ブレイドマニア 〜時を越えし兵の剣〜

ぎざ

第一章 鑑定士フオフの災難

第1話 揺れる馬車

 旅の道具が入った腰ベルトと、父への土産が入ったナップサック。最低限の荷物を持ち、がたがたと揺れる馬車に乗って僕は故郷へと帰るところだ。

 故郷を離れて早二年の月日が過ぎ去っていた。得た物よりも、失った物の方が大きく感じていた。

 この二年近くの旅が、故郷を旅立つ前の僕よりも、僕を成長させてくれたのだろうか。

 これまでの旅を、苦難を、無力さを噛み締める。

 腰のベルトに下げていた短剣の柄の感触を右手で確かめた。これは、旅立つ前の、僕の誕生日に父から贈られたものだった。

 父はスヴィバ村では名の知れた冒険者トレジャーハンターだった。そんな父に憧れて、僕自身も冒険者を志していた。

 冒険者は三つの要素から成る。魔物を相手にバッタバッタと倒し、道を切り開く戦闘力を持つ『戦士』、得た宝を収集家コレクター好事家マニアに売って生計を立てる『商人』、地の利を生かして味方にする観察眼を持つ『鑑定士』。父にはこれらの才覚があり、僕にはその才能が無かった。と言ってしまえば言い訳になってしまうだろうか。

 僕は冒険者になる夢が諦められずに、ただひたすら僕にできることを続けてきた。

 運動神経がなく、剣を振れば身体が振り回されてしまう。そうするうちに手がしびれて剣を持ち続けることができなかった。『戦士』になるのを諦めた。

 人と話すのが苦手で、会話が続かない。気まずいに気付くと余計に言葉が出てこなかった。『商人』になるのを諦めた。

 だから僕は、『鑑定士』としての勉強をした。村の周囲の地層を調べ、地質研究の書物を読んだり、武具の材質の歴史を学んだ。僕の村には大きくて古くさい書庫があって、そこには多くの歴史が本で残されていた。僕以外には誰も立ち寄らなかったのでとても勉強が捗った。

 『鑑定士』はアイテムを鑑定し、この世界のすべての情報が保存されているという媒体『アカシックレコード』に照会することによって『不明アイテム』を特定する職業ジョブだ。

 『アカシックレコード』に照会するためには、その『不明アイテム』の作られた『年代』、使用された『素材』、そのアイテムが持つ『属性』、得られる『効果』などの必要な構成要素ステータスを推定しなければならない。

 そもそも『不明アイテム』なのだから、『年代』も『材質』も『属性』も『効果』も分からないよ!! というツッコミはその通り。でも『アカシックレコード』に照会するためにはある程度そのアイテムの正しい情報を与えなければならない。『なんだかわからないもの』を雑に照会しても、何の情報も得られない。

 自ら知り得た知識、経験を元に『不明アイテム』から『宝物』を見つけ出すのが鑑定士の役割。冒険者トレジャーハンターの一側面。観察眼。審美眼。世界は、自然は、僕たちに様々な情報を教えてくれる。それを読み取り、冒険を良い方向に導くのが鑑定士としての役割。

 そう信じて僕は旅立つことにした。

 戦闘の力になれなくても、商人としての才能が無かったとしても、きっと誰かの力になれるのだと。

 しかし僕は、組んでいたパーティーに戦力外通告を言い渡されて、住んでいた家も追い出されて、今に至る。

 都市部での『鑑定士』は、僕の思い描いていたものとはかけ離れていたのが一番の原因だった。

 まず『鑑定士』は、パーティーに同行するものではなかった。市街に店を構え、旅人や他の冒険者が持ち寄った『不明アイテム』、『お宝のようなもの』を鑑定して、鑑定料をもらう。そして、そのアイテムを高く買い取ってもらえるような『武器商人』、『宝石商人』、『家具商人』、『ガラクタ屋』という専門の店を紹介、仲介手数料を得るというような形態で成り立っていた。

