異世界でも死神が見えている件

佐藤アスタ

第1話 異世界でも死神が見えている件


 うーん、困った。

 これ、死亡フラグってやつじゃね?



 事の発端はクラスごと異世界転移してから一か月くらい経った後、俺達を召喚した王国が勇者一行――つまり俺達の中で才能アリと選ばれた五人が魔王討伐の旅に出るってんで、王都を上げての出発式を開催した、王宮の庭でのことだった。


 一言で言うと、出席者全員に死神の影があった。


 まあ、いきなり死神とか言われてもわけわからんだろうが、これは俺の能力だ。

 異世界転移でもらった?違う違う。これは俺が元々持っていた異能、物心ついた時には見えていた、あの世の存在を確信させるありうべからざる眼だ。


 ちなみにというか当然というか、俺は死神が見えることを元の世界でも、この異世界でも一度だって喋ったことはない。

 いや、厳密には最初に死神を見た時に一度だけ、親に打ち明けたことがある。

 だがその時――親父の方の爺ちゃんの背後に死神の影を見たと言った時は、子供のたわごとだと一笑に付された。

 付されただけならまだよかったし、俺も何かの見間違いで済んだんだが、年寄りにしては健康体そのものだった爺ちゃんが三日後にポックリとあの世に行ったもんだから、大騒ぎになった。


 と言っても、別に世間にバレたとかテレビ局が取材に来たとかそう言うんじゃない。

 ただ、俺の家の中には、血相を変えまくった両親の怒涛のお説教という、特大の嵐が吹き荒れた。

 あれは怖かった。怖すぎて今でも夢に出てくるくらいだ。あれのせいで、俺の思春期真っ盛りのピンク色の夢がどれだけぶち壊されてきたことか……


 まあ、そんなわけで世界を跨いでまで誰にも言えない秘密を抱えている俺なんだが、さすがにこれはスルーできなかった。


 だって、この庭にいる全員が死神に憑りつかれてるってことは、俺にも死亡フラグが立ってるってことじゃね?

 なぜか、俺自身に死神が憑いたことはない。鏡にも、一回も映ったことはない。

 これが俺の人生天寿を全うするまで無敵モード!とか思えたらよかったんだが、生憎俺は俺がただの人間だって知っている。

 異世界転移した時だって、ろくな才能がないと王国からは見放されている。

 この出発式に参加できているのも、これから魔王を倒しそうとしてくれている勇者一行のクラスメイトとして気を遣っているに過ぎない。


 そんな俺が、いの一番に王国の危機を察知してしまったわけなんだが、原因はわかってる。

 ズバリ、勇者一行が全滅する。


 実は、一口に死神に憑りつかれると言っても、そこにはいくつかの段階があったりする。

 一番軽いのは、死神の影である黒っぽいオーラがそいつに纏わりつくこと。

 夜なんかだと判別できないくらい微妙な症状?なんだが、それもそのはず、その程度なら本人の心がけ次第で死亡フラグを回避できたりする。

 夜に出歩かないとか、信号無視しないとか、戸締りはしっかりするとか。

 そういう助言とも言えない話を雑談交じりで言ったりして、実際に死神が消えた例が何個もあるから間違いない。

 実際、この庭に集まっている人達のほとんどは、まだまだ助かる余地がある。


 だけど、勇者一行は手遅れだ。


 この世界に来た時は何ともなかったはずだ。

 当然の話だが、勇者一行全員をこの目で見ているから間違いない。


 だけど今日、久しぶりに見た勇者御一行五名様には、もれなく死神をセット価格で購入されていらっしゃる。

 しかも、他の人達と違うのは、死神の姿がはっきりと俺の目に映っているだけじゃなく、その手にあるそれぞれのデスサイズが五人の心臓をえぐり取っているからだ。


 どうやら死神が感じる時間ってのは、俺達生き物とは全然違うらしい。

 その証拠に、死神たちはデスサイズで勇者一行の心臓に突き刺しながら、微動だにしていないからだ。


 なんであの姿勢のまま固まっているか、俺には分からない。

 ひょっとしたら人間の心臓をえぐって悦に入る趣味があるとか――あ、今こっちを見て手を振った。

 とりあえず振り返さなきゃな。


 ――ふう、あいつら、俺が手を振り返すまでずっとあのままだからな。


 そう、俺があいつらのことが見えるせいか、なぜか俺は死神に好かれる。

 死亡フラグが立った人間の数だけ現れるから、誰が誰かは全然わからないし覚えられない。

 そもそも全身黒のローブで、頭もフードを深くかぶっているから顔も良く見えない。


 ただ、時々俺を見て笑っている気がするのはきっと気のせいじゃない。

 あの世の存在だからか笑い声までは聞こえないのが、せめてもの救いか。


 まあ、余談はもういい。現実逃避も適当にしておかないと出発式が終わってしまう。

 あとは勇者一行が出席者全員と挨拶を交わして見送るだけ。


 勇者一行が死んだ数日後に、出席者全員が死ぬ。死神の感じからしても、多分それは間違いない。

 だから勇者一行が死ななければ、この場の人達も死神からのおいでおいでが無くなるはず。

 とはいえ、この挨拶が最後の機会。

 ここでの一言で出発を止められるかどうかが分水嶺。

 逆に言えば、ここで失敗すればゴートゥーヘル。

 挨拶の時に交わす一言こそが大事だ。


 そんなことを考えているといつの間にかに時間が過ぎていって、勇者一行に向かって伸びていた列が途切れかけているのを見て、慌てて並ぶ。

 結局、特に気の利いた言い回しも思いつかず、短くなっていた列はあっという間に俺を勇者一行の元へと送り届けてしまった。


 こうなったら、どうにかして危険を伝えるしかない。

 どうすれば、どう言えば勇者に伝わる?


