なぜチート能力を持つ冒険者は恋人を寝取られてしまうのか

夏目くちびる

第1話

 昼休み、休憩室でパンを食べていると、隣の席で先輩のココさんが徐に口を開いた。彼女は、紫髪と、八重歯に角、ツルツルの尻尾を持ってる。所謂、魔族だ。



「ねぇ、なぜチート能力を持つ冒険者は恋人を寝取られてしまうのか、考えたことない?」



 ここは、冒険者ギルド。営業部で働く俺だが、今日は事務員が一人急病で休んでいるため、顧客の見積で忙しくずっとギルド内に籠っていた。



「ないです」

「不思議だと思わない?仕事場でもずっと一緒にいる恋人にさ、何でフラれちゃうんだろうね。というか、そういうのって温度差とかで気づくよね?最後の最後まで分からないっておかしくない?」

「知らないです」

「私、気になって朝も起きれないの。一緒に考えよう?」

「嫌です」



 しっかり眠って、ただ寝坊助なだけじゃないか。そんな事を思ったが、俺は彼女に弱い。心のどこかで、惚れてるんじゃないかって錯覚する時がある。



 もしかして、変な魔法でも使ってんじゃないだろうか。



「そんなこと言わないでよぉ。私、今度の女子会でみんなに教えてあげたいのよぉ。みんな気になってるのよぉ」

「だったら、自分らで考えたらいいじゃないですか」

「ヤダヤダヤダ!教えてくれなきゃ嫌だ!私バカだもん!わかんない!」



 子供か、魔性か。まぁ、多分この人の場合は後者だ。俺が、頼られると断れない性格なのをよく知ってるから。



 それにしても、良くここまでバカっぽさを演じられるモノだ。この人、本当は就職のリクルーターなんかも担ってて、若手の中でも責任感のある人なのに。



 営業マンとして、頼み方を見習わなければいけないな。



「……仕方ないですね。それで、なんでしたっけ?」

「やった。なぜチート能力を持つ冒険者は恋人を寝取られてしまうのか、だよ」



 確かに、昨今ではこういった問題が多いように感じる。クエストを取ってくる役割の俺にとって、大した実害はないしどうでもいいんだけど。登録や管理や報酬なんかの管轄は、結構大変なのだと時々愚痴を聞く。



 因みに、ココさんは総務部だ。気が向いた時、人足らずの受付へ行って手伝ってる事もある。言ってみれば、自由人だな。



「別に、浮気は言うほど珍しい話じゃないし、不倫や離婚だって世の中にはありますよ」

「そんなこと分かってるよ。私は、あんなにチートまみれの男がフラれる理由が知りたいの」

「間男のチンコが魔剣並なんじゃないですか?」

「きゃはは!エッチ!」



 何がそんなにおもしろいんだよ。 



「でもさ、魔剣チンチンでも浮気するまでは知らないワケじゃん?そこに至るまでの話がわからないよ」

「じゃあ、単純に能力の高さと人間力の高さが比例していないって話なんじゃないですか?どれだけ強くても、人間的魅力に乏しければ相手だって離れていくでしょう」

「ふむふむ」

「それに、寝取られたりフッたりする女って、結構男の幼馴染みだったり聖女だったりするじゃないですか」

「そだね、確かに多いよ」

「なら、今まで閉鎖的な場所で生きてきて、たまたまその男と出会ったら好きになったけど、いざ社会に出てみたら見識が一気に広がったから、自分の恋人の矮小さに気が付いたとか」

「うわぁ、かわいそう。君、よくそういう事言えるよね」



 仕方ないだろ、客観的に見ればそうなるんだから。



「寝取る側が悪いとか、そうは思わないの?」

「いや、思いますよ。よく、泥棒被害にあった人に『取られる方が悪い』とか『騙される方が悪い』とか言いますけど、元を辿れば騙す奴がいなければ騙される奴も生まれないですし。あれって、吹っ掛ける側の意識を持ってる奴のペテンだと思います」