 よって、都市部でパーティーを組んでいる冒険者には『鑑定士』としての技術が必要なく、『商人』としての才能もいらなかった。ただ『戦士』としての戦闘力を持つ者たちがパーティーを組み、冒険をしていたのだ。

 そんな中、戦う強さも無く、宝を売りさばくルートも無い田舎者の僕が街に出ても何も力になれなかった。

 『鑑定士』としての知識を持っていても、そもそも無名の僕には『不明アイテム』が持ち込まれない。道端で店を開いても誰も彼も客はやって来なかった。街で僕が『鑑定士』として生きる道はどこにも無かった。


「あの時、『鑑定士』でパーティーに入りたいってさ、聞いたこと無かったから面白半分で迎えてみたけど、本当に戦闘の時、何にもできないんだな」

「戦闘できないなら、せめてアイテム運んでよ。収納術とか覚えてないわけ?」

「本当に鑑定するだけ? 何分かかるの? それが本当にあってるって誰が証明してくれるんだよ?」

「もういいや、お前をパーティーに一人入れるくらいだったら、力持ちの荷物持ち一人入れる方がコスパいいんだわ。あっはっはっは!!」


 そう言われて、パーティーを追い出されたのがつい一週間前のこと。

 その言葉はすべて僕の心に突き刺さった。だってそれは、全部その通りだな、と思ったからだった。

 戦闘の力になれない僕は、宝を持ち帰る手伝いもできない非力な僕は、確かにパーティーのお荷物だった。パーティーの誰ともまともに会話ができなかったので、パーティーとの連携なんてのも難しかった。

 僕が地層を調べている間にパーティーのみんなはどんどん先に進んでしまうし、僕が宝箱の罠の有無を調べている間に勝手に宝箱を開けてしまう。

 鑑定士はダンジョンに残されている道具や宝箱に付与されている『罠』、『魔障』、『封印』の有無を調べられはするけれど、それらは『有る』か『無い』かを調べることしかできない。『罠の解除』、『魔障の解除』、『封印の解除』はまたそれぞれ別のアイテムや魔法が必要だからだ。『罠の解除』は『盗賊』が、『魔障の解除』は『医術士』が会得できる。『封印の解除』は解除専門の『解除術士』のみ行える。

 冒険者たちは鑑定士の鑑定を待っている時間は無いのだろう。日が暮れれば魔物たちは力を増す。それもうなずける。やはり鑑定士は冒険に同行する類いの職業ではなかった、ということなのだろう。

 故郷を離れて早二年の月日が過ぎ去っていた。得た物よりも、失った物の方が大きく感じていた。

 この二年近くの旅が、故郷を旅立つ前の僕よりも、僕を成長させてくれたのだろうか。

 どうだろう。僕は旅に出なかった方がよかったのかもしれない。

 故郷を旅立った約二年前。今から帰る故郷のことを、父のことを思い出した。

 と同時に、誕生日にこの短剣を贈ってくれた、父に合わせる顔が無く憂鬱な気持ちになった。


「フオフ。お前は力がない。しかし、力が無ければ生き残れない」


 短剣を譲り受けた時のこと。

 父のゴツゴツとした指、シワのように身体を覆う傷跡。全てを見通し、射抜く眼差し。短剣を受け取った時の、ざらざらとした柄の感触。幅の広い刀身からくる重さ。今でも目頭が熱くなるのを感じる。

 今まで誕生日には、特別何も贈られたことは無かった。だからこそ、この短剣はとても特別な意味を持っていた。

 冒険に出かける僕の背中を押してくれた、大切な剣。


「大剣を贈っても扱えないだろう。身を守るためだ。この短剣を持っていけ。命より貴重な宝物はない。忘れるな」


 刀身が白布で包まれた、片手で扱える重さの短剣。魔物を倒すためではなく、自分に向けられた攻撃を受け流すため、身を守るための短剣。

 父からの、僕の旅の成功を期待した贈り物だ。

 一人前の冒険者として、鑑定士として自立する。その夢が打ち砕かれた今となっては、僕の手に余る武器だった。父の期待を裏切る形になってしまった。たった二年で故郷に帰ることになるなんて。

