26 魔王回収

「あ、はは……ブラックドラゴンを、一発で……」


 私は今見た光景が信じられなくて、乾いた笑いを漏らす。


 もう先生の強さに驚くことなんてないと思っていた。

 だけど、これはさすがに無理。驚くなと言う方が無理。


 レッドドラゴンは師匠が鼻歌混じりにボコボコにしていたこともあった。だけど、今回のは目撃例すらほとんどないブラックドラゴン。レッドドラゴンよりも何倍も格上で、人間が挑むことすら不可能。戦えるのはそれこそ伝説上の人物――英雄ぐらいしかいないだろう。


 だというのに、先生はたった一発で打ち倒した。


 厳密に言えば、何発もの〈雷撃ライトニング〉をまとめたものらしいけれど、とにかく一度の攻撃で仕留めた。


 いや仕留めたなんてものじゃない。完全に消滅させている。

 あの白い光線を食らったブラックドラゴンは、まず頭が消し飛び、連鎖するように首から下が爆ぜていった。


 まるで先生の〈雷撃ライトニング〉の熱量に、龍の身体ですら耐えられなかったように。


 ブラックドラゴンの身体部分は肉片すら残らなかった。本当に、破裂音と共にこの世から消えてしまったんだろう。

 この場に残ったのはブラックドラゴンの尻尾と、バラバラに砕かれた爪の破片だけだ。


 ――しかし〈まとめる雷撃ライトニング〉とは……先生はネーミングセンスがないことが弱点なんじゃないだろうか。


 オリジナル魔術を創作した時、命名は当然作成者に委ねられる。効果をわかりやすく付ける者、カッコいい名前を付ける者、独特のセンスで名付ける者などなど。それは当然、魔術師によって変わってくる部分なのだが。


 どうやら先生は名前にあまり興味がないタイプだと見た。効果さえわかればあとはどうでもいい、と言わんばかりのネーミングだからだ。


 確かに性能的には名前の通りなんだろうけれど、それは例えば国の名前を『人が集まって暮らす場所』とするようなセンスと同等だと思う。


 ――代わりに私が考えてもいいなぁ。あれだけの光線なんだから……いや、〈ライトニング〉を集めたんだから、〈集中雷撃コンセントレーション・ライトニング〉なんてどうだろう。今度提案してみようかな。


 私がそんなことを考えている内に、先生は周囲をキョロキョロと見回し始める。


「そういや魔王どこに行ったんだ? アイツが一番強いんだろ?」


 先生はブラックドラゴンを倒したことに言及することさえなく、魔王が吹き飛んでいった方向に駆けていった。


 多分だけど、先生にとってブラックドラゴンは大した敵じゃなかったのだろう。所詮モンスター、とか途中で言ってたし。


 本当に規格外すぎる。もし師匠だとしても、さすがにブラックドラゴンを一撃で、とはいかないだろう。ボコボコにはしたかもしれないけれど。


「ふぅ……」


 私は気力だけで持たせていた身体から気を抜き、わずかに残っている瓦礫に腰掛けた。


 〈限界超越オーバーヒート〉は奥の手だけに強力だが、強力故に反動も大きい。使用後は無条件で魔力がほとんど無くなる、というのはやはり痛い部分だ。


 魔王城はブラックドラゴンが暴れたせいで、ほとんど廃墟のようになっている。ブラックドラゴンが暴れて天井や壁を破壊し尽くした上に、吐いた熱線の余波で溶けた瓦礫がかなり多かったからだ。


 残ったのは小さな瓦礫と、豪華な絨毯が敷かれていた床だけ。真っ赤な絨毯も今は残骸しか残っておらず、ほとんど無機質な石床になっている。


 吹き抜け空間になってしまった魔王城の玉座の間を眺めてると、なんだか自分が小さく思えてしまった。言っておくと身長のことではない。


 復讐に囚われた自分の心だ。


 ――アイツは仇じゃなかった。


 私は、十二分に苦しませて殺したスザクを思い出す。両腕を焼き斬ったあたりで、アイツは本当のことを吐いたからだ。


『さっきのは売り言葉に買い言葉だ! 私は村を襲ったことなどない! ずっと魔王様の警護に就いていたからだ!! 四天王がわざわざ人間の村なんて壊しにいくわけないだろう!?』


 泣き叫ぶように言い放ったスザクの顔を見て、私は〈支配ドミネイト〉を掛けた。

 〈支配ドミネイト〉は使用者に絶対服従する上級魔術だが、精神的に敗北を認めていない限り掛からない特殊な魔術である。


 だからこそ。あの時、涙で顔をグシャグシャにしていたスザクには〈支配ドミネイト〉が掛かり、その後の尋問で嘘は吐いてないと確信できたのだ。


 ――仇は、もっと別にいるわけだ。


 更にスザクが言っていた情報として、『蒼い炎を使えるのは<炎魔術について一定以上の技量を持っている魔族>という証でしかない』というものがある。


 つまり、蒼い炎ってだけでは仇を判明することはできないわけだ。


 ――振り出し……いや、情報的には前進か。


 蒼い炎を確実な目印にはできなくなったが、どっちにしろ蒼い炎使いを全員殺せばいいだけだ。

 特定の1人から、特定の不定数になっただけ。殺ることは変わらない。


 ふぅー、っと再度ため息を吐き出すと、奥の方から騒ぎ声が聞こえてきた。


「なんだよ。お前強いんじゃないのかよ」

「で、ですから、ち、違うんですよ! 私は他の者を強化できるだけで、私自身は全然弱くてですね!」


 先生が片手でつまむようにして魔王を持ってきた。

 最初、魔王城に乗り込んだ時は尊大に玉座にふんぞり返っていた魔王だが、今ではそこらにいる小物のチンピラに見える。


 あれだけの筋肉を持ちながらも、戦闘能力はからっきしだというのだから詐欺もいいところだ。偉そうに玉座に腰掛けていたのも、部下がいたからこそというわけらしい。


「で。どうします、そいつ」


 私が杖で魔王を指し示すと、魔王は非常に怯えたように私と先生の顔色を交互にうかがう。


「あ、あの! ここらで和睦ってのはどうでしょうか!? 争いは人間も魔族も望んでないじゃないですか! 私だって先代、先々代から続いてる戦争だから引き継いだだけであってですね!! 私も被害者なんですよ!!」


「お前うるせぇな。少し黙ってろ」


 先生が小指で魔王の額を小突くと、短く呻いて気絶した。そんな強そうな見た目をしているくせに根性もないのか。いや、先生の小突きならそれぐらい威力があるのかもしれないが。


「ま、コイツの処遇に関しては国に任せた方がいいだろ。俺はそういうの興味ないし」

「ですよね。じゃ、まずは帰ってから考えましょう」


 先生は魔王を放り投げてから、大雑把に肩に乗せた。空いた方の手をこちらに向けながら、先生は近づいてくる。


「よし。帰るか」

「あっ……やっぱり抱えられるんですね」


 正直子どもや荷物扱いみたいで人目につくのは恥ずかしいのだが、背に腹は代えられない。時間的にも体力的にも、今だけはこの移動方法はありがたかった。

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