27 皇帝問答

「魔族の情報があれば、教えてください」


 私の本来の目的の為、皇帝からの褒賞を情報にすることにした。


 皇帝はわずかに考えた後、難しい顔を作る。


「魔族であればどんな者でも? 【西の魔王】はSランク冒険者に討伐されたと聞いたが、そうなると隠れ住んでいる魔族か。範囲が多少手広くなるが、それでも……」


「いえ。蒼い炎を使う魔族の情報を。わずかなものでもいいですから」


 私はそう言って頭を下げる。


 一緒に旅をしているが、先生の目的と私の目的は似ているようで全く違うのだ。先生は腕試しの為に強者を求めていて、私は復讐の為に魔族を求めている。


 だから、この褒賞は私にとってのエゴだ。私自身の目的の為にすぎない。実質ノーライフキングを討ち取った先生の功績に乗っかる形になるが、私は少しでも情報が欲しかった。


 というか、皇帝は先生が【西の魔王】を捕縛したことを知らないらしい。冒険者ギルドや王国が事情があって、情報を統制してるって聞いてはいたけど。それが皇帝にまで及ぶのって、いいのかな? まあ、外交上の理由とかが私にわかるわけないので考えるだけ無駄なのだけど。


「わかった。蒼い炎を使う魔族の情報だな。こちらでも探ってみるのにくわえて、些細な情報でもあなたに渡すと約束する」


「ありがとうございます」


 私は再度頭を下げて、皇帝との会話を打ち切った。

 それを理解したのか、すぐさま皇帝の視線は先生へと移る。


「次はエクレア殿だな。先程なにか言っていたようだが?」


「ああ。強ぇ奴の情報だ。俺はとにかく強ぇ奴と戦いたいだけなんだ」


「……なるほど。それ故にノーライフキングを打ち破ることができた、か。だが強者か……」


 皇帝は見るからに難しそうな顔になり、やがて口を開く。


「ご存知だとは思うが、我が帝国は王国のように魔族領とも隣接していないし、共和国のようにダンジョンと呼ばれる迷宮もない。その上、エクレア殿は闘技場の王者――獣王を破ったと聞く。そうなると、強者の情報には乏しいのだが……」


「でしたら、ドレイク殿を頼っては? 彼に他の英雄との仲立ちを頼めば……」


 ここに来て初めて秘書官らしき人が口を開いた。しかし彼の提案に、皇帝は静かに首を振る。


「英雄ドレイクですら歯が立たなかった相手を打ち倒した者たちだぞ? 同じ英雄であろうとも相手にはなるまい」


 皇帝は戦場に立たないだろうに、戦力差をよく理解していた。私見だけど、先生の相手は人間では務まらないだろう。我が師匠であるナーリーであれば……と思ったけど、師匠本人が負けを認めてたしなぁ。


「となると、後は『未来視』の魔術師ことナーリーだが……奴はどこにいるか検討もつかんしな」


 すいません。ウチの師匠が迷惑かけてるみたいで。

 と、心の中でなぜか申し訳なくなる。


「すまない。全面協力はさせてもらうが、有益な情報が出ない可能性も多いと思ってくれ」


「わかった。情報をくれるだけで充分だ」


 先生は意外とすぐに引き下がる。あの戦いの後、英雄が思ったよりも弱い存在であったことにガッカリしてたから、それで物わかりが良くなったのかもしれない。


 もう先生と戦えるような強者は、世界にも数えるほどしかいないのだと。

 多分だけど、そういうことなのだろう。


「それで、その……始祖吸血鬼殿、でよろしいのかな? あなたはなにを……?」


 先生との話を終えた皇帝は、ティーナに向き直る。彼女の姿は今、ただの金髪美少女なので始祖吸血鬼と言われても信じられないのだろう。


 その件の始祖吸血鬼は、見るからに不敵な笑みで皇帝を見返した。可憐な顔とは裏腹に、なにを企んでいるのか。なぜか私が心臓をドキドキさせている。


「そうじゃな。さっきも言ったが、処女を100人……と言ったらどうする?」


「あなたねぇ……っていうかどうすんのよ、そんなもん」


「我にとって血は嗜好品じゃ。故に美味さを追及するもの。そして人間の処女の血が一番美味い。経験則じゃがな」


 聞いているだけで頭が痛い。話が通じるという理由だけで連れてきたのは間違いだっただろうか。


 しかし皇帝は声を荒げることも、不機嫌な顔ひとつすることもなく思案しているようだった。


「仮に、それはできないと断った場合は?」


「帝都を滅ぼすだけじゃ。危険なのはエクレアだけ。それに此奴の〈雷撃ライトニング〉であれば、我も力を取り戻せるかもしれんしの。それだけでも敵対する価値があるというもの」


