なぜ二次元には爆乳の女がやたらと多いのか

夏目くちびる

第1話

「なぁ、日本貧乳選手権シード権獲得選手よ。なぜ二次元の女には爆乳がやたらと多いのか、考えた事あるか?」

「ブッ殺しますね?」



 大学の部室棟、とある放課後。映画研究部に所属している俺と後輩のきなこは、とある一本のアニメ映画を見終わって雑談をしていた。



「だって、おかしいと思わないか?何食ったら、あんなゴムまりみたいな乳になるんだよ」

「分かりませんよ。あと、次に貧乳弄ったら殺すって言いましたよね?というか、中途半端な経歴なのもムカつきます」

「肉とか、変な成分入ってんのかな。イソフラボンとかさ、デカくなるって言うじゃん」

「あいっかわらず私の話聞きませんね、先輩は」



 まぁ、ちゃんと聞いてあげると自分で自分の弱点晒して、最終的に泣いちゃうからこれが正解なのだ。あと、こいつ絶対にドMだから。弄ると、ちょっと嬉しそうな顔するんだ。



 きなこは、田舎から上京してきたちょっと芋っぽい女だ。都会の風景に憧れて、その結果映画の世界にどっぷりとハマったらしい。髪は黒で、前髪は切りそろえている。メイクはほんのり。最近の流行を真似てるんだろうけど、彼女がやってもミスマッチ過ぎて似合ってないのが笑える。



 まぁ、そこがかわいいんだけど。



 それはそれとして。



「例えば、見てくれよ。このシーンの乳を」



 言って、俺は女のキャラクターがジャンプしたシーンで画面をポーズした。下乳の向こう側に、ぼやけた背景が映っている。



「……なんですか」

「この乳の形にピッタリ合う服を、キャラはオーダーメイドしてるんだ。それくらい、爆乳なんだぜ?形もまんまるだ」

「大きいおっぱいの子が多いから、この世界にはこういう形の服が一般的に売られてるんじゃないですか?市場規模も、そこそこ大きそうですよ」



 きなこは、設定厨だ。普段見る映画の中でもウザったいくらい講釈を垂れてくるし、おまけに考察までし始めるから、初めて一緒に映画を見た時は、こんなふうにコンテンツを楽しむ女がいるのかって驚いた程だ。



 だから俺は、きなこにこういう話を振れば、絶対に面白くなると分かっているのだ。



「ただ、食べ物に目を付けたのはいいですね。あれだけたくさんのおっぱいちゃんが居るんですから、個性にカテゴライズするのは流石に無理があります」



 ほら、面白い事言い始めた。



「問題は、この現実っぽい世界のどこに理由を求めるか、だよな。多分、この子たちって普通の人間だし」

「そうですね。妥当な線だと、二次元では人間の構造がよりセクシャルに成長する、という事でしょうか」



 貧乳弄りは、既に忘却の彼方だ。



「男も、チンコがデカいって事か?」

「そうです。この現実世界っぽい場所は、現実の少子化対策よりももっと直接的な対策を取り入れた。それが、性別的魅力の拡大です。先ほどの先輩の言う通り食べ物なんかで幼少期から飼育して、デカチンやデカパイを育んでいるんです」

「流石にディストピア過ぎないか?その割には、キャラクターの思想が民主と資本に寄ってるし」

「……それはそうですね」



 俺の反論を気に入ったのか、きなこは再び考え始めた。



「ならば、起源説を唱えます。南アフリカのボツワナで生まれた人間の原種は、磁場の放射能を現実世界より強く受けてしまったんです。その影響でおっぱいが大きく育ち、現代までDNAが受け継がれてしまった、とか」

「なるほど。確かに、それなら爆乳が多い理由を説明出来てるな」

「でしょう?」



 ドヤ顔を披露しているが、しかし粗がある。



「だが、この世界の人間は全員が爆乳じゃない。確かにほとんどが爆乳だけど、中には貧乳のキャラもいる。そして、幼少期は年相応に未発達だ。DNAの違いが原因だとすれば、こっちに説明が付かない」

