第13話 春告げ鳥は生命《いのち》を謳う④

 ガロンが掴んでいたテトのフードを問答無用で引き寄せ、それから一気に放り投げる。

「が、ガロ……さ……ッ」

 テトは急に視界が回転し、フードが引かれたことで喉が締まって音が出なくとも必死にパクパクと唇を動かして空中で手を伸ばす。

 ガロンは渋くていい笑顔を浮かべており――白い腕が、腕が、一斉に盾を構えたその体へと掴みかかろうとして――。


 …………刹那。


 地面から聞いたこともないようなボゴォッという鈍い音がして、金色の蔦・・・・が一斉に伸び上がった。

「⁉」

 目を……残された右目を見開くガロンを取り囲むように、蔦がギュルギュルと絡みあいながら籠のようなものを作り出す。

〈島喰い〉の腕がその籠に掴みかかり引き千切ろうとするが――ロアとレントは示し合わせたように同時に踏み出していた。

「レントッ! やるぞ――ッ!」

「はいッ! 受け止めてくださいガロンさんッ!」

 ロアの刃が次々と白い腕を斬り飛ばし、彼はそのまま数本の白い腕を足場に上空へと離脱。

 腕の密度が薄くなったところに、ロアの下を抜けたレントの一撃が到達した。


 ドッ……ごばあっ……!


