第11話 春告げ鳥は生命《いのち》を謳う③

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 ――は汝が望みを聞き届け〈島喰い〉をこの島の底へと封じたもう。鬨の声を上げよ、刻は満ちたり。汝らが得るは永久とこしえの加護なりて、〈島喰い〉を討ち滅ぼすつるぎとならん――。


 ――さあ行くがよい騎士たちよ。


『春告げ鳥』はそう謳い、細く息を吐き出すと同時に肩の力を抜いた。

 リーヴァの体に無理を強いたくはないが――こればかりは仕方ない。

「すまぬな、リーヴァ。長い時間閉じ込めてしもうたの……」

 呟けば――胸の奥がぽかりと温かくなった。

 心優しい清らかな娘。

 早く解放してやりたいのは――『春告げ鳥』も同じだった。


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「眷属確認! 来ます!」

 長く長く伸びた天空廊の先は浮島『砂漠アレーナ』で、そこに展開した騎士たちは四つの騎士団が入り交じったいくつかの隊に別れている。

 青い空に悠々と浮かぶ白い雲よりはるかに近く、眷属たちは群れとなって舞う。

 太陽は傾いており、あまり長く戦うわけにはいかなそうだ。

 ほの温かい空気もこれからどんどん冷えていくであろう時間帯――南十字サウスクロスト浮島群の士気は高く、騎士たちは熱気を纏っていた。

 勝たなければならない、ではなく。

 勝てるのだ、と。

 

「展開急げ! 弓部隊、魔導部隊、準備に入ってくれ!」


 腕を振って指示を飛ばすロアは隊の間を自ら駆け回っている。

 軽い身のこなしと速度によって灰色の風と化すロアの姿に鼓舞される者も多い。

 かと思えばガロンの渋い声で「こんなオッサンになるんじゃないぞ。仲間を護れ、お前たちは素晴らしい騎士になったんだから」と激励されて姿勢を正す者もいて、『メディウム』の端から展開の様子を確認しているテトが苦笑した。

