28 授与式

「此度の魔王軍との戦において、冒険者の中でも抜きん出た活躍をされた方々を紹介致します。まずはこちらの少女、フラン様。若干19歳でありながらSランク冒険者であり、騎士団長である私が負った深い傷を、瞬く間に治すほどの魔術師でございます」


 謁見の間において、王様からなにかを言われるかと思ったら、まずは騎士団長のオーウェンが朗々と語り出した。周囲に整列している兵士はもとより、並んでいる貴族の人間たちも異を唱えない。おそらくはこういう流れなのだろうと理解する。


 式典なんか初めて出るのだから、こっちだって勝手がわからない。そんな中、私は玉座に腰掛ける国王陛下にひざまずき続けていた。


 ちなみに先生は直立しているが、誰からも指摘されない。それはそれでいいのだろうか。


「それと……言うまでもないでしょうが。フラン様はあの『未来視』の魔術師、ナーリーの弟子でもあります」


 ざわり、と周囲からどよめきの声がわずかに漏れ出す。


 『未来視』の魔術師となれば、どの国も総力を上げて追っており、その足取りすら掴めない雲上の天才だ。しかもその『未来視』は精度が高く、もし彼に災厄を予言されれば確実にその通りになってしまう、と言われるほど。


 ――あんな飄々とした師匠だけど、実力だけは確かだからなぁ。


 レッドドラゴンを指先でボコボコにしていた光景を何度も思い出す。私がレッドドラゴンを相手取るなら、全力で立ち向かう必要があるだろう。ある程度強くなった今ですら、師匠には全く及ばないのだ。


 だが。私の隣に立つ男性は、そんな師匠よりも単純な強さで言えば上を行く人物。


「そして魔王軍討伐の最大の功労者。魔王を捕縛して戦争を終わらせたという戦功を挙げ、かのブラックドラゴンを単騎で打ち倒した英雄級の人物――エクレア様です」


 ざわめきが大きくなった。ザワザワしていた空気が、明らかにガヤガヤしてくる。


 それも当たり前だろう。少しでも教養のある人間ならわかるはずだ。

 ブラックドラゴンを単騎撃破。それは人間の身で可能な所業ではない。


 だけど先生はそれを成し遂げた。ここでは発表されないが、しかもたった一回の攻撃で。


「静まれぃ! 英雄殿の前で失礼だぞ!!」


 突如、玉座に腰掛けている国王が声を張り上げた。老人と言っていい外見だが、その声質に衰えは感じられず、むしろ王としての威厳を充分備えていると思える。


 謁見の間が静まり返ったところで国王は立ち上がり、その足で壇上から降りてきた。足取りも決しておぼつかないものではない。堂々とした王の貫禄だ。


「すまなかった、エクレア殿。此度の戦において、そなたの活躍に心から感謝と尊敬の念を送ろう。いやワシなどがいくら感謝しても足りないだろうが、何度でも言おう。本当に助かった。これで我が国は安泰だ。ありがとう」


 厳格な表情は崩れなかったが、国王は先生に向けてゆっくりと頭を下げた。周囲の貴族たちからわずかに動揺のような声が上がる。


「……ああ」


 国王を前にしても、先生は相変わらずよくわからないといった顔で立っていた。国王から直接頭を下げられることがどれだけの名誉なのか――いや、先生には関係ないのだろう。


「そしてフラン殿。そなたにもエクレア殿と同じだけの感謝と尊敬を」

「いえ。もったいなきお言葉です」


 私は上げていた頭を下げた。


 しっかり対応しているように見えるかもしれないが、私だって元は辺境の村娘にすぎない。こんな作法をやってはいるが、正直付け焼き刃のなんとなくだ。貴族から見たら、所詮平民の礼儀だと指を刺されているかもしれない。


 礼儀に疎い私ですらその程度は気になるというのに、先生の立ち姿はどうだ。堂々たる立ち振る舞いで、国王と同じ目線に立って言葉を交わしているではないか。貴族たちから文句を言われないのが不思議なくらいだ。いやホントに。


 ――ああ。得体のしれない英雄だからか。


 不意に脳裏に閃くことがあった。きっとそういうことなのだろう、と。


 冒険者として実績があるわけでもない。後ろ盾があるのかないのかハッキリしない。生まれも血筋もわからない。

 だが魔王を捕縛して、ブラックドラゴンを打ち倒したという実力だけは確かだ。


 そんな相手に「国王に対して不遜であろう!」と声を上げられるだけの人間はここにはいない、ということだろう。貴族が根性なしなのではなく、おそらく先生という存在を測っている最中なのだ。


