8  しっぽはシマシマ

隼人はやとぉ~とっても綺麗、メチャクチャ綺麗!」

 みちるとんきょうな声を張り上げる。

「ついでだからツケマもしちゃお」


「いいや、それは遠慮するよ。目を使うのに邪魔だからね。それと女の子で『隼人』ってのも、どうかな……じゅんでいいや。ジュンって呼んで」


鏡を眺めて隼人がニンマリ笑う。凛とした顔立ちに化粧がよく映えて、どこから見たって美女だ。アイラインが幾分濃いが、それがいやに見えないのもいい。


 と、隼人、両目の虹彩を鳶色とびいろに変えた。日本人に一番多い虹彩の色らしい。


「目の能力、使わない気か?」

さくが隼人に聞く。

「とりあえずは封じとく。この姿にサングラスは似合いそうもない」


「ハヤブサ姿の時もウジャトの目は使えなかったよな」

「そうだね、頭だけハヤブサってなら使えるけど……朔ちゃん、ボクを何気に責めている?」

 隼人が小首を傾げて朔を見る。鳥がよくやる首を傾げるあの仕種だ。人間が見れば、きっと、この上なく可愛く見える事だろう。


「いや……ウジャトの目で見れば、すぐにいろいろ解りそうだと思ったから」

気まずく朔が視線を逸らす。両眼を鳶色に変えた隼人の、黒目勝ちな瞳に見詰められ、朔ったら、つい照れてしまったのだろう。


 玄関の外でザクザク音がした。そうさんが到着して、雪を退かしているようだ。サッと立ち上がった朔が玄関に向かった。すぐに朔と一緒に奏さんが部屋に来る。


「よう、バンちゃんよ。おまえ、俺が怖いんだって?」

 隼人っ、奏さんに何を吹き込んだ? 奏さんの言葉に朔と満がニヤニヤする。


「バンちゃんは『入道にゅうどう』に弱いだけさ。記憶にないみたいだけど、人間だったころ、入道って呼ばれた叔父さんが怖ぁ~い人だったらしい。深層心理に刻み込まれているんだろうね」

と、自分で奏さんに吹きこんだくせに、隼人がクスクス笑いで説明している。


 その話、僕には本当の事とは思えなくって、なんだかさんくさく感じる。かと言って、記憶がないのだから、嘘と決めつける事もできない。


「そうか! バン、俺は怖くない入道だから、安心してラーメン食いに来い。隼人と一緒に来い。それにしても隼人、巧く化けたな。絶世の美女に見えるぞ」

奏さんがガハハと笑う。


 怖くない入道なもんか、4メートルもの大男に化けて、それを見上げたら数日後には死んでしまうとか、頭の上を超えられたら死んでしまうとか、そんな三つ目(見上げ/見越し)入道が怖くないなんて、僕は信じないぞ。


 そんな僕の気も知らず、隼人はニコニコ答えている。


「うん、自分で言うのもなんだけど、なかなか上手に化粧したよね。スレンダーなのはご愛敬 ―― それから、今のボクはジュンちゃんだからね。よろしくぅ! で、玄関前の雪は?」


「建物側、1メートル幅で車道から玄関に通じる通路を作ったさ。雪は建屋の反対側に放り込んだ。いい感じの傾斜で積み上がったよ」

上々じょうじょう、と隼人が笑み、立ち上がる。


 満が貸したのは黒のシンプルなニットワンピだ。襟元が寂しいな、と呟くと、隼人は奏さんが持ってきたボストンバッグをゴソゴソ探って、いつも付けているピアスとお揃いの、ゴールドに縁どられたラピスラズリの幅広ネックレスと、黒のナウシカブーツを取り出した。


「さてっと、村見物に行くよ」

 ネックレスを付けながら、隼人が言った時、庭からバサバサと羽ばたく音が聞こえ、そして遠ざかっていった……やっと意識が戻ったイヌワシが飛び立った音だ。


 雪が深々しんしんと降り続く中、朔と満が玄関から飛び出していく。


 朔は奏さんから車のキーを渡されて、車内に置き忘れた隼人のコートを取りに、満はそれに便乗して雪の中を走ろうと、ついて行ったんだと思う。


「巧く積み上げたね」

玄関の前にはゆるい傾斜で積み上げられた雪の塊があった。


 僕たちが到着した時は、大型車が五台は楽勝で停められそうなスペースがあった場所だ。それが今では小さな雪山になっている。


そりを持ってくればよかったかな?」

隼人が雪山を見上げる。なるほど、橇遊びに丁度よさそうだ。


 後ろで奏さんが、ふふん、と鼻で笑う気配がした。ひょっとしたら、車に橇を積んできたのかもしれない。


 コート無しの隼人が僕の腕にしがみ付く。寒いのだろうと、僕がコートの前を開けると、嬉しそうに潜り込んできた。なんとなく、きゅうちょうふところに……って言葉を思い出した。意味が違うのになぜだろう。