「こ、恐いよ」



 まぁ、俺も何度もハメられて失敗し続けてるから。愚者なりに、経験に学んでるのさ。



「でも、その割には取られる側に辛辣じゃん」

「それとこれとは話が別です、本人に責任がないとは言ってません。世の中、全てが自己責任です」

「うわ、また恐いこと言ってる」



 スリスリしないで。俺に女子会で話す言葉の責任を刷り込まないで。そう思って、俺は席を離した。



「第一、金や物ならまだ同情できますが、盗られた物は人ですからね」

「というと?」

「そんなに大切なら、相手が裏切らないように尽くして、好きでいてくれるように付き合えばいいじゃないですか。そういう努力もせずに被害者面って、ハッキリ言って救えませんよ」

「実にSっぽい発言だね」

「……どういう意味ですか?」

「尽くしたがりでしょ、君は」



 そんなにニコニコされても、何を言えばいいわからないです。



「あ、そのパンおいしそー。どう?」

「うまいです」

「コーヒーさ、この前出来たカフェのヤツがおいしいよ。私が飲んだの、カフェモカだけど」

「へぇ、そうなんですか」



 なんだ、話が脱線したぞ。この人との会話は、いつもこうだ。



「一緒に行く?」

「しばらく時間がないです」

「ぶぅ」



 まぁ、このまま話が終わってくれるなら――。



「それでさぁ、なんで気付かないんだと思う?一発ヤッてキッパリ別れないでしょ?あぁいう人種って」



 あ、まだ続くんだ。



「だから、恋人の事をちゃんと見てないんじゃないですか?」

「でもさぁ、女ってそういうの隠すの上手だよ?」

「まぁ、それは否定出来ませんね。俺も当事者になって奪われても、隠されたら気が付かないかもしれません」

「じゃあ、君の彼女になったら遊び放題だ」



 無視して話を続けよう。



「周りに目を向けられないくらいガムシャラに仕事してる事って、男は割とありますしね。構ってくれないって言われたって、金を稼がなければ金より大切なモノを守れませんから」

「わかってるけどさ、やっぱ寂しいじゃん。たまには相手してくれても良くない?」



 上目遣いで、ずーっとニコニコしている。なんだか、自分が魅力的に見える黄金比を知ってるって感じの表情と角度だ。



「無闇に気を抜くと、ストレスを彼女に向けてしまうってビビってるんじゃないですか?女と違って、苦しみや弱点を愚痴に出す事、嫌う男は結構いますし。その結果、思わぬ形で外に出ちゃうこともありますし」

「女は、疲れてる人に気を使ってないってこと?」

「そうじゃないです、根本的にストレスの解消法が違うんですよ。関係を続けていく以上、本来ならその差に互いで気を使うべきですが。まぁ、チート能力を持ってるって驕りが男側にあるんじゃないでしょうか。どれだけモラルを唱えても、この世界って実力主義ですからね」



 強けりゃ何してもいいって、俺はそういう考え方結構嫌いだけど。弱いクセに「社会的に殺す」って言葉を使う奴が、社会的な殺し方を知らないのも事実だ。弱くて無知なバカはどこまで行っても殺される側だし、何よりその力で成り立ってる社会が証明している。



 それに気が付かないから、殺され続ける。心を。



「あとは、チート能力に覚醒するのがパーティを辞めてからってことも結構多いみたいだし。本当に何の罪もなく、力で奪われてる事だってあるでしょう」

「それだと、誰が悪いの?」

「そりゃ、奪う奴。と、言いたいところですが、個人的には寝取られる女に一番比重が掛かると思います」

「なんで?」

「力で押し付けられたならしょうがないけど、基本的に乗り気だから男がパーティを抜けるワケじゃないですか。それなのに、相手をフラないからですよ」



 これは、フラれる責任を差し引いても男が可哀そうだ。



「じゃあ、どうればいいのよん」

「決まってるじゃないですか。男に失恋させて、とっとと間男とくっつけばいいんです」



 ごちそうさま。パン一つ食べるのに、随分時間がかかってしまった。



「だって、フるのって面倒じゃん。『好きじゃないの気付けよ』って思う事、たまにあるよ?」

「そこのところが、一番タチが悪いですよ。セックスも相性が悪くて、同じ仕事なんだから別に経済的メリットだって大して無いハズなのに、本当に意味不明です。最後の情けくらい、しっかり掛けてあげてくださいよ」

「でもさぁ、好きじゃなくなっただけで悪者扱いされるのっておかしくない?」



 その認識が、根本的にズレてると思うのは俺だけか?