「ぺったんこが変異種だという線は?ロリちゃんは、成長期に連れて急速的に肥大化を迎えると考えられます」

「ならば、なぜ貧乳は貧乳を弄られるとお前と同じように不機嫌になる?二次元世界における希少価値ならば、むしろ喜んだりするはずだろう。価値観に整合性が取れない」

「……あちらを立てれば、こちらが立たない。結構、ディープな問題ですね。これ」



 わらび餅を食べて、嬉しそうに頭を左右に振るきなこ。これが好きな理由が、彼女のあだ名の由来だ。



「案外、みんなパットやシリコンを入れてるのかもな」

「パットのキャラは見たことありますけど、シリコンっていうのは非現実的です。おっぱいと同じ数の親が、整形手術を認めるなんてありえません」



 言ってみただけだよ。



「生物的な理由は、難しいんじゃないかって思ったんだ。だから、何か別に理由があるんじゃないかって」

「現実っぽい世界っていうのが、あまりにもボトルネックです。何か、他にヒントがあればいいんですけど」

「みんな、当たり前のように爆乳だもんな」

「いや、ちょっと待って下さい」



 わらび餅を食べ終わって、口元を拭う。



「なんだ?」

「考えてみれば、キャラ間でも巨乳の子が更に大きいおっぱいを羨んだりするシーンがありますよね」

「あぁ、あるな」

「あれって、どういうことなんでしょうか。お金持ちが、大金持ちを羨む事ってあるんでしょうか」

「そうか。爆乳に見えるキャラは、実は爆乳でない可能性か」

「その通りです。そして、二次元のおっぱいには、私たちから見えていないもう一つの要素があります」

「……ブラジャーか?」



 はい。と短く返事をすると、きなこは着ていたカーディガンを脱いでブラウスを晒した。どうやら、議論で興奮してきたらしい。



「先輩、寄せて上げるブラって、聞いたことないですか?」

「あぁ、お前が『寄せる肉が無くて着けられない』って言ってたヤツな」



 無言で引っ叩かれたが、全然痛くない。



「それが、次の可能性です。彼女たちの世界では、爆乳に見せかける程のブラが開発されている」

「ほう、確かにパットや手術より現実的だ」



 だが、俺の目には普通のおっぱいに見えるんだよな。



「甘いですよ。例えば、この人を見てください」



 それは、スマホに表示された女性の写真だった。



「これが?」

「このモデルさんのおっぱい、どう思いますか?」

「いや、大きいとは思うけど」

「これ、寄せてあげてます。この人、コスプレイヤーなんです。私、この人のメイク動画見ました」

「マジ?」



 マジマジと見るが、しかしさっぱり分からない。これ、偽乳なの?



「これだけ、現実世界でも技術があるんです。ならば、多少時代の分からない世界なら、更に先進的な技術があってもおかしくないです」

「でもさ、これだと揺れなくないか?二次元では、プルンプルンだぞ」



 あと、お前はエロアニメとか見たことないらしいな。流石に、あれは本物だ。



「……さっきから止め絵で考察してたので、忘れてました」



 再生すると、キャラのおっぱいはやっぱり揺れていた。こんなに揺らす意味あるか?あるか。



「……じゃあ、こういうのはどうだ?過去、爆乳になってしまう奇病が蔓延した、とか」

「バイオハザードですか。それなら、今までの疑問にも説明は付きますが、時代背景を語らないのは不自然になりますよ。世界史でペストの流行を学ばないなんて事、絶対にないでしょう?」