 弾けて吹き飛ぶ〈島喰い〉の腕の向こう、金色の蔦に囲まれたガロンが盾でその衝撃を受け止める。

 当然、金色の蔦も巻き込まれて多少吹き飛んだが――ガロンが無事だとわかると同時に、どういうわけか地面にズルズルッと引き込まれていく。


「ごほっ……ガロンさんッ……!」


 地面を転がったテトは擦りむけた手のひらなど気にもせず、咽せながらガロンへと駆け寄った。

 なりふり構っていられる状況でも状態でもなかった。

 自分を護ろうとしたのだと理解はしていたが、酷く苦しかった、耐え難かったのだ。

「や、やめ……やめてよ……! 僕に……僕たちにガロンさんの死を背負わせるようなことッ……」

 涙を必死で堪えた彼の姿は……幼い子供のようでもある。

 土で汚れた金の髪が痛々しくも見えた。

 ロアもレントもすぐに戻るとガロンの前で双剣と拳を構えたまま……振り向かずに荒く息を吐く。

「……は。格好付けて……なんだよッ! 俺、もう誰かいなくなるの嫌だよ……ガロン……!」

「そうですよッ! 私たちで助けます、だからあんな……諦めるような台詞は許しません!」

 三人の言葉はもっともで、前の三人の死・・・・・・を背負うガロンには痛いもので。

 ――ああ、そうだな。こんな終わり方は彼ら・・に非礼だ。俺の背は自分を遺した三人のような格好良いものではない……。

 ……そう思い至る。

 そして思い至ると同時に――あまりの滑稽さに、情けなさに、なにより護られて生き残っているという事実に、思わず。


「……ふ、く。……はっは! はっはっは! ……ああ、うん。生きているぞ、まだ生きている、俺は!」


 ガロンは大きな体躯を震わせて豪快に笑ってしまった。

『⁉』

 驚いたロアたちは一瞬だけ呆気にとられたが、とりあえずガロンは大丈夫だと判断して大量の腕を引き千切られた〈島喰い〉を警戒する。

 その後ろでガロンは笑みを深く刻んだまま、左眼を縦に塞ぐ傷をなぞった。

「……そうだな、みっともなく足掻くことが……遺された俺の役目だってことだろう? ……わかったよ、あの人たちの背中は遠いってことが……」

 その美しく高貴な宝石にも似た薄紫色の瞳が、訥々とつとつとこぼれる言葉に獣のような鋭さを帯びていく。

「……ああ。ああ、やってやるとも。なにせ元々、人を率いる性格じゃない」

 ガロンは地面に突き刺していた剣を引き抜くと、ロアとレントのあいだを割るように踏み出した。

「が……ガロン……?」

 ロアが思わず口にするが、彼は前を向いたままさらに一歩進む。

 そして鍛え抜かれた体躯で空を裂きながら走り出した。

「――十年前の俺は逃げたが……今回は違う!」

 ドンッと踏み込んだ右足に呼応する彼の腕が鋼の剣を振り下ろす。

〈島喰い〉の腕が受け止めようと絡み合い捻れて密度を増すが……なんの障害にもならなかった。

 まるで柔らかな肉をスッと切り分けるような滑らかさで――その腕たちが刎ね飛ばされて溶け消える。

「まだまだァッ!」

 返す刃でさらに数本、頭上で回してさらに数本。

 邪魔な白い腕は盾で押しのけ、ずいずいと前進する〈鋼騎士団〉団長に……〈島喰い〉はとうとう後退し舞い上がった・・・・・・

 テトがそれに気付いて息を呑む。

「……しまった! 石蔓が……!」

 投げ飛ばされたことで制御を失った魔法は霧散しており、〈島喰い〉を縛り付けるものはない。

 白い巨大な花は、再び球体へ変化するとさらに高く飛翔する。

「逃げた……? 撃退、したのでしょうか……?」

 思わずこぼしたのはレントだったが、後方の天空廊では眷属との戦闘が続いているようだ。

 激しい剣戟の音と怒声が微かに聞こえてくる。

 ……ガロンは鼻息荒く剣を振り抜くと首を振った。

「いや、それはないだろう。この程度で逃げるとは思えない……なにか意図があるはずだ」

「なら追い掛けよう!」

「ちょ、待ってくださいロア! 〈島喰い〉がどこに向かうのかわからないのに無闇に追っては疲れるだけです!」

 ロアが駆け出そうとするのをレントが制し、テトは同意するように頷いて……ふと千切れた金色の蔦に目を落とした。

 ――この蔦がガロンさんを護ってくれなかったら……。

 そう思った瞬間。彼は戦慄を覚え、膝を突いてその蔦を掴んだ。

「……待って、なんで? ……だって――」

「テト? どうした?」

 ロアが振り返ると同時、テトは小さく首を振ってから顔を上げた。

「……ッ! 皆、中央塔だ! 〈島喰い〉が向かったのは『春告げ鳥』のところだよッ……〈島喰い〉は浮島を喰らう……つまり核を喰らう。彼女を食べるのが〈島喰い〉の目的だ!」

「……なっ⁉ リーヴァ――!」

 弾かれたように駆け出したのはロア。

 残された三人は頷きを交わすと……ロアを追って中央塔へと向かった。


******


 最初に見えたのは金色の鳥籠。

 そしてそれに覆い被さって絡み付く白い腕、腕、腕。

 籠の中、割れた分厚い磨りガラスが散らばる床の上、両腕を掲げた白い髪の少女が立っている。

「『春告げ鳥』ッ!」

 白い部屋に飛び込んだロアは彼女を呼びながら一直線に鳥籠へと向かった。

「……く、ロアか。……ちと、ゆっくり話してやれる状況になくての……リーヴァ、にも……代わってやれぬが……待っておった、ぞ」

 食い縛っていた唇から戯けるような台詞をこぼす彼女の両腕はぶるぶると震えている。

 まるでなにかに抗っているような――いや、『なにか』などわかりきったことか。

「〈島喰い〉を籠から引き剥がすッ! 待っててくれ!」

 ロアはそう言って金の格子に絡み付く白い腕を斬り払った。

 しかし、次から次へと伸びてくる腕がじわじわと格子を呑み込んでいく。

 斬っても、斬っても、次から次へと。

「ぐ、う……」

「しっかりしろ『春告げ鳥』ッ……」

 彼女が白い腕に絡み付かれているわけではないが、大丈夫と言い難いのは明白。

 ロアが犬歯を覗かせてギッと歯を食い縛ったとき……ぽかりと空いた天井に炎の槍が燃え上がった。

「踊れ……炎槍えんそうッ! ……はあ、はあ……ロア……ひ、ひとりで、先走らないで、よね……」

 視線を走らせればローブの裾で汗を拭ったテトが肩で息をしており、その左手には魔導書が開かれている。

 炸裂した炎が火の粉を散らし、白い空間を紅く照らした。

「ふー……っ、さすがに、ロアほどの速度は出ませんね……」

 その隣、テトよりマシだがそれでも呼吸を整えなければならないレントが深々と息を吐き出す。

「……とにかく早く〈島喰い〉を仕留めなければならないようだな『春告げ鳥』」

 最後にやってきたガロンは重い鎧だというのに息も切らさず、ギラギラした右目を細めてみせた。

「それで? あと少し踏ん張れそうか」

 渋くていい声に『春告げ鳥』はギリギリと歯を食い縛ったまま口角を吊り上げる。

「あたり、まえ……で、あろう? ――これしき、なんともないわ……ッ」

 けれど。それに怒鳴ったのはテトだった。

「……なんともないわけないじゃないか! 『春告げ鳥』……君は……!」

「テト! いまは話し込んでいる場合じゃありません! 戦いますよ!」

「……そうじゃ、テト。話は、あとで、ゆっくり……してやろう」

 レントに諭されて唇を噛むテトに、リーヴァの姿で『春告げ鳥』が不敵な笑みを以て応える。

「よいか、勝負は一度きり。……リーヴァの体で妾ができることは、ひとつしか――ない。……必ず護れよ……」

「『春告げ鳥』……なに言って……」

 そこで皆のもとへと下がったロアが眉をひそめたが――『春告げ鳥』はスッと息を吸って続けた。

「〈島喰い〉の核は、妾の真上。しかし……魔法や闘気だけでは、核を穿てぬ。ならば――妾の全力をリーヴァに預け、核である・・・・と誤認させるまで! それを喰らう、ために、降りてくる核を穿つのじゃ……ッ」

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