being―存在―

さくら

being-存在-

「お母さん、ただいまー!」

「おかえりリーサ、大丈夫だった?」

「……うん、平気だったよ。フードも被ってたし……それにしね」


心配そうな母と視線を合わせまいと、町で買ってきたものを片づけていこうとする。


でも母の視線が私の顔にできてしまった青あざに留まると、母は優しく、悲しそうにその痕をなでた。


「……大丈夫だって、お母さん。ちょっと喧嘩しちゃっただけ」

「……ごめんね、私の……私の病気が遺伝したせいでこんな目に……」

「お、お母さんは悪くないでしょ!この病気だってお母さんのほうがずっと重いんだから……」

「私は満月の夜から数日だけだもの……でもリーサ、あなたは……」


私は、抱きしめてくれている母の背中越しに、そこから先の言葉をさえぎった。


「ううん、マシだよ。ただ毎夜、半身だけに症状がでるだけだもん。日中は平気だし、ね!」


本当は、どれだけ他の子みたいに「普通の外見」をしていればよかったか、何万回も思ってたけど……昔、母が私をよく庇ってくれたことを思い、少しだけ強がった。


母の温もりを感じながら、改めて私は、この身体のことを思わざるをえなかった。

「夜」というものがもたらす、私たちへの呪いのことを。


夜。

月。


真っ暗な闇を照らす月の光を、人によっては、「美しい」と形容するということはしっているけれど、私たちにとっては、災厄以外の何物でもなかった。夜が来るたびに、私たちは逃げられない恐怖と戦い続けているのだから――。


昔も今も、私は夜空がどうしようもなく憎くて恐ろしかった。

自分が自分ではなくなるような感覚――それはきっと、他の誰にも分かり得ないものだと思う。自分が、「別の何か」に変わっていくその感覚は、毎夜のことであっても慣れることはない。ただただ怖くて、呪わしかった。


自分の皮膚が、爪が、歯が、目が――あらゆる部位が、ヒトから「化け物」と呼ばれるモノに変わるのは、耐えられない苦痛だった。


医師にもとうの昔に匙を投げられた、まるで恐ろしい獣のようになってしまう原因不明の病は、誰が言い始めたか「獣化病」と言われるようになり、知りうる限りたった2人しかいないこの病の罹患者を、彼らは恐れ、迫害した。その名の通り「獣」となった姿を見て恐れた彼らは、私たちを決して受け入れてはくれなかった。一旦知られると、手のひらを返したかのように冷たい反応をされた。


子どもだからといって大目になど見てはくれなかった。「見た目は子供だが化け物だぞ」と、代わりに言われるようになった。


辛かった。ただひたすらに。


たとえ症状が出て外見が変化してしまっても、それ以外の――感覚や認知、味覚等を含めて、すべてが発症前と何ら変わってはいないというのに。

好き好んでこんな病気になったわけでもないのに。

――私も母も、普通の、ごく普通の人間なのに。


――食べないで、とおびえた目で見られた夜、溢れる涙をこらえることができなかった。


買い物の時も、発症後はフードを必ず被るようにしているけれど、面が割れている私たちは、たとえ日の落ちていない時間帯であっても釣銭すらまともに受け取らせてくれなかった。「伝染るから来るな!」……何度、そう言われただろう。日用品さえ、まともに売ってくれなかった。



深く考え込んでいた私に、優しく母が声をかけてくれた。


「さ、せっかくリーサが頑張って買出しに行ってくれたんだもの。夕飯はうんとおいしいものにしましょう」

「――うん。ありがとう、お母さん」


今日は満月……。夕陽に照らされ、少しずつ症状が出はじめ、獣化しつつある母の手を、竜のような硬い鱗と爪で覆われている方の手で握り返した。



食事が終わり、食器を下げて洗っていると母がいつものようにこう言った。


「ごめんね、リーサ。今の時間、私、何も、できなくて……」

「いいんだってお母さん。私はいつでもこうだから、その分お母さんより動きやすいし」


日も完全に落ち、闇に包まれたこの時間は、母は細かい作業ができなくなる。

――月の影響を大きく受ける同じ獣化病であっても、母と私では症状が異なるからだ。


母は満月の夜から数日間、顔の半分を除くほぼ全身がクマやオオカミのような容貌となる。

一方私は、部分的には母より軽度だと言える。全身ではなく、半身のみ竜のような硬い鱗で覆われるだけだが――その代わりに、月の満ち欠けに関係なく、毎夜、太陽が出ている時間帯以外は身体が変わる。