 先生は仏頂面で「だからできねぇって」と言っているが、今この場で反応する者はいない。その代わりに、皇帝が口を開いた。


「……だとしても、できない相談だ」


 皇帝の言葉に、ティーナが猛禽類のような瞳で笑う。


「ほぉ? 帝国の民、たった100人の命で帝都が救われるのだぞ? それがわからぬ愚か者ではあるまい」


「帝都を救ってもらった身で申し訳ないが、どんな相手であれ帝国の民を売るような真似はできない。それをしてしまえば、最早私は皇帝ではなくなるだろう」


「いやいや。皇帝こそ大の為に小の犠牲を飲み込む者じゃろう?」


「そうなった場合、飲み込むのは私ではなく民だ。私だけの話であれば、一にも二にもなく飲んだ条件ではあるがな」


 皇帝がそこまで言い切った時、ティーナの顔から笑みが消えた。少女の姿から放たれるのに似つかわしくない殺気が振りまかれ、私も緊張する。


 さすがにこのタイミングで動かれたら、身体強化をかけていない私など瞬殺だろう。いや、それにも対抗策はあるんだけど、別にこっちだって死ぬ思いをしたいわけじゃないからやめてほしい。


 そんな私を除いて最も大きな反応をしたのが、皇帝の背後に控えている秘書官の人だ。彼などはティーナの殺気によって、一瞬で顔が真っ青になっている。それほどの殺気の中でもなお表情を崩さない皇帝こそ、この場では讃えられるべきなのかもしれないが。


「……では滅ぼそうか。この帝都を。救ったのもすべては気まぐれじゃ」


「それはない。なぜなら、あなたの話は既に破綻しているからだ」


 真実を突きつけるように皇帝が言い放つと、ティーナの殺気が若干和らぐ。むしろ皇帝がどう出るのかを楽しんでいるようだった。


「そこまで言い切るのなら、我に教えよ。どこが破綻しておる?」


「処女100人が欲しいのなら、自分で奪えばいいだけだ。なぜそうしない?」


「フン。自分で探すのも面倒じゃし、手配されるのも厄介じゃからな。褒美なら誰も文句は言わんじゃろう?」


「そこだ」


 皇帝はビシッと言い放つ。その一言の強さに、ティーナですら一瞬だけ目を見開いた。


「帝都を滅ぼせば、手配どころではない大悪人になる。それが面倒だと言うのなら、あなたにとって処女100人の価値は、面倒事の下だ。となれば、処女100人が得られないからと言って、帝都を滅ぼすような破壊活動はしない」


「すべてが気まぐれだとしたら?」


「だとすれば処女100人を贈った後に帝都を壊す可能性がある。尚更、そんな条件は受け入れられない」


 ティーナの言葉に、確信を持ったような強さで言葉を返す皇帝。その姿に、私は一国の王とはどういうものなのかを垣間見た。


 それはティーナも同じだったのか、突然肩を震わせて低く笑い出す。


「……くっくっく。弱者でありながら知恵が回るタイプか、当代の皇帝は。良い、用は済んだ」


 満足気に言い放って殺気を霧散させるティーナ。どうやら彼女の目的は終わったらしい。


「で……どういうことだったの?」


「ふむ。我にとって時の国王など、移り変わる時間の指針でしかない。朝昇った太陽が、夕方には沈むようなものじゃ」


 吸血鬼が太陽を例えに使うことに微妙なおかしさを覚えながら、ティーナの話に耳を傾ける。


「じゃから、どのような為政者なのかを見極めたかっただけじゃ。すまぬな。これこそ我の戯れよ」


「いや、謝ることはない。始祖吸血鬼ほどの存在であれば、普通のアンデッドとは全く違うことがわかっただけでも、こちらとしては大きな収穫だ」


 いつの間にか皇帝の口調は、英雄を扱うものから普段遣いのようなものへと変化していた。肩の力も抜けたように見えるし、こっちが普段の皇帝の姿なのだろうか。


 皇帝自身もそれに気付いたのか、咳払いして居住まいを正した。


「こほん。それでは改めて訊きましょう。始祖吸血鬼殿のお望みは?」


「身分証じゃ。皇帝の血族でもSランク冒険者でもなんでも良い。この2人に見劣りしない身分が欲しい」


「わかりました。それなら数日中に発行できるでしょう」


 ティーナはやけに早く褒賞の話に答えを出した。そんな彼女を、私はじとっと睨むように見る。


「……最初から決めてたの?」


「当然じゃ。いつだって人の世は身分がなければ自由もない。それぐらいは知っておるぞ」


 してやったりの顔で胸を張るティーナ。私以上に膨らんでいないそこは、今だけは自信満々といったように堂々としていた。

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