第5話 エリーとの出会い

夜が明けた頃に行動を開始し、避難所までの道を急ぐ。

途中で車とゾンビの群れに遭遇し大きく道を迂回する事になったものの、無事避難所までたどり着く事ができた。


「そこで止まれ!残念だがここの避難所はもう満員だ。折角来てくれて悪いが他を当たってくれないか?」


避難所は公民館を利用しており、門を塞いで警備の人間が立っていた。

どこかの警備員だろうか、警備服を着用している。


「女性まで居るのか…。尚更ここは止めた方が良い。ここは女性にとって良い環境とは言えないぞ。」


こちらを心配そうに見てくる。

肉身の避難所だと警戒していたが、どうやら悪人ばかりという訳でも無いようだ。


「この子の母親の中林エリーさんを迎えに来たんだ。軟禁されているって聞いてるが本当なのか?」


絵麻の頭を撫でながら質問する。


「中林さんの!?ゾンビに囲まれているって聞いていたが助かったのか!」


絵麻の顔を見ながら「確かに似ている…。」と呟いている。

納得したように頷きながら、詳しい話をしてくれた。


エリーさんは怪我をしていて、一人で救出に行くのは自殺しに行くのも同然だと言う理由で引き止められているとの話だ。

ゾンビ由来の怪我では無くゾンビ化の兆候は見られないらしい。

更に管理者の肉身が御執心で、軟禁状態にしてあわよくば手を出そうと目論んでいると言われた。


「私が言うのもおかしいが、変な事になる前に迎えに来てくれて助かったよ。」


避難所の警備部の人間達は肉身一派を快く思っていないようで、いつか何かを仕出かすと警戒しているとの事だ。

その火種の一つがエリーさんで、オレ達には全面的に協力すると言われた。

今警備部の大半は外へ探索に行ってるが、警備部の腕章を貸し出してくれた。

これが有れば手荒な真似はされないだろうとの事だ。



すぐに中に入れて貰い、エリーさんの元へと向かう。


「いよいよだねー。……ッゲ!肉身!アイツもここに来てたんだ。」


中に入って少しすると、莉緒が同級生の肉身を見つけた。

元々の避難所を追い出されたのが悔しいのか、青い顔をして座り込んでいる。

目があってもロクな事は無いと皆で視線を外し、奥の用具室を見つける。


「…あそこにママが!」


絵麻が真っ先に走り出し、皆で追いかける。


「ママを出して!」


扉の前の見張りに絵麻が声をかけるも、状況が分からず戸惑ったままだ。


「すまない。中にいるエリーさんを迎えに来たんだ。この子は娘の絵麻ちゃんだ。」


「突然何を…。」


「エマ!?」


見張りが何か言う前に勢いよく扉が開かれる。どうやら絵麻の声が中まで届いていたようで、慌てた様子で女性が出て来る。


「エマ!!ああ!良かった…!」


膝立ちになりながら絵麻を抱き抱える女性は確かに絵麻に似ていて、とんでもない美人だった。

透き通る金髪と青い瞳、抜群なプロポーションを保ち、とても中学生の娘がいるとは思えない程だ。


「火口さーん、気持ちは分かるけど、ウチらの時と態度違いすぎない?」


「そうだな。…やはり巨乳が無くてはダメなのか…。」


つい見惚れていたのを二人に嗜められる。

伊織は胸を気にしているが、十分ある方だと思われる。


(あれ…?でもどこかで…?)


どこかで見た事ある気がするが、ここで声をかけたら完全にナンパになってしまう。

どこかですれ違った事があったかも知れないと思い、深く考えるのを止めた。

この光景を見て呆然としている見張りに声をかける。


「見ての通り、実の娘だ。それでは失礼する。」


腕章を見せながら話す。

自分達は警備部と関わりがあると知らせる為にもわざと見せびらかすようにする。


相手の返答を待たずにすぐに移動した。

エリーさんとはまだ挨拶もしていないが、後でのお楽しみとしておこう。


話が広がる前に去ろうとロビーに入ると、ちょうど大勢の人間が中に入ってくるのが見えた。


(最悪だ…。)


