16 手合わせへの誘い


「これは……〈死霊魔術ネクロマンシー〉の魔法陣ですね」


 私は貧民街の行き当たりで、地面を確認して先生に伝える。ここに私を連れてきてくれた先生もそれでなにかを思い出したのか、ポンと手を打った。


「そうだそうだ! 〈死霊魔術ネクロマンシー〉って言ってたんだ、アイツ」


 先生の反応を見て、情報を統合し始めた。


 私が朝起きた後、先生に「昨夜、ネクなんとかの魔王軍幹部を潰した」と言われた時は心底驚いたものである。とはいえ先生が規格外なことは今に始まったことじゃないので、スッと納得できる自分もいた。


 それで先生に昨夜の戦闘場所に連れてきてもらったのだが、確かにここには〈死霊魔術ネクロマンシー〉の魔法陣が描いてある。


 だが効力はもうなかった。先生が魔王軍幹部を倒した後で「違和感がある」と〈雷撃ライトニング〉でぶち壊したらしい。


 言うまでもないことかもしれないが、本来魔法陣とは魔力の集合体だ。詠唱するだけでは発動できないほどの大魔術を行使する時に、ようやく準備するものである。くわえて、こんなにもしっかりと何重にも構成された魔法陣は、初級魔術程度では傷一つ付かない。


 しかし先生の〈雷撃ライトニング〉なので、魔法陣は抵抗も許されず破壊されたということだろう。更に一撃で魔法陣の根幹部分――動力源を撃ち抜いているのだ。何度も思うが、先生は本当にすごい。


「この魔方陣……かなり強力な魔術だと思います。ここだけじゃないかも」


 私がそう呟くと、


「それと同じようなやつが街のあちこちにあったから、あと7つくらい潰しておいたぞ」

「ええっ!? もう!? っていうかあと7つもあったんですか!?」


 私は思わず目を見開いたが、先生はなんでもないような顔をしていた。


 どこから驚いたらいいのかわからないが、ひとまず落ち着こうと深呼吸をする。貧民街独特の冷えた空気が頭を冷静にさせた。


 まず。これだけ強力な魔方陣が計8つあったということ。

 これは当然ながら、それだけ強力な魔術行使の為。1つならせいぜい「超級魔術を連発できる」程度で、脅威ではあるがなんとかなる範疇でもあった。魔法陣に籠められる魔力量も無限ではないし。


 ただこれが8つあったとなると、〈死霊魔術ネクロマンシー〉関連では恐ろしい大魔術が考えられる。


 〈死の行進デスマーチ〉だ。〈死の行進デスマーチ〉とは文字通り『魔法陣の範囲にいる生命体全てをアンデッドに変えていく』という恐ろしい大魔術。


 その計画がこの城塞都市の水面下で行われていたと思うと、もう恐ろしいどころではない。もし先生が気づかなかったら、一発で都市が落ちた可能性は充分にある。


 なにより問題なのは、それをやったのが魔王軍幹部だということ。隠密に特化したタイプだとしても、人知れずに都市に潜り込み、これだけの魔法陣を8つも仕掛けている。それを私や宮廷魔術師などに気付かれないように、だ。


 直接的な戦闘力であれば、昨日先生が〈雷撃ライトニング〉で吹き飛ばした奴が一番高いらしい。だが搦め手の使い手がいるという可能性を、私は全く失念していたのだ。


「先生。私の不徳の致すところです。本当にありがとうございました」


 私は丁寧に頭を下げた。


 謙遜せずに言えば、Sランクである私は魔術師として最高戦力に近いものとして扱われている。その私が見落としていた部分を先生がカバーしてくれたのだ。これほど申し訳ないこともない。


 だが顔を上げると、先生は全く気にした様子もなく頭をかいていた。


「いいって。それよりこっからどうしたらいいんだ? 魔王軍でも潰しに行くか?」


 先生ならそれができそうだから返答に困る。


 とはいえ、さすがにそこまでは無謀だろうと冷静な自分がツッコんだ。先生が単独で魔王軍を相手にするということは、数万の魔族を一人で戦い抜くということになる。

 いや私も加勢はするが、それだけの戦力差を前に役に立てるとは思えない。となれば、数万対一……さすがに先生でも難しいだろう。


 先生に、これからどうするか、と訊かれて私は頭の中を整理した。


「他の7つの魔法陣を一応確認します。残滓が残ってるとマズイので。あとは……魔王軍がどう動くかの調査隊が出ているはずです。早馬で行くので、1日で帰ってくるはず。なので調査待ちですね」


 昨日ギルドマスターは情報の真偽を確認すると言ってはいたが、落ち着いた今ならわかる。あれは私の報告を疑っていたわけではなく、裏付けを取ることで正騎士団を動かそうとしているのだ。


