第11話 全能の真実

 睨み合う視線、感ずるものは異なりつつも死闘は同じ。相手に死という概念があるかは定かでないが、確認のしようもない。


(アイツが出てきたあの渦みてぇなとこから黒い腕みてぇなのが延びてた気がするが..)


「それよりもお前、デカ過ぎねぇか?」


「ブルルォォ..。」

馬の形状を遥かに凌ぎ、熊に近い二足の獣と化している。しかし大きさは規格外、熊などいとも容易く呑み込める程に肥大化を遂げた。


「ブルルォォッ..!!」


「んで、力任せの一発か!」

鉄球の如く強大な握り拳を振り回す。


(こりゃあ随分と手間取りそうだなぁ..)


理性を失った訳では無い。

元々理性などありはしないのだ。



  ユグドラシル上界・神の城最上室


「随分と風変わりしたな。

それがお前の望んだ姿なのか?」


「..大半はそうなのだろうな。

だがまだ足りない、この右腕の鎖が解き放たれなければ真の姿にはなりきれん」

絡み付く鎖、それは過去の因果と身体を蝕む大いなる封印の枷。


「解き放てばどうなる」


「しらばっくれるな老獪、わかっている筈だ。

その為に俺を側に置いていたんだろ?」


「…知らんな」 「惚けるなっ!!」

神に仕えし者ならば、他にも手練れが山程揃っている。その中で未熟そのものであった子供の姿をした彼を選んだのは何故か?


「..全能の力は偉大だ、それは認める。

罪を犯した者を罰し力を奪い下界へ堕とす、判決のままならなかった力不足の罪人は監獄に収監し自由を拘束する。だがそれは全能であるゼウスの力量の中で行われる事だ」


「……何が云いたい?」


「..尚もしらを切るつもりなのだな、全能ともあろう者がわからん訳もあるまいだろうに。」

翼を整え改めて言葉を続ける。


「先程いっただろう?

罪の判決はゼウスの力量で決まる。

ならば罪人が〝全能の力量を超えていた〟としたら、それは一体何処へと向かうのだ」


「....お前は、己自身の力を高め天使から神へと覚醒した。それは自然に産まれた貴重な力」


「だから奪おうと気を伺っていたのか?」


「……。」

ユスリカが罪人となったとき、天秤に掛けなかったのは一刻も早く力を削いで下界へ堕とす必要があったからだ全能の力量を超えた莫大な力がその身に宿りきる前に。


「貴様の雷を用いて、この鎖を断ち切る!!

..俺は決して宝物になどなりはしない。」


「よくぞ還ってきた我が右腕よ。

真の姿を以って我が力の糧となるがいい!!」

力量が劣るのならば

形を固めて留めればいい。


上界に住まう神の皆は、ゼウスの衰えていく力を補填する為の回復薬に過ぎない。


「初めから、世界が滅ぼされようが神々がいくら消えようが関係ないようだな」


「当然だ、力は我が手元に常にある。

...それを奪う者、脅かす者は滅ぼすのみ」

神が死のうと余韻の魔力程度がそこに残っていれば力量は回収できる。全能の力は元々周囲の存在を取り込む事、世界の総てはゼウスの糧だ。たとえユグドラシルが滅ぼうとも更に広がる世界、概念のすべてが力となる。