そんな私たちの生活は、日の出と日の入りを意識せざるを得ず――しかもそれぞれで症状も身体の可動域も違うため、生活の上では相当の工夫を強いられた。


それでも、母も私も、こうして生きていけていた。

この、不自由な体とともに。


私たちは、他のみんなと同じ、ヒトなのだと思うことができた。


――たとえ夜毎、姿が変わろうとも。

――夜におびえる日がずっと続くとしても。


大切に額に入れられ、壁に掛けられている一枚の写真。

そこには、竜のような半身をした幼い私を、優しく抱き上げる父の姿があった。


――お父さんはね……「事故」で死んじゃったの。町で、ね――


そう母から聞かされた幼かった私には、父の葬儀での記憶がない。


ただ朧げに、「眠ってるだけなんだよね?」「いつお父さんは起きてくるの?」と繰り返し母に尋ねていたことは覚えているが、そのときの母の表情がどうだったのだとか、そもそも母から父の死を聞いた時、私はどうしたのかとか、そういった「父の死の前後」の出来事に関する記憶がひどく曖昧だった。


「……お父さん……」


もうここにはいない、優しい微笑を浮かべた父に問いかける。


「――どうして……」


どうして、のその先を口に出せないまま、視線を窓の外へとやった。


「――夜空はあんなにきれいなのに。ねぇ、お父さん――」


症状が出ていない方の手で、父の写真に指を這わせ――少しだけ泣いてから、床に就いた。



――――――――――――――――――――――



――……――


何か大きな叫び声がして目が覚めた。


窓を開けて外を見ると、玄関の向こうが赤く照らされていた。


――何が起きているんだろう――


逸る気持ちを抑え、まずは母の無事を確認しなければならなかった。


急いで部屋を出ると、すぐ母と出会えた。


「お、お母さん!こ、これって……」

「リーサ、お、おちついて……早く、外へ出ましょう…」


変化の症状のせいで上手くしゃべることができなくなっている母は、それでも私を落ち着かせようとしてくれる。

母の無事を確認でき安心したところで、外の人の声がだんだんとはっきりとしてきた。


――外が騒がしい。やっぱり人の声……それも一人じゃない……?