「そうか、世界の連続性が損なわれちまうな」



 中々、納得できる答えは見つからないモノだ。まぁ、そもそも矛盾の塊みたいな問を正しているのだから、どこかで必ず綻んでしまうのは仕方ないのかもしれないけど。



「ならば、逆に考えよう。爆乳が多い原因でなく、貧乳が爆乳を羨む原因だ」

「なるほど、それなら逆説的に真相が浮かんでくるかもしれません」



 と言う事で、俺は貧乳のキャラが映っているシーンに映像を進めた。



「嫉妬してるな」

「嫉妬してますね」

「まぁ、こんな服まで着て爆乳アピールしてたら、同性としてはムカつくかもな」

「男がブーメランパンツ履いて街歩いてるようなモノです」

「いや、普通にマッチョがピチピチな服着てるのと同義なんじゃねえかな」



 きなこは、何気に巨乳を羨んでいた。



「これって、やっぱり恋愛的なファクターが絡んでるんでしょうか」

「競争してるってことか」

「はい。意中の相手がいるならば、その人に女性的に見られたいという心理は分かります。ライバルにも、優位性も示されてしまいますし」

「そうか?俺には、みんなが持ってるモノを持ってない自分への苛立ちにも見えるぜ?言ってみれば、俺だけゲーム買ってもらえなくて仲間外れにされた記憶に似てる」

「そんな経験、あるんですか?」

「あるよ、俺んち貧乏だったから」



 いや、そんな気の沈む話じゃないだろ。優しい奴だ。



「どちらにせよ、やはり劣等感が関係しています。と言う事は、おっぱいは二次元世界でも有能な武器ということになります」

「武器ね」

「才能と言い換えてもいいのかもしれません」

「そう考えると、女って見えるところに才能の格差があってかわいそうだな」

「男だって、身長でナメられたりするでしょう?」



 確かに、それはかなりある。



「つまり、おっぱいと身長は『異性への武器』という意味合いの上で同義であると」

「まぁ、そう言えるでしょうね」



 ならば、二次元の世界には身長の高い男がたくさん居てもおかしくなさそうだが。以外と、そういうワケでもないんだよな。



「でもさ、劣等感って言ってみればそれ自体が武器になったりするだろ」

「どういう意味ですか?」

「貧乳が爆乳に嫉妬してる姿を見て『かわいい』と思う奴もいるから、そういうシーンが挿入されたりするワケじゃん」

「メタ的な話は好きじゃないです。それが通るなら、爆乳だって作者の性癖って事になります。問題は、あくまで二次元の中で解決させるべきです」



 俺は、きなこのこういう考え方が好きなんだよな。



「じゃあ、ここまでの話をまとめよう。まず、二次元の世界においても、爆乳には魅力がある。次に、倫理観や価値観は現代日本と大した違いが無く、そして過去には語るべき事件も起きていない」

「あと、体外的な方法でおっぱいを強化していなくて、メタファーは無し、という事ですね。しかし、これら全てを内包した答えなんて、一見無理っぽいです」



 同感だ。



「でも、一見って事は、何かいい方法があるんだろ?」

「私には分かりませんが、先輩が見つけてくれるでしょ?」



 ……期待されれば、仕方あるまい。そこで頑張ってしまうのが、俺の弱点だ。



「そうだな、じゃあ考えてみるか」



 腕を組んで、カフェオレを一口。甘味で脳を冴え渡らせてから、俺は天井を見上げて理由を探った。



「爆乳だから、物語にクローズアップされてるんじゃないか?」

「メタ的になってますよ」

「じゃあ、明晰な頭脳も、ラブコメのヒロインも、その世界の異能力を持つ強い才能も、たまたま爆乳の女子がが持ってたとか」

「それでいいんですか?というか、それじゃあみんなが爆乳の作品の説明がつかないじゃないですか」

「ならば、学園なり会社なり冒険者ギルドなり、そういうところの人事や採用が爆乳女を率先して取り入れていて、貧乳は見た目に囚われないレベルの有能とか」

「倫理観!」



 ダメか。



「……いや、ちょっと待てよ」

「なんですか?」

「俺たちは、現実の生おっぱいを言うほど知ってるのか?俺は男で、お前は貧乳なんだぞ?」

「い、いえ。そう言われると、確かに」

「なら、それを知る必要があるだろ。ちょっと、比較してみよう」



 そして、俺はエロビデオと二次元のおっぱいを見比べた。



「見ろ、現実でもおっぱいのデカい女は結構いる」

「いや、これそういう女優さんじゃないですか。仕事なんですから、それこそおっぱいの大きい人が集まってるに決まってます。現実世界の上澄みと比べても、二次元の平均は解き明かされません」



 ちょっぴり顔を赤くして、きなこはチラチラ視線を動かしていた。



「……いや、待て」

「今度はなんですか」

「現実もデカいが、垂れてる」

「だから、なんなんですか?」

「二次元のおっぱいって、垂れてるか?」

「い、いえ、あまりそういうのは見たことないですが」

「じゃあ、実は大きさは現実と変わらなくて、違うのは垂れてるかそうでないか、という可能性はないか?

「確かに、一理あります。でも、それにしても大きいですよ。現に、ブラに収めたってそんな形には――」

「ならば、乳が常に上向きだったらどうだ?」



 すると、きなこは乗り過ごしに気が付いた時のように、パッと顔をあげた。



「乳が上を向いてれば、服が盛り上がって下乳が綺麗に見えるだろ?トップとアンダーの差も広がるから、プロフィールのカップ数に詐欺もなくなる」

「で、でもそんなのどうすれば整合性が取れるんですか?どれだけ姿勢をまっすぐしてても、おっぱいは垂れてきますよ?」

「なら、二次元の世界は重力が小さいんだろ。それが常識なら、誰も不思議に思わない。建造物や道具も、重力に合わせた比重で作られるだろう。ついでに、キャラクターたちのありえない運動能力だって、重力が違えば説明がつく」

