第9話ロディの心情④

――胸が熱い。苦しい。締め付けられるようだ。

 

自分の異変に気がついたのは、姉との生活が始まって一週間もたっていない頃。


どうにもこうにも何をしても、絵を描いている時ですら落ち着かない。


こんなに気が散った事は今までにない。


そして、その胸のざわめきが落ち着く時は、唯一つ――マリーが視界に入っている時だけ。


仕草、言動、細かい所までに。目が釘付けになる。


――そしてそれが顕著になるのは、決まって食事をしている時だ。


自分が料理したシチューを、物静かにスプーンで掬って、口に運ぶマリー。


そんな姉を知らず知らずのうちにじっと見つめていると、マリーも、視線が気になったのか、


「……あの、どうかしましたか?」


「い、いや、おいしそうに食べるんだなって……思っただけだ。美味しい……か?」


咄嗟に思いついた言い訳。


まさか、「何故だが分からないけれど、貴女から目が離せない」なんて言えるわけがない。


間違えるな。


相手は姉なんだ。


決して、を抱いていいはずがない。


平静を保っている(つもりだ)が、うまく誤魔化せているだろうか。


バクバクと今にも心臓を打ち破ってしまいそうな鼓動の音が、姉に聞こえていないだろうか。


しんどい。


理性を保つのが、こんなに難しいなんて。


ロディは歯で口の中をギュッと噛み、痛みと、溢れ出る鉄の味を噛みしめることで、我慢していた。


――幸か不幸か、ロディの必死の自制によって、彼の内に秘めた感情は、マリーにはバレてはない様子だった。


マリーは、ここに来てからは一度も見せたことのなかった微笑を浮かべて、


「ええ、美味しいです。ロディの作ってくれる料理は、どれも私の住んでいた所では見たことなくて新鮮です」


「……そ、それは良かった。僕も作った甲斐があったってもんだ。皿は洗っておいてくれたら助かる」


「勿論です。いつも本当にありがとうございます。……でも、あの一つだけ聞いてもいいですか?」


「ん? 何だ?」


話の途中に、急にマリーが言いにくそうになったのを見て、ロディは少し身構えた。


「その、変な事を言っているとは私も分かっているんですけど、その、私と一緒に生活して……変になったりしませんか?」


「……変? 何だいソレ?」


ドクンと心臓が脈を打った。


まさか自分の気持ちがマリーに知られてしまったのか?


「い、いえ! 何もないならいいんです! 本当に何も……ないなら……」


「何も、ないよ」


一度、言葉に詰まったが大丈夫だ。


まだ、バレてない。


こんな感情、知られるわけにはいかない。


墓場まで持っていくべきなんだ。


自分の迫真の演技が功を奏したのか、マリーは少し安堵した表情になって、


「……良かった。あ、でも本当に何かあったら言ってください。ロディに何かあれば、私すぐにここ出て行きますから……」


「え?」


マリーがそう告げた瞬間、何か得体のしれないモノが、自分を包み込んでいく気持ちにロディは襲われた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る