ただ文句を言いに来ただけならまだいい。

だけど、あの明るさ――夜空を赤く染め上げるほどの赤は、どう考えても尋常ではなかった。


嫌な考えばかり浮かぶけど、閉じこもったままだと危ない。


そう考え、一瞬目に入った父の写真を見て、とっさに大切に懐にしまい、二人で家の外に出た。



我が家を取り囲むようにして待っていたのは――

鬼のような形相をした、松明を掲げた町人たちだった。


みんな――ひとりひとりが、私と母をにらみつけていた。

恐れるように。怖がっているように。

――憎んでいるように。


「や、やっぱり悪魔だ!よ、夜になると悪魔になるっていうのは本当だったんだ!!」

「みろあの姿を!!伝染病だ!!町医者のいうことなんぞ信じられるか!!こいつらがいる限り、俺たちの町はあいつらと同じになっちまうんだ!!」

「そ、そんなこと、ない!わ、私たちは、何もしない!!お、お医者さんも、伝染、しないって言ってた!」

「黙れ悪魔が!お前たちの言うことなんて信じられると思うか!?」


いつも町に下りた私が言われていることが、集団心理によってより強固に、悪い方向へと群衆を追い立てていた。


もはや、何を言っても無駄だった。


そして――もう何を言っても、彼らと私たちとの間に生じていた溝は、二度と埋められないほど深いものになっているのを感じた。


唯一持ち出せた父が映った写真だけは失くすまいと、ぎゅっと抱きしめるようにしていると、町長が群衆の前に出て、私たちのほうに近づいてきた。


「ちょ、町長!危険です!殺されます!!」

「く、食い殺されるぞ!!」

「こ、このまま焼き殺せ!!」

「そうだそうだ!!」

「焼き殺せ!!」

「悪魔を町から追い出せ!!」

「魔獣を殺せ!!」

「ここは人間の住処だ!!」


群衆の煽りを背に、町長が私と母に語りかけた――否、勧告してきた。


「――あなたたちが、不幸な病に冒されているのは知っている。そして、そのせいであなたたちの大切な家族が亡くなったことは、町長として大変申し訳なく思っている。ただ――あなたたちの獣化病が、伝染しないという確証はない。町医者からも何度も原因と治療法を聞いたが、施しようがない、というのが答えだった――『伝染しないという保証はできかねる』というのが、彼の意見だ。つまり――治療法は存在せず、またあなたたちの病状が、今後外見の変化だけにとどまるという保証は、無いということを医者が認めたに等しい。町長として、この町からの退去をお願いする。どうか、町のみんなの安心のために、出ていってはくれないか」


町長は、丁寧な口調ではあるが、毅然とした態度で、私たちを拒絶してきた。

私たちの病気が悪化しない保証、伝染しない保証がない。


だから私たち二人を追い出すのか。群衆の力を使って、火という力を使って。


母が、先に口を開いた。


「――『あの人』が、亡くなった日……『あの人』は、私たち、母子が、安全だと、危害、を加えたりしないと、訴えるために、町議会に、出席したと、聞いています……なのに……なぜ……?」


町長が、重い口を開くように語った。父が、なぜ死んだのかを。


「……議会は、大荒れだった。彼は、必死に妻と子の病気のことを理解してもらおうとしていた。町で、普通に暮らす権利を与えてほしいと願っていた。しかし――肝心の医者の意見は当時も変わらず、一貫して『原因不明』としか言わない。正体不明の病気。そして、月下で獣化する母子。人を食らわないという未来の保障ができない以上、町内に住まわせるわけにはいかなかった……」


沈黙を続ける母。初めて知らされる父の死の背景に動揺しながら、それでも母の手をつなぎ、必死に平常心を保とうとしていた。


母の手を握る獣化した方の手に、知らぬうちに力が入っていた。


「……そう。結果的に、彼の直訴は却下された。私は町長……町の安全を、保障しなければならない。危険の種を、すぐ近くに置いておくわけにはいかなかった。だからせめて町を離れた場所であれば、と住まうことを許可した。……それが、私には当時、最善だと思えたのだ……落胆した様子だったが、議場を後にする際、彼の表情からは、何とか気持ちを切り替えられたようにも見えた。だが……」


そこで町長が、なぜか私をまっすぐ見つめてきた。

その瞳には――強い意志と――恐怖が、色濃く映っていた。


何かを感じ取った母が、町長の言葉を静止しようとした。


「ま、待って……ください……そ、そこから、先は、この子は……知らない、んです!覚えて、ないんです……言わないで、ください!」


慌てている母の様子が腑に落ちなかった。いや、むしろその言葉によって、靄が晴れかけているような気がしてきた。


「え?ど、どういうことお母さん!?知らないって何?覚えてないって何?どうして私が知ってはいけないの!?ねぇお母さん!!!」


今までずっと怖かった。

どうして父の死について、私は覚えていないのか。

母の言葉は覚えている。でも、その言葉を聞いた後、私は何をしたんだっけ……?

全く覚えていなかった。

母に何度聞いても、教えてはくれなかった。その代わり、優しく、慈しむように抱きしめてくれた。


町長が、重い空気の中――そして、聞いているのかどうか分からない、「追い出せ」「殺せ」という過激な言葉の中、口を再度開いた。


真実を、明かすために。


「それから……数日後のことだった。リーサさん。あなたの……あなたのお父さんは……あなたたちの病気を、外見を恐れた一部の町民グループの手によって……殺されたのだ。申し訳なかった……!この通りだ……!」