 言え、何でもいいから言うんだ俺!


「……きょ、今日は、や、やめないか?」


 アホ!!俺のアホ!!

 全然伝わるわけないし、そもそも何をやめるんだよ!!


 だけど、返事はすぐに帰ってきた。


「オッケー」


 ただし、返事をしたのは高そうな鎧を装備した勇者じゃなくて、その背後から心臓に突き刺したデスサイズを抜いた死神だった。

 そしてその直後、


「そう言ってくれる人を待ってたんだよ……!!」


 なぜか勇者が顔をくしゃくしゃにして号泣しながら、俺の両手をがっしりと掴んできた。






 とどのつまり、勇者は魔王討伐の旅になんか出たくなかったらしい。

 クラス転移のショックの最中に勇者だの魔王討伐だのこの世界の連中やクラスメイトに持ち上げられて、その時はついその気になってしまったそうだ。

 だけど、時が経つにつれて、魔王討伐の旅が近づくにつれてやっぱり怖くなった。

 でも今さら、やっぱりやめますなんて言えるはずもない。

 そんな中、ギリギリのタイミングになって、俺から思わぬ言葉をもらったことで、一気に心のダムが決壊した、ということらしい。

 ちなみに、勇者の仲間の四人も似たようなもので、漠然とした不安はありながらも最終的には勇者が何とかするだろうくらいの人任せなノリだったらしく、勇者のやっぱやめた発言にすぐに賛成した。


 そうなると問題は、送り出す側の王国なんだけど、意外や意外、すんなりと許してもらえた。

 恐ろしい話だが、王国側も未成年を魔王討伐に送り出すのはいかがなものかと密かに思っていた人が大勢を占めていたそうだが、その場のノリで即断即決した勇者を妄信して、ちゃんとした意思確認を怠っていたのだそうだ。

 まさに集団心理のなせる業、誰も責任を取りたがらない末の愚行としか言いようがない。


 まあ、紆余曲折はありつつも事は平和的に解決した――俺以外は。


「そんなわけで、改めてしっかりとこの世界のことを勉強したり、勇者としての実力をつける訓練をした上で、こっちの気持ちを優先してくれるって約束してくれたんだよ」


 王宮の片隅にあてがわれた俺の部屋には今、その勇者が入り浸っている。

 いや、今というのは正しくない。ここ最近ずっと、具体的にはあの日から毎日、勇者は俺の部屋に来ている。

 しかも、元の世界じゃほとんど接点がなかったはずなのに、両腕を寄せることでその胸にあるを思いっきり強調しながら、俺に話しかけてくる。


「私は、できれば君が一緒に付いてきてくれたら、魔王討伐でも何でも引き受けるって、王様に言ってみるつもりなんだけど、どう思う?」


「ま、まあ、死なないなら何でもいいけど……」


 そう、死なないなら何でもいい。

 だが、俺にすり寄ってくる勇者の背後で、を鬼の形相に変えてデスサイズを振り上げている死神のことを考えると、とても同意も拒否もできそうにない。


「私の夫に手え出してんじゃないわよ……!!」


 俺は死神の夫になったつもりは無いし、そもそもまだ結婚できる年齢でもない。

 そう口にしたいのは山々だったけど、言えば死神に聞かれてしまうので、文字通り死んでも言えない。


 どうやらチート無しだと思っていたのは俺の勘違いだったようだ。

 俺はスキルを手に入れていた。

 とはいえ、はっきりと確認したわけじゃないし、確認するわけにもいかない。

 何しろ俺のスキルは『死神との意思疎通』。

 異世界転移してからというもの、俺の言葉は死神に通じるし、死神の言葉は俺に聞こえる。

 転移前にはそんなことは一度も無かったんだから間違いない。


 そしてもう一つ。


「ああ、あなた。この女狐とその他四人の代わりに、手近なところで頂いておいたわよ」


 死神には勇者一行の処刑を留まってもらったわけだけど、さすがに無償でというわけにはいかなかった。

 俺の懇願の代償は支払われた。


「ああそうそう、魔王討伐急進派の大臣って、魔王の手先だったらしいね。あの日の夜に怪しい動きをしていたとかで側近四人と一緒に捕まっていたけど、今朝早くに牢屋の中で全員死んでいたらしいよ。なんでも、とても恐ろしいものを見たかのように、顔を歪めたまま死んでいたって」


「私達は魂の釣り合いが取れていればだれでもいいの。でも、あなたのためなら魂の百万や二百万、いくらでも待ってあげるわ。死神の長の娘である私の夫ですもの、このくらいは当たり前よ」


 ……なんだか知らないが、圧し折れたはずの死亡フラグは、別の何かになって確実に俺を追い詰めているらしかった。

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