第2話【自由の先は?】

 俺が、ルグラン伯爵家の養子となって数ヶ月がたった。俺の自由は、まだまだ先だ。


 屋敷から学校までの馬車移動が、今の俺の全て。


 ルグラン伯爵家の養子になったとはいえ、元は出自のわからない身。


 自由に動き回ることはできないし、禁止されていた。


 自分を守れるほど強くなるまでの間という条件だが。


 アルウィンは、最初にあったときと変わらない態度であった。


 差別も偏見もなく、俺を助けた理由は、ただ守り神にするというだけだ。


 その考えは、理解しがたいものがある。


 それは、俺だけではなかった。


 *


「お前、ルグラン家の養子か?」


 学校の休憩時間は、アルウィンと離れて過ごす唯一の時間である。


 アルウィンは、ルグラン伯爵家の嫡子として教官に特別授業をうけるからだ。


 一人になった俺に、アルウィンの上級生たちが、声をかけてきた。


「はい……」


 俺の返事にアルウィンの上級生たちは、互いに顔を見合わせながら笑う。


 俺は、逃げ道をふさぐように上級生たちに取り囲まれた。


「話があるんだ。少し来いよ。帝国貴族と話せるんだから、名誉なことだぞ」


 俺は、うなずいた。拒否権などない。サーカス団の団員が言っていた。


 お貴族サマの言葉は、太陽の言葉だと……


 *


 遠くに見える太陽は、もうすぐ夕日に変わるだろう。


 風が強いのか、雲が少し早く動いていた。


 誰もいない道場の裏。誰が育てているのか、花壇には沢山の花が咲いていた。


 アルウィンは、俺を探しているはずだ。


 景色が揺れる。上級生たちの荒れた声や鼻息が、耳に触れる。


 俺は、きれいな花を潰さないように倒れる場所を選んだ。


「ほら、どうだ。ルグラン家に飼われて貴族の仲間にでもなったつもりか?」


 上級生の一人は、いかにも残忍な顔つきで俺の腹を殴る。


 どうやら、腹にパンチを当てるのが好きらしい。


 痛くも痒くもない。俺は、もっと残酷な暴力を受けてきたのだ。


 それに比べれば、鞭あてにも劣る脆弱な拳だ。


「お喋りを許可してやったのに、何も言わねぇな。こいつ……」


 別の上級生は、掛け声と所作ばかり立派な蹴りをはなった。


 派手に倒れてやると、ご満悦の表情を浮かべている。


 俺には、理解できた。こいつらは、ルグラン家との間に一騒動を起こしたいのだろう。


 アルウィンに暴行を加えるわけにもいかない。そこで、俺だ。


 俺に暴行を加え、ルグラン家が抗議すれば下賤のものを庇ったとして立場を悪くさせるつもりだ。


 ルグラン家が、抗議をしなくても、ルグラン家への圧力になるだろうと考えているのではないか。


 抵抗など考えるまでもない。


 だが、それは地獄の日々から救い出してくれたルグラン家への恩義ゆえなのか。


「もっと、もっと。許しを請うまで続けるぞ」


 上級生たちの声は、サーカスの歓声に似ていた。


 *


 虚無のような時間が過ぎて、上級生たちは息も絶え絶えになりながら去っていった。


 俺は、仰向けになった。ようやく見通しの良くなった青い空を見る。


 集団で殴られても無表情で、傷一つもない。そんな男に恐怖を感じたのだろう。


「バケモノ」


 そう罵られた。全て、慣れたものだ。俺にとっては、挨拶のような言葉である。


「随分と、酷くやられたね。ごめん。探すのに手間取って……。今日に限って、教官がなかなか帰してくれなくてね」


 アルウィンの声だ。俺は、起き上がる。服についた土ぼこりを払った。


「どこが酷い? 少し、服が汚れただけだ。それよりも……」


 アルウィンの顔は、少し紅潮しているようだ。額には、汗が光る。


「分かってるよ。すぐに抗議しよう」


 俺は、夕日に向けて指を差した。


「いや、あいつらの狙いは抗議させることだ。教官もグルだろうな。無視しろ。道端のゴミが、蹴飛ばされただけだ……」


 アルウィンは、夕日を見てため息をついた。


「どうすればいい、アルウィン? ルグラン家を不動のものにするには……誰も逆らえないくらいに」


 ルグラン伯爵とは、随分と恨まれている立場なのだろう。


 ならば、恨むものすべてを焼き尽くすほどの太陽にならなければならない。


 そうだ。夕日のように、真っ赤に燃える太陽のような存在である。


「戦争で活躍して、英雄になることかな……僕か君が。父上は、もうお年だからね」


 アルウィンは、首飾りの宝石を手にとって悲しげに見つめた。


 自由のその先は、英雄。俺の中で、目指すべき場所が見えた気がした。


 簡単なことだ。アルウィンか俺が、英雄とやらになればいいだけの話なのだから……


 第2話【自由の先は?】完。

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