「確かに相手の男には嫌われるかもしれませんが、別に好きでもない相手にどう思われたって関係ないでしょう。周りから見れば、些細な事です」

「逆恨みされるかも。実際、寝取られた男が仕返しとかする事、かなり多いじゃん」

「なんの為に、憲兵や冒険者が居るんですか。恥ずかしくないので、トラブルになりそうだったら誰か呼べばいいんです。寝取った男にもプライドがあるんでしょうが、生死に比べればちっぽけなモノです」



 そして、『社会的に殺す』とはつまりそう言う事だ。いくらチート能力に覚醒したからと言って、目に見える暴力を発揮すれば、世界に見放されるのだから。この国では国外へ追放されて、後は永遠に流刑地で生活する事になってる。



 まぁ、不老不死の人間もいるし、極々一般的な極刑だと思う。



「でもね?みんなは君ほど冷静じゃないし、責任感もないんだよ。バカでごめんね?」

「謝られても困りますよ。次の彼氏には、ちゃんと失恋させてあげて下さい」

「そこを謝ったんじゃないからね!?私は毎回ちゃんと別れてるからね!?」



 消防士や漁師の妻が、夫が帰ってこなくて寂しいってのは納得出来ないけど分かる。冷たい夫に我慢出来なくて、優しい奴に傾くのも普通に分かる。女の方が金持ちで、夫が枯れたから若いイケメンとセックスするのも当然分かる。



 でも、冒険者ってそうじゃないだろ。男も女も、同じ命を掛けて同じ報酬を貰ってる。少なくとも、ギルド規定ではそうなってる。なのに、心臓を握り合う仲間と、同じチーム内で女のやり取りするなんて、正気だとは思えない。



「じゃあ、どうしてそんな事になるのよ」



 ココさんは、俺の淹れたコーヒーに勝手に砂糖とミルクを入れて飲んだ。仕方ない、もう一度淹れよう。



「今までも色々と話しましたが、実はここからが、ココさんの疑問の解答編です」

「ワクワク」



 それを口で言う人、初めて見た。



「結論から言えば、浮気や裏切りは寝取られる男への報復だと、俺は思っています」

「……え?取られる男が、本当は悪いってこと?」



 頭の上にはてなマークを浮かべて、ココさんは首を傾げた。



「まぁ、平たく言えばそういう事です」

「それはなくない?だって、言っても被害者じゃん」

「そこなんですよ、問題は」



 コーヒーを一口。午後は大口顧客とのアポがある、憂鬱だ。



「事の起こりというか、前提として寝取られた後、男はパーティを辞めるじゃないですか」

「まぁ、だから総務が大変なワケだしね」

「なら、その理由って何なんだって話なんですよ」

「だから、裏切りに耐えられないからでしょ?」

「それは、辞める方の事情です。俺が言ってるのは、パーティ側から申告される理由です」

「弱くて戦闘の使いモノにならなかったり、荷物持ちの経費削減だったり。言ってみれば、戦力整理じゃないかな」

「それです。どうして、戦力整理のタイミングで、こうも都合よく寝取りが発覚するのか」



 カップの中の波紋は、俺の手の疲れを映して揺れている。



「……もしかして、陰謀って事?でも、何の為に?」

「単純に、辞める奴がパーティの秩序を崩したり、仕事の邪魔をしてるからですよ」



 気が付くと、彼女は再び俺に席を近づけていた。



「どういう意味?」

「追放って、言って見れば懲戒解雇ですからね。パーティとしては、周囲に対する印象がよくありません。ですから、辞めさせたいメンバーに対して、色恋による自主退職を促しているんです」

「えぇ、そんなことあるかなぁ。と言うか、寝取って辞職させる気にする方が心象悪くない?」

「確かに、不快に思うギルド職員もいるでしょう。しかし、企業としてはどうでもいいです。どれだけクズだろうと仕事をこなす奴を重宝しますし、聖人のような人格者でも仕事が出来なければ頼りません。だから、俺たちは無学で命知らずの冒険者に仕事を斡旋するワケです」

「そこまで言わなくても」

「おまけに、最初からチート持ってて隠してることあるじゃないですか。あれ、クエスト主への報告漏れで俺らがキレられる事あるんですよ。やってる事はやってるって言わないと、それで認められないってどういう神経してんのか分かりません」