頭を下げる町長。


訳が分からない。

だって。


だって、事故だったってお母さんが……


混乱している私。謝罪をしている町長。


すると、母が、町長の頭を上げさせた。


「……そのことは、もう、いいです……悲しいけれど、謝ってくれても……あの人は、帰って、きません……」


だが、頭を上げようとしない町長は、さらに続けた。自分でも、「どちらか」を天秤にかけているという自責の念はあるらしかった。


「町民を、守ったつもりだった!町内から離すことで、お互いの不信感を最小限に留めようとしたつもりだった!……だが、事件は起きてしまって……。リーサさん、あなたのお父さんが殺されたきっかけをつくってしまったのは……私だ。そして……覚えていないということだが……お父さんの死を知った君が、その翌日何をしたのか……そのことの責任も、私には、ある」


「ま、待って!も、もう、やめて!この子を、追いつめないで!!」


町長の言葉でだんだんと思い出してきた。

母が制止する一方で、私は父の死にまつわる出来事を――私自身が一体何をしたのか、思い出しかけていた。


「待って!お母さん、私思い出してきた……お父さんが事故で死んじゃったよって聞いて……もう動かないんだよ、起きないんだよ、っていうのが分かって……それから……それから……私……」


母が私をぎゅっと抱きしめる。

満月の夜。満天の星空が、群衆の松明で赤く染まっている。


――まるで、血の色のように。


そう。血だ。思い出した……


「お、お、お母さん!!私……私……思い出した……次の日の夜になって町へ下りて……父の話をしている大人を見つけて、そして……そして……」

「だめ、思い、出さないで!あなたは、小さかった!!まだ子どもだった!!」


酒場だっただろうか……父を背後から不意打ちして殺したという話をしている男達を見つけた。


フードを目深にかぶった私は、その言葉ではっきりと確信して……


「……そう。思い出しましたか……彼の死後の2日後の朝、酒場の裏で成人男性数名の惨殺死体が見つかりました……まるで、竜のような爪痕と咬み痕があったそうです……」


「あぁー!!!リーサ、嘘!嘘、なの、そんな、こと!あなた、は、そんなこと、していないの!!あれは、事故、だったの!あなたには、罪なんか、ない!!」


私を強く抱締めながら慟哭する母、そして真実が明らかになり、余計にヒートアップする群衆の声。

沈痛な面持ちの、町長。


私は――人を、殺していた。


あぁ、なんだ。


だからか。


だから、私は症状が出ていない、普通のニンゲンの姿の時でも、誰からも受け入れてもらえなかったんだ。今の今まで。仲良くしてもらえるはずなんて、なかったんだ。


何が、ヒトだろう。ニンゲンだろう。


お父さんは、私たちのために、殺された。

私は――その仇をとるために、病気の力を、使った。竜の力で、惨殺した。


涙が、すっと頬を伝った。


「――町長さん。教えてくれて、ありがとうございます。私が、何をしたのか、ようやく思い出せました」

「リーサさん。あれは、当時のあなたの年齢、そして事件の背景を考慮し、あなたを保護観察下に置くという措置が取られました……町長として、町を守ったつもりが、逆にこんな悲惨な出来事の引き金を引いてしまった……私には、もう町長たる資格はありません。明日、辞職するつもりです……しかし……ここにこうして、追い打ちをかけるような形しか取れないことを、どうか許してほしい……」


懺悔する町長。そして、泣きながらも、私を必死に慰めてくれている優しい母。


「……今までありがとう。私のために、隠してくれてたんだよね……お母さん」


母の背に回した手で、力いっぱい、想いを込めて抱きしめ返した。


「でも……でも!こんな、形、で、知らせたく、なかった!!!こんな……こんな、あなたへの恐怖が、さらに植えつけられる、ような、形で!!!」

「うん……ぐす……私も、嫌だよ……怖いよ、みんなの目が……私たちを見る目が……私を見る目が……でも、私も15歳だから……もう、自分の過去に、目を背けちゃ、いけないんだ、お母さん……」


ゆっくりと、母の抱擁を引きはがして……町長と、群衆に近寄った。


瞬間、町長以外の全員が、「ひぃっ!!」という恐怖の叫び声をあげて後ろに下がった。


胸が痛くない、というと嘘だ。


――バケモノ。

――ドラゴン。


――ヒトゴロシ。


だって……ぜんぶ、ぜんぶ本当のことだったんだから……。


人を襲わない病気だと、私と母だけで思っていた。思い込んでいた。

私より体躯のある獣になる母でさえ、狂暴化するなんてそぶりは一度もなかったし、私もそのつもりだったから。


でも、違ったんだ。


獣化病の症状のせいではないかもしれないけど、父を殺した犯人たちを見つけて殺したのは、真実だった。たとえ、それが復讐であっても。物心もつかない、5歳ごろの話だったとしても。


