蹴飛ばす。

この肉身家当主に逆らうなど許されん行為だ。本来ならじっくりと調教してやる所だが、非常事態の為慎重に行動する必要がある。


「そもそも何故この地でパンデミックが起きるんだ!何で知事はすぐに儂を助けに来ない!!」


どいつもこいつも使えない奴ばかりだ。

見張りも門番も勝手な事ばかりしおって!


「肉身さん、あの美人達はどうするんですか?」


若い衆が期待するように聞いてくる。

確かにあの生意気なガキ共は中々そそられる体をしていた。

コイツらにくれてやるのは勿体無いが、飴も必要か…。


「あの若僧を引き離したら貴様らにくれてやる。有り難く思え。」


儂の寛大な言葉に歓声が上がる。

アイツらは所詮はよそ者、勝手にここから離れた事にすれば問題なかろう。


「男の方はしっかり処理しておけよ。」


今まで儂に逆らってきた奴ら同様、ゾンビの餌にしてやろう。

パンデミックが起きてからの新しい楽しみだ。

生意気な邪魔者を生き餌にし、もがき苦しむ様を見るのは最高の娯楽だ。


「肉身さん!身元の確認結果出ました!」


早速調べて来たみたいだ。

報告させると内容はとんでも無いものだった。


「あの若僧クソは弟の会社の人間で、あのメス2匹が息子と同じ学園生とはな…!」


今すぐに殺しに行ってやりたくなる!

あの若僧クソが弟を殺した奴らの一味だったとは!

弟は会社の避難所を不当に退去させられ、最後の電話中にゾンビに襲われてしまった。

儂よりは劣るとは言え肉身家の人間に手をかけるとは…!


息子は学園の避難所を追われ、ここに逃げ延びて来た。

来る途中に仲間は全て殺され、今も青い顔をして塞ぎ込んでいる。

いずれ全員殺してやろうと思っていたが、わざわざやってくるとはな…!


若僧クソは絶対に殺せ!メスどもは壊れるまで犯し続けろ!」


叫ぶ事で何とか怒りを抑える。

夜までの辛抱だ。それまでどうやってゾンビに食わせてやろうか考えてやろう。




夜になり、ついに制裁を与える時が来た。

儂ら以外の人間は併設された体育館に詰め込み、外から鍵をかけてある。

多少騒いだ所で問題は無い。

息子も呼び寄せた。余りの怒りに時折呻くことも有るが、もう少しでその苦しみから解放されるだろう。


若い衆を突入して少し経つと、情けない声が聞こえてきた。


「肉身さん!奴ら抵抗して来ます!」

「警棒持ったガキと男がヤバイです!最初に入った奴らが一瞬でヤられました!」


チンピラ共が叫びながらやって来る。

今まで美味しい思いをさせて来たと言うのに、ここまで使えないとは思わなかった。


「ふざけるな!たかがガキの一人や二人何とかして見せろ!!」


武器を持たせて再度突入させる。

後で使うからメスには手加減をしていたんだろう。本当に使えないチンピラ共だ。


部屋の中から激しい物音が響き、数分経ってようやく静かになった。


「やっと終わったのか!クズ共を縛ったら開けろ!」


儂が声をかけると静かに扉が開く。

しかしその先に広がっていたのは信じられない光景だった。


「手応えの無い奴らだったぞ。もう少しまともな奴はいないのか?」


若僧クズが椅子に座ってこちらを見下して来ている。

周りには使えないチンピラ共が転がっており、腕や足を押さえながら呻いている。


「は!?な、な、何をした!?」


銃でも持っているのかと思ったが、銃声はしなかったし血を流している者もいない。

混乱していると若僧クズが声をかけてくる。


「オレ達はここを出て行く。邪魔するなら次は強行突破するぞ。」


「そ、そんな事が許されると思っているのか!?ここは政府に認められた避難所だ!そこで暴力を振るった貴様らは犯罪者だぞ!!」


許さん!コイツは儂を見下みおろしている!頭の位置こそ儂の方が高いが、確実に見下みくだしている。

余りの事に狂ってしまいそうだ。


「…廊下でアレだけ騒いでおいて、聞こえないと思っていたのか?貴様の言葉は録音してあるし、残りは転がってる奴らに聞くよ。今なら素直に答えてくれるだろう。」


「は、ふ、ふ、あ、あ、ありえん…。」


今までの人生で間違いなく一番の屈辱だ。

不敵に笑うコイツを見ていると自分が弱者だと言われているような気がしてくる。


「お、お、おい!閉めろ!!」


咄嗟に扉付近にいる奴らに声をかける。

少なくとも自由にさせて良い相手では無い。すぐに動きを封じなければ。


儂の言葉にすぐ反応し、何とか部屋に閉じ込める事が出来た。


「おい、朝になっても扉を開けないならコイツらの自白と共に全て公開するからな。」


部屋の中から声が聞こえてくるが、無視して扉から離れる。


「に、肉身さん、アイツら助けなくても…。」

「アホか!どうやって助けるんだ!10分も経たない内に半数近くの奴らがやられたんだぞ!?」


何も考えていない発言に怒鳴り返す。


「アイツらの事は考えるな!それよりもこのままだと儂らは破滅だぞ!!」


儂の発言を録音したと言っていたし、何より捕まった奴らが儂を売ったら確実に破滅する。

かと言って中の人間全員を救出するなど絶対に不可能だ。くそ!