集団は皆私服で髪を染めてる人間が多い。恐らく肉身一派だろう。

エリー達の金髪を隠し通すのは難しいと考え引き返そうとするが、すぐに見つかってしまった。


「…あれ?あの金髪ってエリーじゃん?何でこんな所にいんの?」


その声と共に、チンピラのような男たちに囲まれる。

エリーだけでなく莉緒達まで凝視されている。


「なんでコイツが外に出てんだよ!あの人に怒られるぞ!」

「見張りのヤツ、サボってやがったのかよ!」

「てかこの3人も超美人じゃん!見かけない顔だけど新入り?」

「誰か報告行っとけ!外出てる所見られたらオレらまで何か言われるぞ!」


オレ達を取り囲みながら口々に騒ぎ立てる。

集団の中から一人奥に入っていく。恐らく肉身の元へと向かっているのだろう。

残ったチンピラ達の中は莉緒達を囲んでスカートを下から覗き込もうとしているヤツまでいる。


「止めろ!警備の人間から許可は貰っている!すぐに離れろ!」


怒鳴りながらも近づいているヤツらを押して行く。

オレの行為に怒鳴り返してくるものの、腕章の効果か実力行使をされる事は無かった。


「道を開けろ!お前らに引き止める権利など無いだろう!」


莉緒には動画を撮影するように言う。

カメラを向けられるとチンピラ達は顔を隠しながら離れて行く。

「カメラ止めろ!」と大声で怒鳴られるが、無視して先に進む。

何とか集団を抜けるも、遂に肉身が出てきてしまった。


「待て!エリーの外出は許可されてない!そのまま連れ出すなら拉致と見なすぞ!」


白髪の少し混じった目つきの鋭い男がこちらに声をかける。

ネットで見た通りの顔で、他の肉身と同様に小狡い感じのする男だ。

言い返そうとするが、更に言葉を続けられる。


「自分の身元も示して無いのに避難所の人間を連れ去るなど認める訳にはいかん!動画の撮影も許可してない!すぐに止めろ!」


正しい事を言っているように見えるが、その顔は憎悪で染まっていた。

肉身の言葉にチンピラ達も勢いを取り戻し、莉緒の携帯を奪おうとする。


「警備の人間に許可は取ってある!その2人は見るからに親子だろ!」


そう言って莉緒を庇うが、何人かが勢いのまま殴ってくる。


「あ、ごめーん。急に出てくるから当たっちゃったよ。ごめんごめん。」

「ひでーなー。大丈夫かー?オレが見てやる、よ!っと。」


先程の鬱憤うっぷんを晴らすように暴行を加えてくる。

顔は狙わずにボディを狙って来る辺り手慣れた感じがする。

抵抗しようとするも、腹を殴られ呼吸が止められてうまく動けない。

マズイと思っていると、莉緒と伊織が止めに入ってくれた。


「火口さん!」

「止めろ!!」


2人はオレを庇うように前に飛び入り、そのまま蹴りを受け止める。

莉緒達まで暴行を加えられた事に怒り心頭になる。


「ふざけるな!!貴様!コロシテヤル!!」


激情にかられて特攻しようとするが、2人が優しく抱きしめてくれた。

自らの痛みを顔に出さずに大丈夫だと目で訴えかけてくる。

後ろからは絵麻とエリーも服を掴んでおり、その光景に何とか我に返る。


(…落ち着け。ここで突っ込んでも暴徒として処理されるだけだ…。)


特攻しても肉身の思う壺だと自分に言い聞かせる。

ドス黒い感情に支配されていたようだ。今までの人生で一番の怒りを感じた。


めないか、彼女達が怖がっている。エリー君、安心しなさい。君達の身元が判明するまでここに居て貰うだけだ。大人しく従うなら何もしないよ。」


先程までの態度と一変し、肉身が厭らしい笑顔で話しかけてくる。

いつの間にか大勢の観客が集まっており、彼らに配慮してるのかも知れない。

とは言え、このまま従っても良い結果にはならないだろう。


「警備の許可は取ってあると言ってるだろう!第一本人の意思で出て行くのに何故貴様の許しを得ないといけないんだ!」


腹の痛みを堪えながらも反論する。

ここの避難所は狂っている。遠巻きに見ている奴らも今の暴力に対して思う所は有るだろうが、目を向けると顔をそらすだけだ。


「門の警備なら先ほど反省室に送ったよ。儂の許しも無く部外者に腕章を渡したんだ。当然だろう。」


ニヤニヤしながらオレを見下ろすように言う。


「今の貴様らは侵入者で、不当な手段で警備の人間を騙した犯罪者だ。大人しく従わないなら実力行使に出るぞ。」


その言葉と共にロビーに武器を持った人間が入ってくる。

見た目からして軽薄そうで、肉身一派と思われる。


「…今彼女が撮ってる動画はライブ配信中だ。余り暴力に頼りすぎると解任されるぞ。」


悔しいが現状をひっくり返すだけの手段が無い。

拳を強く握りしめ、最後の悪あがきとして莉緒が撮ってる動画を再認識させておいた。

このままだと連行中に暴行されかねない。


動画を止める止めないで揉めたものの、何とか認めさせて別室へと隔離される事となった。

管理者更迭だけでなく支援物資が来なくなる、見捨てられると言った言葉で脅したから、多少は効果が有ったかも知れない。


先程までエリーが閉じ込められていた部屋に連れてこられ、4人まとめて押し込まれる。


「身元の確認は明日には終わるだろう。夜になったら貴様は別室に連れて行くからそのつもりで居ろ!」


そう言って肉身がオレを指さす。

口元は笑っているが、憎しみの目を向けてきている。


「は!?何でアンタらに勝手に決められないといけないの!?」

「私たちは火口さんが一緒で構わない。彼と離される方が困るくらいだ。」


「ここでの決まりだ!」


莉緒と伊織の言葉を無視し、怒鳴りながら扉を閉める。

真っ赤な顔で、閉めた後も外で怒鳴り散らしていった。


「…火口さん。大丈夫?」


扉が閉まるとすぐに絵麻が声をかけてきた。

涙目でオレの服を脱がせようとしてくる。


「簡単な救急セットなら有ります。すぐに服を脱いで下さい。」


エリーさんも真剣な顔で良い寄って来る。

大丈夫だと言うが聞いてくれず、莉緒と伊織まで加わって服を剥ぎ取られた。

目を爛々と輝かせてにじり寄って来るのは中々に恐怖だった。


「おー、中々良い身体してますなー。」

「ふむ、もう少し鍛えた方が良さそうですね。」


莉緒と伊織の言葉に違和感を覚える。

長い社畜生活ですっかり衰え、腹も出ている体を見たとは思えない感想だ。

驚いて自分の体を見ると、とてもマッチョとは言えないが醜いものでは無かった。


(…なんでだ…?)


疑問に思い腹を掴んでみるも、僅かに脂肪が摘まめるくらいだ。

元々の体とは大違いで、混乱している内にエリーさんの診察は終わっていた。


「はい。どこもアザとかになっては無いみたいですね。一応少し時間を置いたらまた見てみましょう。」


「あ、ああ。」


釈然としない気持ちのまま、いつまでも裸ではいられずに服を着るのだった。

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