「僕はああいうのは駄目、無理。任せるよエルドラ」

「あれ? 俺に頼んじゃいますー? なにを隠そう、こう見えて得意なんですよねぇー」

 赤茶色の髪と眼を持つ〈魔導騎士団〉副団長は灰色のローブを揺らして飄々と笑う。

 テトは肩を竦めると面倒臭そうな顔をして踵を返した。

「……僕は〈島喰い〉本体が見えたらそっちに向かうから。……死んだりしないようにしてよね。君は強いから大丈夫だと思うけど」

「……!」

 テトは肩越しにひらりと手を振って騎士のあいだに埋もれるように見えなくなった。

 エルドラは殺伐とした双眸に戸惑いと少しの歓喜を滲ませ、頬を掻いてから手のひらで顔を隠す敬礼を贈る。

「……まったく。変に褒めないでほしいよなぁ。まあ? 俄然やる気になるってもんだけどー?」


 さらにそれを見ていたレントはくすくすと笑った。

「いいものを見ましたね。……テトは優しいけれど言葉選びが基本的に下手ですし」

「若い者はいつでも眩しいものですぞ」

 その一歩後ろに控えている白鬚を蓄えた初老の紳士シーフォが言うと、レントは微笑んだまま己の拳鍔けんつばを確かめた。

 籠手ガントレットと似ているが打撃に特化している武器である。

「貴方にももう少しのあいだ若い者を率いてもらいますよシーフォ。私たちはまだまだ強くならねばなりません」

「ほほ。老体には厳しくともレント坊ちゃんのためでしたらひと肌脱ぎましょう」

「――お願いします。だから、皆で無事に戻るとしましょう。その結果……私たちはことわりを識ることができ――新しい世界が始まるのですから」

 レントはぐるりと大きく肩を回し、柔らかい体をぐいぐいと左右に伸ばすと胸元で勢いよく拳を合わせた。


******


 矢と魔法の嵐が襲い来る眷属たちを撃ち落とし、待ち構えていた者が次々と核を撃ち抜いていく。

 騎士団長たち四人はその戦場で――声を聞いた。


 ――来るぞ。〈島喰い〉じゃ。――『メディウム』の方に注意せよ。


 お告げがあると呼ばれた今日の朝と同じ。

 どこからともなく……近いようで遠い場所からの声。

 いま思えば『春告げ鳥』の呼びかけであったと気付くことができた。

「……カルトア。俺は行くよ」

「――〈島喰い〉ですね、ロア団長」

 ロアは応えたカルトアに頷いてみせると、抜いていた双剣を器用にくるくるっと回しながらカルトアよりも濃い灰色の髪を揺らして踏み出した。

 そこからロアは一気に加速。

 天空廊に陣を敷く騎士のあいだは走らず、欄干に飛び乗って疾走する。

 そこで目の前に白い花が舞い降りるのを見た彼は……牙を剥いた。

「――おおぉッ!」

 狙われた騎士は〈鋼騎士団〉のひとり。

 陣は橋の左右へと注意を払えるように敷いているが、反対側の空に気を取られていたのだ。

「……ッ」

 叩き落とされた眷属の上、ロアが双剣を振り上げる。

 狙われていたと気付いた騎士がサッと表情を変えた。

「後ろは信じてちゃんと警戒を。――大丈夫、皆強いから。そうだろ?」

 核を砕いて笑ってみせるロアの精悍な顔は……恐いながらも頼りになるものだ。

「……は、はッ!」

 慌てて向き直る彼に頷いて、ロアはまるで曲芸のように壁を駆け上がり再び欄干へと戻る。

 ……戦う騎士たちが見える。

 眷属が白い花片を開きながら急降下していくのが見える。

 勿論、犠牲が零だなんてことはないだろう。

 それでも――戦うのだ。

 すると――『メディウム』のほうにチカリと瞬くものが目に入った。

「……あれは」

 冷えた青色の双眸を細めたロアは……ギッと歯を食い縛る。

 太陽の光を反射して散らす、白い……球体。

 眷属たちよりはるかに大きく、不思議と質量を感じさせない『なにか』。

「あれが――〈島喰い〉」

 体を低くして駆け抜けるロアの背を、騎士たちの鬨の声が押す。

 そして彼の正面……天空廊の終点には――どこか困ったように見えて、それでも感情の感じられない表情をした鋼を纏う黒髪黒眼の騎士が待っていた。

「……! フルム? あ、そうだ。ありがとうな、励ましてくれたってガロンが」

「…………。別に、は、励ましてなんて、いませんけど」

「ふ――そうか? まあどっちでもいいけど。……あれが〈島喰い〉なんだってさ」

 ロアは軽やかに着地すると双剣を回して浮遊する球体を見上げる。

 釣られて見上げたフルムは眉間に皺を寄せると首を振った。

「ガロン団長が、い、いますから。負けません」

「おう。俺もそう思う。……だけど全員が無傷ってことはないと思うから……だからフルム」

 ロアは真剣な表情で真っ直ぐにフルムへと視線をぶつけ、右の拳を差し出した。

「こっちは任せろ。そっちを――頼む」

「……べ、別に……た、頼まれなくても、が、ガロン団長に命じられてい、いますし」

「そうか! じゃあ大丈夫だな」

 ロアは差し出した拳が無視されて宙に浮いたままなのをフルムの肩当てポールドロンにぶつけると、嬉しそうに尻尾を振る。

「…………」

 フルムは思い切り顔を顰めながら……自分に尻尾があったらいまはどんな動きをしているのだろうと考えて――やめた。

「さっさと、い、行ってください」

「おう! 任せろ!」

 颯爽と髪と尾を靡かせて走り去る〈狼々族ろうろうぞく〉の騎士団長の背に、そっと……フルムが小さく拳を突き出す。

 眷属との交戦に少しの余裕ができ、ふたりのやり取りを意外そうに見ていた〈鋼騎士団〉の騎士たちは……フルムは案外付き合いやすい奴なのかもしれない、と……密かに考えを改めるのだった。

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