第28話

 翌日、村中を探し回り、もうこの村に母はいないと確信しました。母がいなくなったことは自然と知れ渡り、「そういえばジョージもいないじゃないか」と父の不在にも気づかれました。

「二人で出て行ったんじゃないか」

 そう言ったのは、伯父でした。

「こんな腐りきったところから出て行きたくなったのよ、きっと。息子ももうデカいし、子育ての責任もない。挨拶していこうにも引きとめられるだけで面倒なもんだから、黙って出て行ったんじゃないか? 弟は夢見がちなところがあったからな。いつまでも一獲千金を夢見て土ばっかり掘りやがって。モグラの真似をする人間なんて、まっとうに太陽を目指す草より劣る存在よ。土掘りにも飽きたか絶望したかで、ここよりほかにいい場所があるんじゃないかって、そんなガキみたいなことを考えてもおかしくはない。かみさんは女としては多少頭の弱いところがあったから、そんな旦那がかわいそうで放っておけなかったのかもしれねえな」

「勝手なことばかり言うな」

 そう言ったのはわたしでした。アダレイを死に追いやろうとして逃げられた、軽蔑に値する人に、母のことをとやかく言われるのは我慢がならなかったのです。

「村一番の役立たずのくせに、わかったような口を叩くな。母さんは僕を置いて黙って出て行ったりしない」

 そうは言いましたが、出て行ったことはわたしにもわかっていました。そうとしか考えられませんでしたから。

 まあまあ落ち着け、と村人たちは愚鈍な顔と仕草でわたしをなだめ、「でも、見つからないってことは、いないってことだ」と、不思議だけれど仕方ないんじゃないか?とでも言いたげな雰囲気が場を包みました。

 仲間が一人、いや二人姿を消したというのに、どうしてそう落ち着いていられるのか、わたしにはわかりませんでした。しかし、あとから考えれば、村の周辺には、危険な獣も悪鬼もいないとされていましたから、危機感がなくて当然だったのです。自らの意思で出て行ったか事故か、とにかく、残された者に危険はないから、慌てることもないというわけです。

 村中を探し回ったと言いましたが、一か所だけ、まだ行っていないところがありました。あの小屋です。誰も、あの小屋とあの人のことは口にしませんでした。やはりタブーですから。

 わたしは、一人で村はずれに向かいました。再び雨が降りだしそうな曇り空の下、役目を負った子供と、特別な用事がある大人しか通らない道をずんずんと歩き、暗がりの中に建つ小屋を目指します。

 あの小屋は変わらずそこにありました。何事もなかったかのように、ただ静かでした。わたしは「母さん!」と呼びながら、小屋の裏に回りました。いきなり中に入るのはためらわれたので、まず裏に回ってみようと思ったまでです。

 そこには、女性が倒れていました。古びたワンピースを着た体は仰向けに横たわり、長い髪は地面に広がりきる前に力尽きたように中途半端に土に這い、手は自然な形で甲を上に向けて体の横に置かれていました。

 その服装、胸の盛り上がり、髪、そしてなによりも、荒れていても美しいと思えた手の形と色。それらが、一目で母だとわからせてくれました。顔はありませんでした。目も鼻もなく、残された半開きで乾ききった唇は、逆になにかの冗談のよう。母の顔は、爆発が起きたあとの赤黒い穴。突然この世界、わたしの人生に現れた、奈落の穴でしかありませんでした。

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