29 魔王会議

【side:北の魔王】


「あー。やはりあれは無理だな……」


 仄暗い洞窟の中、1人のスケルトンが低い男性の声で呟く。


 だが最弱のアンデッドであるスケルトンが言語能力を有しているはずがないので、彼はリッチだと推測された。


 ただ違うところがあるとすれば、彼はリッチの中でも最上位――マスターリッチだった。そんな種族にまで昇りつめた存在は世界広しと言えども限られている。


『どうだった? 【北】の』


 マスターリッチの脳内に直接声が響く。


 【北】と呼ばれた彼こそ、【北の魔王】。アンデッドにおける王者――始祖吸血鬼とノーライフキングを除けば――だった。


 そして、そんな彼を気軽に呼べるのは同格である魔王でしかありえない。


『【東】、あれは無理だ』


 北の魔王は脳内で相手に返答する。その相手こそ、遥か東方の地を収める【東の魔王】だった。


 彼らは〈念話テレパシー〉の魔術で会話している。最大でも1キロ先までしか届かない〈念話テレパシー〉を、数百キロ先の相手に飛ばせること自体が人間から逸脱した存在である証明だった。


『【北】が無理というのは相当だな?』


『あのバカ弟子……ノーライフキングの放った〈災厄の怒竜ディザスター・ラースドラゴン〉、〈召喚・千体の不死者サモン・アンデッド・サウザンド〉を〈雷撃ライトニング〉だけで撃破していた』


『……幻術の類でも掛けられたか?』


 脳内に響く【東】の声は、ひどくこちらを疑っているようだった。それも当然だ。自分だって、〈監視型使い魔シーカー〉の目を通じて見ていなければ、信じることなどできないだろう。


『その程度の初歩的なミスはしない。それと、始祖吸血鬼の復活まで確認している』


 〈念話テレパシー〉の向こうで、【東】がため息を吐くのが聞こえるようである。


 ノーライフキング――と成ったリッチは、【北の魔王】の弟子であり側近だった。最も実力が近く、いつかは抜かされるかもなと思っていたところ、あの側近はノーライフキングへと昇華する術式を完成させ、それを実行。


 まんまと【北の魔王】である自分よりも強い存在へと進化したのだ。何十年とかけて魔法陣を設置し、発動するまで誰にもバレないように密やかな動きで。しかも現皇帝に切り捨てられた貴族たちも利用し、陽動によって邪魔する者を極力減らすという策まで打っていた。


 【北の魔王】としては側近がなにか動いているのはわかっていたが、それを〈監視型使い魔シーカー〉で監視するだけに留め、動向については放置していた。


 それは魔王としての考え方の違いにある。


 先月に滅ぼされた【西の魔王】は、軍勢を率いて領土を獲得し、文化的な生活を夢見る者の集まり。それも比較的、力の弱い魔族の集まりだ。そうでもしなければ生きられない、ということなのだから。最も人間に近いと言えるだろう。


 だが【北の魔王】は違う。魔術の深淵を覗き、世界でも唯一の魔術を得ることを至上の命題と掲げる魔術師集団。それが【北の魔王】の軍勢だった。


 魔術の性質上、極めようとすれば人生では時間が足りない。故に、すべての部下がリッチで構成されている。つまりはどうにかしてアンデッドとなる術を編み出すか見つけるかし、魔術の研究の為だけに人間を辞めた者どもの集団だった。


 ちなみにリッチ以外のアンデッドになってしまった者もいるが、知性が著しく低下するので野生のゾンビなどと変わらない存在である。魔術を極めるのなら、リッチ一択だ。吸血鬼は誰かに眷属にしてもらう必要があるし、魔術だけで見ればリッチには劣る。


 数としては少ないが、その軍勢のひとりひとりが人間としては最高峰の魔術師に近い。それは【北の魔王】の軍勢が魔術研究を主とする為である。要するに争いや領土拡大などに興味を示す時間があれば、各々が魔術の研究に力を注ぐということだ。