「いつ見ても雪って綺麗だね。これで寒くなけりゃ、一年中降っていてもいいのに」

「東京だと少し雪が積もっただけで交通がマヒしちゃうよ」

「ボク達には影響ないよ」

クスリと隼人が笑った。


 ボックスワゴンは車道に停めてあった。が、朔と満の姿がない。


「ロックは解除されているぞ」

奏さんがドアを開けて、隼人のコートを探す。

「キーもない。エンジン、掛けられないな。ほい、コート」


「スマートキーが作動してロック解除……うん、足跡が車の近くまである」

奏さんからコートを受け取ると袖を通しながら、隼人が足元を見る。


「でも二人はいない。遠ざかれば再ロックされる仕様なんだがな」

とは奏さんだ。


「気が付かなかったが半ドアにしてあったかな? そうだとしたらアラームが鳴るはずなのに聞こえなかった。どちらにしろ車から離れていく足跡はないね」


「かと言って、あの二人が消えちゃうはずもない」

と、隼人が空を見上げた。つられて僕も空を見る。


「イヌワシが飛んでる」

「バンちゃん……イヌワシにさらわれた、なんて言わないでよ。有り得ないから」


あきらかに隼人は僕を馬鹿にした。そして、僕の後ろに問いかける。

「で、あなたはどなた?」


「え?」

 慌てて後ろを見ると、村長だ。いつの間に? まったく気配を感じなかった。


「いや……そちらこそどなたですか?」

村長、口調が今までと違ってるよ? かなり遠慮してるんじゃない?


「これは失礼……わたくし、探偵事務所『ハヤブサの目』所長代理のほるジュンと申します。そっちのデカいのは調査員のこし奏です。よろしくお願いいたします」

奏さんが軽く会釈し、隼人はコートの内側から名刺入れを取り出して村長に渡す。


 もともと高めの隼人の声は、見た目に誤魔化されているのもあるだろうけれど、少しハスキーな女声にしっかり聞こえている。


「所長代理、ですか……きちむら、村長の御供所ごくしょです。名刺を持ってきておりませんで、失礼いたします」


 受け取った名刺を村長がじっくり見る。隼人のヤツ、瞬時に文字を書き換えたのだろう。その程度の幻術、隼人には造作もない。


「調査員は女性がご希望とのことでしたので、兄に変わってわたくしが参りました」

隼人が妖艶な笑みを浮かべ、村長が頬を染める。


「所長さんの妹さんですか。いやぁ、お美しい。そんなネックレスをしていると、クレオパトラかとまがいますね」


 ここで少しだけ隼人が嫌そうな顔をした。クレオパトラは頭が良くて機転が利いたが、美女としてはそこそこだった、隼人のセクハラ発言を思い出す。


 隼人が身に着けるアクセは古代エジプトの物が多い。自分の神殿にあった物を根こそぎ盗掘される前に確保したと言っていた。売ればかなりの額になるけれど、買える人がいない、と苦笑していた。どうせ売る気なんかこれっぽっちもない。そんな隼人の装飾品を見て村長が、エジプトを連想するのも当然だ。


「なるほど、あなたの兄上なら、ミチルちゃんが『イケメン』だって言ってたのも納得ですよ」

 で、村長、言葉遣い、ちょっと変だよ? それに声が上ずってるよ?


おお賀美がみがそんな事を? 教育が生き届かなくて申し訳ありません。よく言いつけておきますので」

心にもないことをペラペラ言える隼人だ。


「それで、その大賀美が、兄弟そろって急に姿が見えなくなりまして。お心当たりはございませんか?」

「姿が見えない? 村の探索でもしているのでしょうか? 道を少し外れれば、転落しかねない場所もある。村をよく知る村民が探したほうがいい。あなたがたは宿舎でお待ちください」


「あら、村長さんも探してくださる?」

「も、もちろん」


 そう……とジュン、もとい、隼人が村長をじっと見つめる。村長、タジタジだ。

「探偵が探されるなんて本末転倒、お恥ずかしい話ですが、ここはお任せするしかありませんね。わたくしたちは宿舎で待機いたしましょう」

と、村長に再度笑んでから、隼人は僕の腕を取り、『行くよ』と宿舎に向かう。後ろで奏さんが、『車はここで?』と聞いて、それに村長が答えた。


 その一瞬、村長の注意が奏さんにれたその一瞬、隼人の瞳がいつものオッドアイに変わり、僕の肩越しに村長を見ると、きらりと光ってまた元の鳶色とびいろに戻った。


 部屋に帰り、隼人が脱ぎ捨てたコートにハンガーを通し、鴨居に掛けているところに奏さんが戻ってくる。


 ちなみに隼人のコートは青みがかった濃いグレーのダウン、首周りの派手な羽根飾りはフワッフワの白、そこに濃灰色の長い羽根がまばらに差し込んである。ハヤブサに化身したとき抜けた羽根は、このコートのものだと言っても疑われないだろう。


「村長が、所長代理とあの調査員はできているのか、って聞くから、『ツバメだ』と言っといた。コウモリとは言えないからなぁ」

と奏さんが笑う。


 奏さん、何度も言うが、僕は滅多にコウモリには化身しないぞ。それに、ツバメと鳥つながりの積もりなんだろうけれど、コウモリは鳥じゃない。


「どうやって双子を捕らえたんだろう?」

奏さんの冗談を隼人はまるきり無視した。

「あの場所に、足跡は朔と満の物しかなかった。それが唐突に消えている」

隼人が独り言のように言う。


「そしてあの村長、突然あの場に現れた。ボクが見ている目の前で、バンちゃんの後ろから姿を見せた……ただのタヌキじゃないことは確かだ」


「タヌキ? アライグマならやしろにいたよ」

僕の言葉を隼人は小馬鹿にして笑う。


「アライグマならしっぽはシマシマ。アイツのしっぽに縞模様はなかった」

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