管理者から外されればアホ共は従えられんし、そうなれば逆恨みで儂を狙ってくる奴らも出てくるだろう。


「……ゾンビ共を招き入れる。奴らをゾンビに食わせるんだ。」


もうそれしか無い。苦肉の策だが、ゾンビの侵入も警備のせいにすれば良い。

アイツが公開した動画など被害者が居なければ何とでも言える。


「そうだ!それが良い!我ながら名案だ!!」

「それだと中の奴らが…。」

「やらなければ儂ら自身が破滅するぞ!?選択の余地は無いだろう!!」


儂の言葉に全員が黙る。

見殺しにするしか方法は無いと皆分かっているのだ。


「すぐに入り口を開けろ!あの部屋以外の道も封鎖しろ!」


儂の言葉に一斉に動き出す。

今まで何度もゾンビを誘導して来た。建物の中まで入れるのは初めてだが問題ないはずだ。


ロビーまでは順調に進み、後は部屋の前まで導くだけだ。

一本道で多少長い道だ。危険だがやらせる他無い。


「最後の仕上げは貴様がやれ。そもそも貴様がエリーを出さなければこんな事にはならなかったのだ!」


最初にエリーの部屋を見張っていた人間に声をかける。

アレだけの失態をしておいて突撃班に加わって無い神経を疑うが、今となってはちょうど良かった。


「は?…え?私ですか…?」


戸惑っているようだが強引にやらせる。

他の人間も文句は無いようで皆納得の表情だ。


「ああ、貴様だ。ここで最後の誘導をすれば失態は許してやる。儂は寛大だろう?」


儂の言葉に渋々と了解してくれた。断ればゾンビの餌だと分かっているのだろう。

ラジオを扉の近くで起動させるだけの簡単な仕事だ。


男が奥に進んで少しすると、横の人間に目配せをする。

すぐに儂の意向を汲み、ゾンビ達を道まで誘導する。

通路の入り口はすぐにゾンビで一杯になり、最早戻るのは不可能となった。


「くそ!肉身!騙しやがったな!!」


奥から叫び声が聞こえる。

最早進む道は奥の部屋しか無い。後は待っていれば勝手に扉を開けて中の人間諸共食われるだろう。


(ようやく何とかなりそうだ…。)


ホッとしながら息子を見ると地面に座り込んで俯いたままだ。

儂と同じく怒りを堪えているんだろう。

そんな事を考えていると奥から鍵を開ける音が聞こえてくる。

ようやくかと思うと、続いて狂ったような叫び声が聞こえて来た。


「アハハハハハハハ!居ない!奴らは居ないぞ!!肉身!貴様の作戦は失敗だぞ!私も終わりだ!アーッハッハッハッハ!!


まさしく狂気に取り憑かれているが、誰も居ないとはどういう事だ。

ただの妄言だと思いながら監視室へと向かう。


「何故だ!何故奴らが居ない!!」


監視カメラから部屋の様子を伺うと、中には縛られた配下達しか映っていなかった。

肝心の奴らが居ない事に驚いていると、息子が隣までやって来ていた。


「おお!お前はここで休んでいろ!儂はすぐに奴らを探しに…。」


話の途中でもたれかかって来る。

慌てて受け止めると、首元からイヤな音がした。


「グアッ!イタッ!?か、噛んだのか!?クソ!離れろ!!」


慌てて蹴飛ばすと受け身も取らずに倒れていった。

そんな事より自分の胸元を見ると真っ赤な液体で染まっている。


「クソ!まさか…!」


慌ててクソガキを見るとふらふらと立ち上がる所だった。

ゾンビ化しているようで、目も白く濁っている。


慌てて離れようとするが、上手く足が動かない。


「貴様ら!ソイツをどうにかしろ!早く助けに来い!!」


チンピラ共を見ると、動かずにこちらを睨んだままだ。


「何をしている!この無能どもが!!早く助けろ!」


再度怒鳴りつけるとようやく返事を返した。


「いや、もうアンタ助からないよ。」

「むしろ全部アイツのせいに出来るから死んでくれた方が良くない?」


薄ら笑いを浮かべながら儂を見てくる。


「ふざけるな!今まで面倒を見てやったのを忘れたのか!」


しっかり分からせてやろうと声を上げるが、咳をした途端血が溢れ出し言葉が出ない。


(クソ!肉身家の人間がこんな所で終わるなどありえん!)


段々と視界が霞んでいく。

微かな視界の中でチンピラどもが後ろからゾンビに襲われているのが見える。


(儂を…侮る…か、ら、だ…。つぎは…アイ…ツ、ら…。)


その姿にほんの少し溜飲を下げ、目を瞑るのだった。

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