「さて。では2人には褒美を与えねばならん。なにか望みのものはあるかね? 金銭であれば、国庫の半分を傾けても惜しくはない」


 ザワッと、いきなり貴族たちにどよめきが広がっていく。なにごとかと思ったが、国王は周囲に視線を向けて口を開いた。


「なにがおかしいか! 百年以上続いた戦争に終止符を打ってくれたのだぞ! 防衛費にあたる兵士や騎士の維持費、装備品や設備代、それにまつわる諸経費……どれを取っても、今後のことを考えれば国庫の半分以上の価値があろう! だがそれ以上に、国民の安心と安全を得たのだ! それらが金に代えられるのか!?」


 演説にも似た国王の声に、謁見の間には静寂が戻る。


 魔族との争いは冷戦状態であったとはいえ、延々と城塞都市に兵士たちを派遣し続けなくてはならなかったわけだ。兵士からすれば遠征になり、それを無償で行えるはずもない。人数が増えれば生活費も増え、装備品や訓練設備にだって維持費がかかるのだ。


 それらの出費を、先生のおかげでほとんどカットすることができる。その天秤が、国王には正しく見えているのだ。


「度々失礼した。だがこれで、こちらの用意できるものがわかってもらえたと思う。用意できるものであれば、どれだけのものでも用意すると約束しよう」


 ただ。正直なところ、「そう言われても」という感じだ。

 先生は考えているのかいないのか、ぼーっとした顔で国王の話を聞いている様子。今もぼーっとしてるから、多分国王の話が耳を通り抜けていたと思われる。


「先生。なにか望みのものとかありますか? お金とか、物とか、あとは家とか?」


 私は立ち上がり――先生が立っていることに誰も文句言わないからいいだろう――、先生の肩を小突く。


 するとようやく先生に意識が戻ってきたのか、ハッとした顔で考え込んだ。


「望みって言われてもな……俺は強い奴と戦えればそれでいいんだ」


「ほぅ。強者との戦いか。とはいえ、我が国最強の戦力は騎士団長だ。本来ならば彼との手合わせが褒美になるかもしれないが……。彼が苦闘の末に倒した魔王軍幹部、それと同等の2人を一蹴したのだ。英雄殿には、遥かに物足りないだろう」


 国王は悩むように眉根を下げると、私たちの間にそっと近づいてきた。


「……これは実は極秘なのだが。魔王から引き出した情報によると、奴は4人いる魔王の1人にすぎないらしい」


 私は息を呑む。魔王が複数人いるという情報すら、人類にとっては初の情報だ。


「奴が西の魔王。他に北、東、南の魔王がいるという話だ。他の魔王は人類とは接触していないが、それなりの力を持っているらしいからな。個人的な決闘なら受けてくれるかもしれん」


 小声で告げるのは、他の人間には漏らしたくない情報だからだろう。

 だがそれ以上に、私にはひとつの懸念があった。


「ですが陛下。そうやって魔王を刺激して、人間社会に攻め込まれたら……」


 そういうことだ。藪をつついて蛇を出すような行為になってしまうかもしれない。


 この世界でほとんどの者は魔族は魔族、人間は人間として捉えているだろう。となれば、人間である先生が喧嘩を売った場合、そこに悪気がなくとも人間への宣戦布告だと捉えられる可能性もあるのだ。


 だが国王は彫りの深い顔に微笑みをたたえる。


「その時は、どちらにせよ英雄殿に出ていただくことになるだろうな」


 なるほど。先生が強者を求めるのなら、いずれ魔王たちとはぶつかることになるだろう。その前にあらかじめ情報を渡しておくことで、もし先んじて侵攻された際にスムーズに防衛してもらおうと思っているのだ。今回、西の魔王を打ち破ったことで他の魔王が動く可能性も充分に考えられる。


 先生が先にぶつかった場合でも問題はない。先生の責任になるのだから、先生が防衛戦に参加しない理由はないからだ。


 そこまで考えて、国王はこれだけ極秘の情報を渡してきたらしい。さすがは一国の王。呑気に暮らしているわけではない、というわけだ。


 すると、国王は私たちから離れて真剣な顔に戻った。周囲の貴族たちにも聞こえるようにか、張り上げるような声を上げる。


「となると。残念ながら英雄殿の強さには見合わないだろうが、帝国には闘技場があり、共和国には迷宮が存在している。また、人類が未踏の地には未確認のモンスターが棲んでいる可能性もあるだろう」


 国王はわざとらしく大仰に片腕を広げ、それから丁寧に腰を曲げた。


「我が王国は、英雄殿たちがそれらに挑む際、無条件かつ全面的にバックアップするということでよろしいかな? それに加え、困りごとがあればいつでも相談してくれ。王国は君たちを伝説の英雄として扱い、協力を惜しまない。これで褒美になっているかどうかは微妙だが、ワシにできる最大限の謝礼だ。どうか受け取って欲しい」


 国王に深々と頭を下げられて辞退できるはずもない。

 私はひざまずき、すぐさま応えることにした。


「はっ。ありがたき幸せと存じます」

「ん? おっ、よくわからんが、強い奴と出会えるのを助けてくれるならありがたいぜ」


 先生は最後まで直立したまま、褒美の授与式を終えるのだった。

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