エピローグ

 どれぐらい時間が経ったのか分からない。

 アドニスの手先に捕らえられたエルウィスは、アルジャーノンの居場所を聞き出すために、手ひどい拷問を受けた末に幽閉されていた。

 全身傷だらけでやせ細り、見るも無残な姿であったが。それでも薄暗い牢屋の中、エルウィスは自身の主のことを考え、祈り続けた。

 どうかアルジャーノンが、無事であるように。必ずアドニスから、王位を奪い返すことが出来るように。

 エルウィスは信心深いどころか、無神論者であったが、それでも構わず祈り続けた。幽閉された彼には、祈ることしかできなかったから。

 同時に彼は、その日まで生きることを決めた。処刑されるならどうしようもないが、希望があるとしたら、もう一度アルジャーノンと再開するその日まで。

 この傷ついた体では、再び使えるのは難しいかもしれないが。それでももう一度、もう一度だけ彼に会いたい。

 アルジャーノンに会って、彼の無事を確かめたい。彼を護るという、己の使命が果たされたことを。アルジャーノンがこの国の王になるその瞬間を、見届けたいのだ。

 だからそれまでは、泥水を啜ってでも生きよう。心の中にあるアルジャーノンへの思いだけを頼りに。エルウィスは気が狂いそうな毎日を過ごして来た。

 ここに入れられてから、時間の感覚がなくなってしまったが。それでもきっと外の明るい世界では、アルジャーノンがこの国の為に動いていると、そう信じて。

「こいつ、いつまで生かしておくんだよ。さっさと処刑しちまえばいいじゃないか」

「あいつはもう死んだんだ、いい加減諦めろ」

 見張りの兵士が交わす、そんな会話が度々聞こえたこともあったが。エルウィスは構わず、アルジャーノンのことを信じた。

 誰よりもこの国を愛して、この国を想っているあの人が、簡単に死ぬはずがない。きっと、生きて、生きて、そして。

 長い幽閉生活によって、どんなに心を強く持とうとしても、確実に心がすり減っていくのは感じていたが。それでもひたすら自分に言い聞かせて、気が狂うのを何とか防いでいた。

 果てしなく思えるような、時間が過ぎた。やがてエルウィスは毎日を、ぼんやりと牢屋の天井を見上げて過ごすようになった。

 心の中で、うわごとのようにアルジャーノンの名前を繰り返すものの。もはや心の消耗は止められず、自分でも自覚しながら、彼は次第に壊れて行った。

 そして幾日かが過ぎたころ。

 ある日、いつものように牢屋の天井をぼんやりと見つめていたエルウィスは、外がやけに騒がしいことに気が付いた。

 だがずっとこの暗闇の中にいる自分には、どうでもいいことだ。どうあがいたところで、無駄でしかないのだ。

 ふと、近くで激しい音がして、エルウィスはやっと顔を上げた。目の前にある牢屋の鉄扉が、音を立てて軋んでいる。

 やがて耳障りな金属音がした後、何かが壊れる音がして。ゆっくりと、分厚い鉄扉が開いてゆく。

 目を見張り、息をのむエルウィスの前で。鉄扉を開いた30代ぐらいの男は、短く息を吐き出した。

「よし。生きてたぞ、アルジャーノン!」

 心の中で何度も繰り返し、求めてきた名前を呼んで。男はそっと扉の脇に避けた。

 直後、男の後ろに控えていた一人の人間が、牢屋の中に入ってくる。

 少し背が伸びて、体つきが逞しくなり、見慣れない服を身に纏っていたものの。その輝くような白い髪と、紺色の瞳を忘れるはずがない。

「あ、アルジャーノン、さま」

 絞り出すような声で呟くと、アルジャーノンは腰を落として微笑み、片手を差し出した。

「遅くなって済まない、エルウィス」

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エスケープ・タッグ~探偵と王子の逃避行~ 錠月栞 @MOONLOCK

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