「油断したな老いぼれが、取り込む前に盗まれるとは...無様だとは思わないか?」


「ぬかせ、若造。」

神の雷が振り落とされる

抵抗は出来ず、対処をただ焼き刻む。

そこに回避という概念は無く、不可能である


「ぐあぁぁっ!!」


「右腕ごと身体を消し去ってやる..」


「有難いな..,遠慮がなくて..」

雷を右腕の鎖へ集め溜めていく。


「神の怒りよ、我が腕に収束しろ..」


「...力を吸収しているだと⁉︎

これではまるで..全能と同じ力....‼︎」


力を伝えた者がいる、遣い方を教えた者が。


「……」


「どうした? 何か思い出した?」

起きたばかりの天使は修復中の不完全な身体に結びついた記憶を頭で分析していた。


「おかしいの、力は全部砕かれた筈。

..なのに何故奥の方にそれを感じ取れるの?」


「思い出しているのは、共鳴しているから。

貴方には神の力が宿っている、今思い出しかけているのはそれに傷が付いたからよ」


「……傷。」 「そ、傷」

言われてわかった

力の覚醒には、形ある物に〝傷〟を付けなければならないということが。


「する事は簡単、どこでもいい。

ただ一箇所からだに〝ヒビ〟を入れればいい」

覚醒の力は突発的な暴走のようなもの

力を内側に保存する為に大きく発動させる。


「‥こいつ、自分から槍に向かってる」


「ブルルォォッ‼︎」

神の一撃により覚醒は完了する。


「ヒヒヒヒ、老体にはちと堪えるのぉ.,」


「凍結してんだ。

怪我なんてもんじゃ済まされねぇぞ?」

外傷の形は何でもいい、ただ隙を見せればその瞬間に大きな力は人型を掴む。


「砕け...我が右腕の鎖をっ!!」

堕天使は皆神に仇なした者、一度奪われ時間を掛けて取り戻した力は神の一撃を受ける事で完全に呼び戻される。


「ブルル..!」


「ヒヒヒ!」


「応えろ我が力よ。」

右腕を包む鎖が砕かれ解き放たれる

宝物として固められた本来の力が今目覚める


「何をするつもりだジュピター!!」


「..集え、わが同士の輪飾よ。」

ユグドラシルに存在する堕天使の輪が一斉に形を崩して消滅する。それら総ては全能の部屋へと集まり、覚醒した堕天使に更なる力を与え神をすら超越した姿を授ける。


「…禁を超えおったか、愚か者め」

大翼は無数の輪を操り空を黒色に染める。


「この世界が漸く沈む。

我が名は大帝皇ジュピター...黒の支配者なり」


空の色が変化した事で、元々黒の意味を知っている連中は事態に直ぐに気が付いた。


「始まったみたいだね、僕たちも始めよう。

サリエル、身体を貸して貰えるかな?」


「…いいよ、保つかわからないけど。」


「無理はさせないよ、大丈夫」

眠る女に糸を括り付け運ぶようにして己の中へと宿す。力を覚醒させた結果が自らを傀儡に変えるとは、捻くれた変化をしたものである。


「……」

一種身体の機能が停止する。

互感を総て預けているのだ、これから暫くサリエルは完全に別人としての振る舞いとなる



「……お久し振りです、アダム。」


「イブ、目覚めたんだね..」

長らく牢獄に閉じ込められた理由、それは余りにも強大な力故に下界へと堕とす事すらままならないから、力を抑え封印し留め置くしか方法がなかった。


「共に創り直そう、この世界を」

取り合った二本の腕は錠に鍵を刺すように、新たな世界の扉を開こうとしていた。


「ええ、そのつもり。

しかしこのカラダでは..限界がかなり近い....」


「わかっているよ、だから〝器〟を用意した」


「器?」「そう、直ぐに力を遣えるよ。」

宝物をその身に宿し神もを堕とす大天使の衣を纏う輪の覚醒を促せし者。


「ほら、来たよ」

凄まじい速さでこちらへ近付いてくる黒き翼、新たな創造主の器となるべく手を差し伸べる


「アナタが私になるのですね?」


「……ワタシは既に、貴方自身。」


「いいでしょう..この身を捧げます」

サリエルの身体を棄てユスリカの中へと宿る。神の宝物、堕天使の輪、創造主の力の総てが折り混ざり世界を構築する概念が形を成す。


「‥僕も〝そっち〟にいくよ」

本来創造主は二つで一つ、重なる事で本当の意味での〝創造〟を生み出す。


『先ずは、空のいろを変えようか。』

黒く染まった空を綺麗な青空に、世界の色は掲げた腕によって切変わる。秩序も生も理でさえも決めるのは創造主、文字通りの概念だ。


「イブが解放されたのかっ⁉︎」


「…終わりだな、ゼウスよ。

我々の目的がただの復讐だと思ったのか?」

誰かを怨む、その程度のものではない。

世界を根こそぎ奪い書き替える、神も天使もいなくなるだろう。存在するのはそれを想像して思い浮かべる下界の〝人間〟のみ。


「本来いらない存在だったのだ。

上から見下ろし偉そうに、天の秩序を下界の平和を生きている誰が知ろうか?」


「...それでいいのか、想像などと陳腐なまやかしのみで世界を創った気でいて!!」


「光栄だね、実に。

人の想像に幸あれだゼウスよ」


創造主がうち放った衝撃波は、自らを巻き込んで天の総てを破壊し消滅させた。


「……無念」

全能までもが塵と化し、散りばめられた粉々の亡骸は後に空に浮かぶ〝星〟と呼ばれた。



         地球


そう名付けられた球形の世界には人が住み、豊かに暮らす。天使や神などという概念は憶測や宗教といった実体の無いものとして一部が信頼する小さな要素としては残っているが、物理的な実概念としての存在は皆無といえる。


  「お大事に、お薬出しときますね」

不調や身体の痛みは〝医者〟という存在が治すというのが常識な世界、魔力や宝物など使わない。医療という巧みな技能を用いて。


「先生、次の患者さんです。」


「有難う」

診断書に目を通し、病状を探る。その様を陰で見守る看護師たちが、ヒソヒソと会話をしては先生と呼ばれる人物の噂をしている。


『あの先生、腕はいいけどなんだか不気味よね。名前も派手だし..外人さんかしら?』


『最近来たばっかりだけど、それまでは何処の病院にいたのかしらね』


『なんだか私、仲良く出来そうにないわ。』


「フフ..」

聞こえてか聞こえずか、不敵な笑みを浮かべながらカルテに自らの名を書き記す。


         ナァマ・アムドゥシアス

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堕天の女神 アリエッティ @56513

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