第3話【分家の立場】
英雄になる。目標を掲げることは、簡単である。
実際は、何年経ってもいまだその一歩も踏み出してはいない。
俺は、ターブルロンド帝国のルグラン伯爵家と帝国武術学校で、一人修学に耐えた。
この数年間で、行動範囲も広がり色々なことがわかった。
ルグラン伯爵家は、異世界から異生物を召喚する役目を担っている。
異世界から異生物を召喚するには、大召喚石が必要だ。
大召喚石は、この世界の教主国リュンヌ教国から功績のあった国へ授与されている。
そして、リュンヌ教国によって選ばれた貴族だけが、この大召喚を行うことができるのだ。
ルグラン家が、所属するターブルロンド帝国は、イストワール王国との戦争中である。
しかも、長い両国の戦いの歴史でいまだかつてないほどの激戦だ。
リュンヌ教国は、今のところどちらかに肩入れするつもりはないらしい。
しばらくは、大召喚石をどちらにも授与することもないだろう。
だからこそ、今のうちにルグラン伯爵家を失脚させて、後々に後継を狙おうとする貴族が多いのだ。
ルグラン伯爵家の分家もその一人であり、後釜に最も近い立場にある。
彼らの動きは、戦争の激化を隠れ蓑に大胆になっていった。
*
ルグラン本家のアルウィンは、優秀な成績で帝国武術学校を卒業した。
明日には、配属が決まるという。
現在、ターブルロンド帝国の旗色が悪い。かなりの人手不足である。
多くの騎士や兵士が、次々と2つある最前線に送られている。
一番の激戦地、フジミ草原。ここは、広く国境を接している地域だ。
平時より常に小競り合いが行われていた。
もう一方が、アニュレ峠。この峠の近くには、両国ともに重要拠点を持っている。
卒業式の夜、俺は、アルウィンとともにルグラン本邸に戻っていた。
他のものは、大宴会でもしているのだろう。
あの様子は、今が戦時なのも忘れているようだった。
「おそらくは、アニュレ方面の配属になるだろうね。リシャールは、僕の顧問としてついてきてほしい」
アルウィンは、卒業証書をベッドの上に放り投げた。自身も体を横たえた。
「配属前に、分家の方をどうにかしたほうがいいな。最近、分家の屋敷に数名の貴族どもが出入りしてるらしい」
俺は、扉の横の壁に寄りかかる。
分家の屋敷に出入りする人間の中には、旅人に偽装したならず者たちもいる。
「……リシャールは、どのタイミングで攻め込んでくると思う?」
アルウィンは、ベッドから起き上がった。
その大人しそうな顔に似合わず目は、月光を反射して鋭く光った。
「今夜……だろうな」
ルグラン分家が、本家を押さえるためには現当主を亡き者にすればいいという話ではない。
跡継ぎのアルウィンがいるからだ。俺たちは、明日には前線へ送られる。
最前線ならば暗殺する機会もありそうだが、そのための資金と人手が足りないはずだ。
分家は、ルグラン家に敵対する貴族とは、完全に連携することはできないだろう。
何故なら、分家が本家になるだけで大召喚石を使用する権利に何ら変更がないからだ。
彼らの狙いは、あくまでも大召喚石の使用権利である。
分家をそそのかして、ルグラン家ごと抹殺を狙うはずだ。
「他の貴族も、分家とともに動くかな?」
俺は、アルウィンの顔を見て首を横に振る。
ルグラン家が滅んだ後。大召喚石の使用者を決めるのは、リュンヌ教国なのだ。
まずは、分家に本家を潰させる。分家の乱心を貴族院に言上して、分家を没落に追い込むはずだ。
その後は、大召喚権利獲得のために慎重な根回しをするのではないだろうか。
しかし……
「ターブルロンド帝国の貴族の力では、リュンヌ教国の重臣とつながることもできない。まずは、イストワール王国を打倒しなければと考えるだろうな」
俺は、壁にかけている外套を身に纏った。
「出かけるの? なら、僕は自室に戻るよ。分家の動きは、密偵が探ってるからね。ちなみに今の所は動きなしだ。リシャールは、心配性だね」
アルウィンは、軽く声を立てて笑う。
俺は、その無邪気な笑顔を見ながら、やはり御曹司だなと思った。
その密偵が、分家に買収されていることには気付いていないらしい。
ならば、俺はルグラン家の守り神としてやるべきことをやろう。
外套のフードを深くかぶり、本邸を出た。
青白い月だけが、俺の歩みを見つめていた……
第3話【分家の立場】完。
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