 何を話せば良いだろうか。この旅で、僕が得られたもの。金銭的な価値があるものは手持ちにない。金銭的な価値ではない、他に成長できたもの。そんなものがあったか。考えれば考えるほど、気持ちが重くなった。

 陰鬱な気持ちを紛らわそうと、馬車に乗り合わせた乗客たちを見た。

 馬車には僕とそう歳の変わらない旅人が二人も乗っていた。

 一人は古びた黒い帯で巻いた大剣を傍らに置いた冒険者風の青年。

 一人はラピスラズリのついた杖を持った、王国の紋章が入ったローブを着た女性。

 馬車の乗り込み時、冒険者証を運転手に提示していた時に、先に乗り込んでいた僕はちらりと彼らの冒険者証が見えてしまった。

 この二人とも、僕と同い年の19歳だった。

 僕はこの二年で、夢が打ち砕かれて故郷に帰る19歳。

 かたや彼らは僕と同い年にも関わらず、立派な武器を携えて、立派な装備に身を包み、きっと僕よりもずっと立派に冒険を続けているのだろう。

 大剣を傍らに携えている青年の装備の傷からは、戦闘の厳しさ、恐ろしさが伝わってきた。それは僕が鑑定士だからこそ、よりはっきりと感じ取れる。装備品から歴史を感じ取ってしまうからだ。攻撃を受けるたびに傷は増える。剣と防具、靴の傷から、今まで戦ってきた魔物の属性を想像する。魔物の強さを想像する。

 ラピスラズリの杖を携えた女性。ラピスラズリは様々な属性を強化する宝石。おそらくその色合いから『水属性』か『木属性』。杖の材質は色からきっとレッドオークが使われている。レッドオークの効果は……。いや。

 ……職業病だ。これは。もう何の意味も無いのに。

 故郷に戻る僕は、諦めるからだ。

 戦士を諦め、商人を諦めた。最後に鑑定士をも諦める。

 冒険者として生きていくことを、諦める。

 旅に出た僕が故郷に戻る理由。

 馬車は窓も無く、景色は見えない。がたがたと音がするだけ。

 地層だとか、木々の生息地だとかに思いを馳せなくて済む。これからは故郷の中で、僕に合った働き口を探そう。

 そうだ、司書なんてどうだろう。本の知識だけは自信があった。だって、村の誰よりも本を読み込んだから。

 僕の村に伝わる伝説を村の子供達に伝える仕事とかもいいな。それで、村を活性化させたりして……。僕の知識を活用する仕事は鑑定士以外にもあるはずだ。そうだ。うん。それが、いい。

 僕は目をつむった。乗り合わせた同い年の彼らを見ると、僕が惨めな気分になるからだ。傷だらけの彼らは、とってもキラキラと輝いて見えた。僕に無いものを持っている。戦闘力も、人と話す力もきっと持っているんだ。僕ができなかったことをやってのける。だから冒険者としてやっていける。それが羨ましくないなんて嘘だ。

 目をつむったって、その現実からは逃げられない。それは分かっている。それでもなお、僕は目の前の物から情報を読み取ろうとしてしまうから。逃避だっていい。この人達が僕の故郷、スヴィバ村まで馬車に乗っているはずがない。そのうち途中で降りるだろう。

 スヴィバ村はこの馬車の終点。ドが付くほどの田舎村。冒険者たちも普通は立ち寄らない。物好きな収集家コレクターが、父の宝目当てに立ち寄るくらいだ。

 僕が憂鬱な気持ちを抱えていても、馬車は一定のリズムで故郷へと進んでくれる。本当は戻りたくない。そんな気持ちとは関係なく、故郷は近づいてくる。もう少しの辛抱だ。故郷の地に足を踏み入れた時が、僕の鑑定士としての最後の時だ。

 そんな時だった。馬車は急にスピードを落とした。

 僕らの乗っていたカゴ台車が横に揺さぶられ、舌を噛みそうになる。

 それは停留場に付いた時とは違う、まさしく急ブレーキだった。

 視界が横転したのとほぼ同時に、さっきまで壁だったものに強く叩きつけられた。

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