 だからこそ側近の進化を見守り、そしてその顛末を見届けるだけの見識がある。


 そんな【北の魔王】が言ったのだ。初級魔術の〈雷撃ライトニング〉だけで超級魔術である〈災厄の怒竜ディザスター・ラースドラゴン〉を破った者がいる、と。


 つまりそんな彼が言うのだから、〈雷撃ライトニング〉は〈雷撃ライトニング〉でしかありえず、他の魔術を見間違ったのではない。


 その事実に対し、【東の魔王】の長い沈黙があった。


『……となると。我らの取れる手段は多くないな?』


 見えてはいないと思いつつも、彼の問いかけに【北の魔王】は重々しく頷いた。


『ひとつは隠遁。このまま人里離れていれば見つからないという可能性に賭けること。もうひとつは逃亡。奴らを常に監視し、奴らが近づいてきたら逃げること』


『……それしかないか。恐ろしい相手に向かっていく必要はない。我らは【魔王】などと呼ばれてはいるが、所詮はただそれぞれの頭首となっているだけだからな』


『成長を続ける人間に勝負を挑み、敗北を喫した【西の魔王】の二の舞いは演じぬ。我らは人間社会になど興味はないのだから』


『同感だ。ところで、奴らは次はどこへ向かうようだ?』


 【北の魔王】は〈監視型使い魔シーカー〉を動かし、奴らと呼んだ者たちの会話を盗み聞きする。


『……共和国の迷宮だな』


『【南】がどうでるかだな。あいつは話が通じないからなぁ』


『四魔王などと呼ばれたのも遥か昔。来月には二魔王になっているかもしれんな』


 【北の魔王】の軽口に、【東の魔王】は乾ききった笑いを返した。


『それより。【東】の方は大丈夫なのか? 反乱があったと聞いたが』


『耳が早いな。だが首謀者を喰い殺して終わったところだ』


 【北の魔王】はその情報に特になんの感慨も抱かない。強者が弱者をどう扱おうが、それは強者の権利だと知っているからだ。


 しかし、こちらにまで波及されると困る。そういった思いから、【北の魔王】は言葉を続けた。


『あまり数を減らすなよ? 我らの魔術でも、生命を生み出すことはできん』


『わかっている。生かさず殺さずだ。これに関しては、私の方が熟達なのだからな。余計な心配は無用というもの』


『フッ……それもそうか』


 自分が【東の魔王】を心配してしまったのは、本当に自分たちに影響があると困るからだけだろうか。


 もしかすると、仲間である【西の魔王】と側近の相次ぐ脱落で、意外と精神が弱っているのかもしれない。そう考えてしまった。


(なにをバカなことを)


 アンデッドである自分にそんな感情はもうないはず。自分に言い聞かせて、【北の魔王】は口を開いた。


『では、またなにか異常があったら連絡する』


『こちらも同じだ。それまで死ぬなよ』


『既に死んでいるさ』


『ああ、そうだった』


 長年付き合いのある友人の気楽さで言葉を交わし、〈念話テレパシー〉を切った。


 〈念話テレパシー〉がなくなれば、残されたのは洞窟内の静寂のみ。それがわずかに寂しくて、【北の魔王】は〈監視型使い魔シーカー〉に目を向けた。


(異常な〈雷撃ライトニング〉使い、始祖吸血鬼……そして、見込みのある魔術師)


 王城から出てきた3人。その並びにおいて白髪の男と金髪の少女からは視線を外し、赤髪の少女を視界の中心に収める。


 彼女はまだ人間だ。人間としてはかなり逸脱者に近いが、それでも人間の域を出ていない。真っ向から撃ち合えば、光属性を使われても【北の魔王】に軍配があがるだろう。


 そもそもこれだけの距離が空いているにしても、〈監視型使い魔シーカー〉に気付いていないのがその証拠。【北の魔王】の方が魔術技量的に上なのだ。


 始祖吸血鬼だけはこちらを認識しているようだったが、路傍の石を見るような目で見逃されている。彼女に動かれたら、こんな〈監視型使い魔シーカー〉など一瞬で破壊されてしまうのは目に見えていた。


 ともかく、あの赤髪の少女はまだまだ伸びしろがある。もしかしたら、彼女もまた【北】の軍勢の仲間になるかもしれない。


「それはないんじゃないかな?」


「うおっ!!!!?」


 いつの間にか背後にいた男に声をかけられ、【北の魔王】は魔王らしからぬ驚き様で立ち上がった。


「ナーリー! 貴様! 来る時は連絡しろといつも言っているだろう!!」


「いやぁ、ごめんごめん。これが私の趣味だからさぁ。そうやって驚いてくれると嬉しいんだよね」


 【北の魔王】は露骨に不機嫌そうに舌打ちして見せる。


 目の前にいる男こそが、『未来視』の魔術師ことナーリー。未来予知と呼べるほどに正確な『未来視』で、世界の要人に助言をして回っているらしい存在だ。


 そして、その世界の要人には魔王も含まれている。つまりナーリーが現れること自体、なにかしらの予言が与えられることを意味していた。


 邂逅した直後こそ魔王たちは彼を排除しようとしたが、なにをしても勝てない。どんな攻撃も通じないのだ。魔術に見えるが魔術とは違う、不思議な力によって。


 なので彼の存在と異常性については対策を諦め、魔王たちはナーリーを黙認している。

 

「とにかく。赤髪の子は絶対アンデッドにはならないよ」


「それも『未来視』か?」


「いや、私の弟子だからね」


「お前の……なるほどな。どおりで年齢に対して強さがアンバランスなわけだ。それで?」


 【北の魔王】が訊くと、ナーリーはわざとらしく首を傾げた。その動作がまた飄々としていて【北の魔王】を苛立たせる。


「お前がここに来た目的はなんだ?」


「ああ……それなんだけど、ちょっと相談があってね」


 絶対にロクな相談じゃないな、と確信し、【北の魔王】は盛大にため息を吐くのだった。

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