 正騎士団が動くとなれば、それはもう国家の戦争と同義だ。それをいくらSランクとはいえ、冒険者の報告ひとつでは難しいだろう。


 つまり、


「じゃあ今日は暇ってことだな」


 先生の一言に集約された。私たちにできることは、今はなにもないということである。


「ひとまず他の魔法陣も確認しましょう。案内お願いできますか?」

「任せろ」


 ――うーん。まだ先生の顔には慣れない。


 にっこりと笑った先生の顔は、それはそれは悪魔のような笑みで……ありていに言って怖いのだった。






「大丈夫でしたね。魔法陣はどれも根幹から破壊されていて。お見事でした、先生」


 冒険者ギルドに戻る道すがら、私は先生が破壊した魔法陣を思い浮かべる。どの魔法陣もキッチリと動力源の部分を撃ち抜いて破壊していたのだ。先生は「ただ撃っただけ」と言っていたが、本能で理解していたのかもしれない。


 つまり、誰がどうやっても魔法陣の再起動はありえない、というわけである。魔法陣をもう一度使おうと思ったら、魔力を込めて再起動するんではなく、魔法陣自体を一から構築し直す必要があるというわけだ。それにはかなりの時間を要することになる。


 そもそもあれだけの魔法陣を構築できる魔王軍幹部は、先生が昨日倒してくれたとのことなので多分もう安全だろう。少なくとも魔法陣に対しては。


「でもこの後やることないだろ? あっ、あれか。冒険者のクエストとかやるのか?」

「どうですかね。先生に見合う依頼があればいいですけど」


 冒険者ギルドに入り、まず私は魔法陣のことを報告する。今はギルドマスターが別件で――おそらく正騎士団との話し合いだろう――不在なので伝達だけだが、彼に報告が上がればまた話が返ってくるはずだ。


 私は一仕事を終えてから、先生と一緒に依頼掲示板を見上げる。いや見上げてるのは私だけだけど、細かいことはいいだろう。


 だが私の想像通り、そこには先生の手をわずらわせるようなクエストは存在しなかった。せいぜいがAランクの依頼。本来ならかなり難しい依頼になるのだが、私と先生では過剰戦力だ。それにAランク冒険者はいないわけじゃないので、仕事を奪う形になるのも気になってしまう。


 と言っても、先生にクエストの受注を慣れてもらう為、適当に受けてしまってもいいかもしれないな。誰も受けないような過疎クエストを選べば、他の冒険者に迷惑も掛からないだろう。


 だが、まあ……そんな都合のいいクエストなんてあるはずもなく。


「なにもないですね……」


 そういう結果になってしまう。ギルドの掲示板に貼ってあるクエストたちに、私が描いていた条件を満たすものはなかった。

 かといって、ギルドの調査が終わりまで暇というのも時間の無駄だろう。


 なにか先生が戦えるようなことがあれば――と思って先生を見上げて気づく。

 元々、私は先生の戦いを見て学ぼうというつもりで先生を街に誘ったのだ。


 つまりそれは。


「私と戦いませんか?」

「なんで?」


 思いも寄らないことを言われたという風に、先生は目を点にしている。少し説明を省略しすぎたか、と反省して頭から話すことにした。


「せっかく先生の弟子になれたのですから、ひとつ手合わせでもと思いまして」

「まず弟子じゃないけどな」


 うっ、と一瞬言葉に詰まる。まだそこは認めてもらえてないらしい。

 私はその反論を説き伏せる為に強気の態度に出ることにした。


「で、でも! 私は先生の使えない魔術をたくさん使えますし! 前回の魔族との戦いは本気じゃなかったですし! どうですか!?」

「どうですかって言われても……」


 先生は頭をガシガシとかいて、悩むような素振りをする。

 もう一押しな気がすると直感した私は、方向性を変えることにした。


「わかりました! 先生負けるのが怖いんですね!? 弟子に負けたらカッコ悪いですもんね!? だからそうやって」

「わ、わかったよ。わかったからあんまり騒ぐな……ほら」


 なんだか困った様子の先生が周囲をぐるりと指差し、ふと我に返った。するとこちらに視線を向ける冒険者やギルド職員の視線が突き刺さっていることに気づく。


「……なんですか皆さん。先生の代わりに、私とやりますか?」


 じろりと威圧するように見回すと、冒険者たちは顔を隠すように視線を逸らした。


 自慢じゃないが、私はこの体格のせいで舐められがちである。それ故に、たいがいの失礼な冒険者はボコボコにしてわからせてやってるので、私の強さを知る者は凄むだけで引っ込むのだ。こちとら仮にもSランク冒険者だぞ。


「あんまり騒がないでくださいね」

「あ……すいません」


 そんな私もギルド職員には弱い。今回はこちらが一方的に悪いので仕方ないのだけど。


「ま、いいか。やるんだろ?」

「えっ、あっ、はい!!」


 先導するように冒険者ギルドを出ていく先生の背中を追う。


 ついにあの力を、真っ向から見ることができるのだ。勝つのは無理だろうが、少しでもなにか学べればいい。

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