「いくらなんでも、パワープレイ過ぎますよ。そんなの、作者が説明を……」



 そう、する必要はない。リアルと同じ世界だと公言していなければ、物理法則まで説明しないし、そこまでリアル志向なら、キャラのおっぱいは大抵普通だからだ。



「どうだろう。これなら、全ての疑問に説明が付きそうじゃないか?」

「いいえ。じゃあ、なんで体が浮かないんですか?服や靴が重いとしても、裸になった時にフワフワしちゃいます」



 鋭い。



「それは、骨と繊維の密度の関係だ。二次元世界の人間は、骨や髪の毛の密度がとても高い。だが、おっぱいや尻は違う。なにせ、骨が無いんだから。むしろ、裸になっても髪型や形が崩れない理由もそこにあるんだろう」

「液体が浮かない理由は?雨だって降るんですよ?そんな重たい水なら、世界中が大惨事になってしまいます。そして、守れる程皮膚が硬ければ、おっぱいは浮きません」

「……ちくしょう、確かに」



 いや、まだだ。



「二次元の水には、ミノフスキー粒子みたいな新しい物質が入ってて、それが水滴の形を保ったりしてるんじゃねえ?後は、空気中に水よりも密度の高い成分の層があって、だから浸透圧で下に押し付けられる、とか」

「それ、両立します?」

「しないよなぁ」



 結構、いい線言ってると思ったけど。これもダメか。



「もっと、シンプルに行きましょうよ。先輩の考える設定は、いつも複雑過ぎるんです」

「お前が俺に考えろって言ったんだろ」



 しかし、シンプルにした方がいいというのはもっともだ。もっと、根本的な構造で、現実との差異を生まない、少しだけの違いを加えるならどこだろうか。



「……あ。じゃあ、おっぱいを支える、俺たちにはない骨があるっていうのは?」

「あくまで、人体構造に拘るんですね。でも、骨を増やすとどこに追加するか、どうしてそう進化したかの理由を考える必要が出てきます」

「なら、クーパー靭帯と女性ホルモンの分泌量が現実より発達してるっていうのは?それなら、常識の範疇だろ」



 クーパー靭帯とは、バストを支えるコラーゲンの繊維だ。



「……そ、それいいですね。貧乳も、ホルモンバランスの個人差で片付けられますし」



 お、なんか納得してるぞ?



「では、なぜそこが発達をするんですか?」

「そりゃ、男がイケメン揃いだから発情しちゃうんだろ。みんな恋愛してるし」

「恋愛で女性ホルモンが分泌されるというのはウソだって聞きましたよ」

「お前、ちゃんとソースは確認したのか?」



 すると、きなこは目を逸らして誤魔化した。都合のいい情報ばっかり信じるの、止めようね。



「実際に、快楽物質が無ければ老化していくのは事実だ。なら、嬉しくなって、綺麗になったり爆乳になったりしても不思議じゃない」

「つまり、幸せだから二次元の女子たちはおっぱいが大きいと」

「そうだ。憧れを強く抱いていたり、まだ見ぬ恋人を妄想したり、ちょっとした事で笑顔になってみたり。そうやって、幸せを感じられる女だから爆乳なんだ。個性的なのも、妄想から生まれる副産物なのかもな」

「……なるほど、これは脱帽です。少なくとも、私には反論する術が見つかりません」



 そんな調子で、いつの間にか俺が聞きたかったハズの答えを、俺が出す結果となってしまった。



 まぁ、ひっくり返すようで悪いけど、実際は巨乳の方が女性的だから、キャラクターの性別を分かりやすくする為だと思うぜ。それに、平面上では爆乳の方が書きやすいしな。



 俺はきなこと違って、結構メタフィクションが好きなんだ。



「でも、その話には一つ、大いなる弱点があります」

「なんだよ」

「私は昔から恋する妄想をしてましたし、今は先輩が好きですけど、全然おっぱいが大きくなりません。なんでですか?」



 考察の為に自分の恋心までさらけ出すって、頭イカれてんじゃねぇの?最早、設定ジャンキーだ。



「クーパー靭帯も分泌量も、現実並だからだろ」

「はぁ、マジでリアルってクソですね」



 そして、ようやく議論は決着した。とりあえず、きなこが落ち着いて冷静になった時にでも、最後の言葉の意味を教えてもらう事にしよう。

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