私も、そして母も――ずっと、この罪と、この病気の潜在的な恐怖――見た目通り、狂暴化するかもしれない、という恐怖を、内に秘めて生きていくのだ。


「――分かりました。みなさん、出ていきます……」

「リーサ……」

「……父を殺したことは、許せません。でも……それは、私が手にかけてしまった遺族の方も、同じ気持ちのはずです……町長さん、やっぱり、あなたは正しかったんです……私たちを、町の中に置いておくべきではなかった。だって、お互いが、こんな不安をずっと抱えながら一緒に生きていくなんて……たぶん、無理だから……」

「……リー、サ……」

「リーサさん……お母さん……申し訳なかった。力になれず、不和を助長するしかできなかった。同じ人間同士なのに、わだかまりを無くすことができなかった……」


町民に目を向ける。怯えた目。バケモノを見る目。

ずっと、私と母が向けられてきた目。


悔しい。悲しい。

同じニンゲンのはずなのに、どうして分かり合えないんだろう。

ただ、たまたま私たちが病気になっただけなのに、どうして私が、母が、こうして差別されなければならないだろう。


この世は不条理だ。

父の訴えは退けられ、それでも父自身は落ち込むことなく、私たちとの将来を考えてくれていたに違いなかった。

でもその父は、私と母を恐れる一派の手にかかり殺され、我を失った私は彼らを殺した。


連鎖してく、負の感情。


一度繋がると、それを断ち切るのは難しい。


群衆が再び騒ぎ始める。


「でーていけ!」

「でーていけ!!」

「バーケモノ!!」

「バーケモノ!!!」

「やめろ君たち!我々にも非はあるんだぞ!!」


町長の静止も効かない。

それはそうだろう。


――たとえば、私と母が、彼らの側だったとしたら、どう考え、生きていただろう――


悔しさで涙を堪えきれない私と母は、それでも、たった一つの宝物――父の写真を手に、それ一つで、長年住んだ家を離れていく。


満月の夜。

月には魔力が宿っている、というのを、どこかで聞いた覚えがある。


だとしたら、月は心を惑わすに違いない。


ヒトが、ヒトとして生きることを、こんなにも難しくさせるのだから。


「リーサ……ごめん、なさい……こんな、こんな……」


泣きじゃくる母の手を引きながら、同じように泣いている私は、勇気づけるために母の手を握り返した。


家の裏山を、まっすぐに歩きながら。


どこにあるかも分からない、私たちが住む場所を探すために。

私たちが、生きていてもいい場所を探すために。


「――ニンゲンって、難しかったんだね、お母さん」

「リーサ……」

「でも、私たちは一人じゃないから。お母さんがいて、私がいて――そして、ここにはお父さんがいる。私は……人を殺したけど、それを忘れちゃいけない。だから、この方法しかなかったんだから。ね?泣かないで、お母さん……」


この世は不条理だ。


神は人を平等には作らなかった。

神は人を完全な状態では作らなかった。


アダムはサタンの誘惑に負け、果実を食べてしまい楽園を追われることとなった。

それがヒトの原罪。


でも。


完全じゃないからこそ、きっと、ヒトは、ニンゲンは、支えあって生きていける。

私たちも、きっとそうだ。



――だって、私たちはニンゲンだから。


満月を見上げて、竜化した手を突き上げる。


――このまま月なんて壊せればいいのに。


そう思いながら、満月の夜が始まったばかりの暗闇の中を歩いて行った。

母と、父とともに。


Fin



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あとがき

最近、ダークなテーマを書くことが多いのですが、差別意識や外見主義、偏見など、そういった負の感情を描き、「ヒトとは何か」を考えた作品です。

モチーフにしたのは『フランケンシュタイン』でした。もともと、中学生の時の文芸作品で書いた設定だったのですが、それを元にして書き上げました。

今回は珍しく恋愛要素がゼロなのですが、ご感想などお待ちしています。

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