「なんか、君も疲れ溜まってるねぇ」



 頭を撫でられたが、手で払ってコーヒーを飲んだ。



「と言うのは、まだ論理的でマシな解釈です」

「……え?」



 一瞬口にしようか迷ったが、俺はため息を吐いて言葉を紡いだ。



「そもそも、そんな人生の汚点を周囲に言いふらして同情を誘う男の方が、生理的に受け付けないくらいキモイというのが営業マンの中での意見です。俺も、同じ男として軽蔑しています」

「お、落ち着いてよ」



 落ち着いてる。落ち着いてるからこそ、自分がよくない事を口にしているのも分かっている。



「でも、別に何も言わないでどこかに行く人も多いじゃん。貴族とか企業の繋がり上、私たちはその後を知る事になるけど」



 ココさんは引いていたが、一度口を出た毒はもう止まらなかった。



「そんなの、普通なら当たり前ですよ。そこを誇る時点で、たかがしれてると思いませんか?」

「別に、彼らは誇ってないと思うけど」



 確かに、そこは俺の先走りだ。



「すみません」

「いいよ、続けて」



 こういう優しいところが、俺がこの人に弱い理由だ。



「……自分がずっと被害者だったのか、元々常識が他人とズレてるのか知りませんが、寝取られる男はナチュラルに人を傷付ける人格をしてるんだと思います。時々クエスト主に話を聞きますが、『コミュニケーションが取れなくて、能力任せで他人の分まで終わらせる時がある』とボヤいていました」

「ウケる」

「注意して逆ギレされると殺されるかもしれないからと、適当に褒めたりしてるみたいですけどね」



 閑話休題だけど、クエスト主の不満を宥めるのが、俺たち営業の本懐だとも言える。



「まぁ、現場でもそういうナチュラルサイコな一面が見えるみたいなんで、恋人相手に同じ事をしていても納得します。むしろ、恋人だけに優しかったら、いよいよ性格が悪過ぎます。男の俺が言うのもなんですが、女ってそういうのすぐ気が付くでしょう?」

「わかる。この人、全然目が笑ってなくて怖いとか結構あるよ。というか、周りに優しくない男って下心丸見えでキモイしね」



 この人、自分のダークな面をやたら明るく話すよなぁ。やっぱ、魔族って感じだ。



「そう言う人間に、普通に辞めてくれるように話をしても無駄でしょう。だから、パーティは『寝取り』という荒業に出るんだと思います。これが、俺の思うチート能力を持つ冒険者が恋人を寝取られる理由です」

「なるほど、寝取られるよりも前に、どんな生活をしていたかが大切ってことなんだね」

「もしかしたら、本当に寝取る側がクズで、寝取られる女もクズで、男は被害者なのかもしれませんが」

「そこは、自己責任と」

「そう言う事です。みんな、最後には苦労を一人で乗り越えてるんですよ」



 というか、そもそも冒険者なのに取った取られたで被害者面がおかしい。あの人たちは、俺みたいにサラリー貰って生活するのが嫌だからそういう仕事やってんのに、ちょっと辛い目にあったからってビービー言うなよって思う。



 それが我慢出来ないなら、普通の企業で働けば?って感じ。



「……君って、冒険者が嫌いなの?」

「別に、好きでも嫌いでもないです。仕事をこなしてくれますし、感謝もしてますよ」

「本当に?」

「本当です。まぁ、今の話は本人たちには耳障りかもしれませんが、客観的にはそう見えてるってだけです」

「えへへ。そういう毒を聞きたかったから、君に聞いたんだけどね」



 そう言って、ココさんは舌を出し笑った。この人、俺より性格悪いよ。



「でも、言い過ぎ。流石に、みんなにお話出来ないよ」

「すいません、力になれなくて」

「じゃあさ、表向きの理由でも考えてよ」

「……そうですね」



 そして、俺はコーヒーを飲み干して立ち上がった。



「『お前はこんな所に収まってる器じゃない』っていう、パーティからの厳しいメッセージなんじゃないですか」

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なぜチート能力を持つ冒険者は恋人を寝取られてしまうのか 夏目くちびる @kuchiviru

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