第7話 決戦前夜

「桃莉先輩……」

「やあ! 桃莉、君……?」

 後輩とキザな対戦相手の声が聞こえる。


「霧島先輩、後は」

「うん。わたしに任せて」


 そして誰かの足音が近づき、


「ねえ、大丈夫?」

 直後いつものように覗き込んで彼女は言う。俺は目を逸らしながら、

「何がだよ」

 そう答えるのが精一杯だった。


「えーっと、さっきの犬神さんってモデルさんみたいだったよねー。いやー……わたしなんかが及ばないくらいの美人さん! だね?」

「想像してみてよ、犬神さんと並んだとしたらわたしなんてゴマみたいなものじゃん。だよね、桃莉?」

「……そうだな」

「だよね。――って、それって何に対しての返事かなぁー!?」


***


 会場からの帰り道、川沿いの桜並木を行く。


「何も聞かないのか」

 目を伏せたまま問い掛ける。


「いいよそんなの」

「どうして」

「何があったって、桃莉は桃莉だもん。て言うかさ、普段口数少ないのに今日は何か変だよ?」


 しばらく互いに押し黙ったまま。俺は並ぶ事のないように気持ち早足で、それでも視線は彼女の方を意識してしまう。


みなと

「どうかした?」

「……俺はさ、勝つかな」

「当たり前でしょ」


 この静かな夜は水の流れる音だけしか聞こえない。


「お前は本当にそう思ってるのか?」

 思い切って体を向ける。すると上げた視線の真正面に湊が立っていた。


「当たり前でしょ?」

 ああ、

「……知ってる」


 彼女は夜桜にも月の光にも負けない輝きを放ち、その瞳は口元は確かに笑っていた。



 川辺の草むらに並んで腰を落ち着ける。相変わらず無言のまま時間はゆっくりと流れていくようだ。


「ねえ、覚えてるかな。三人でよくここで遊んだよね」

「お前はさ。俺たちより力も強くて、髪も短くて、何より頼れる存在でさ。男友達みたいに思ってた」

「うわー、何か恥ずかしい。この名前も、お父さんがわたしが男の子だったらなって、つけたって言ってたよ」

「へえ、それは知らなかったな」


 彼女は悪戯っぽい表情をすると、


「そんな子が急に女の子らしくなったから、気になってしょうがないぜみたいな? ……なーんてね」

 からかうように言葉を口にした。


「……」

「あはは、ないかー!」

「…………」

「あれ? あ、あの。その無言は何かなー?」


 立ち上がり彼女に声を掛ける。


「何でもないよ、じゃあな」

「お、おう? 明日、頑張ってねー!」


 振り返り、同じように立ち上がっていた湊の姿に思わず


「なあ! お前はさ……誰を応援するんだ? 俺とアイツのどっちに勝って欲しい?」

「えー。うーん。そうだな。……桃莉はどっちだと思ってる?」

 じいっと試されているような視線を向けられる。


「俺が聞いてんだよ」

「あー、答えてくれないならわたしも秘密にする。じゃあね、寝坊すんなよっ!」


 そう言うと彼女は駆け出し俺を追い越していった。

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