04 森の中の戦闘・フラン編

「〈炎爆フレイムボム〉!」

「〈嵐刃トルネードカッター〉!!」


 森の中にある開けた場所で、激しい炎と鋭い風がぶつかり合う。

 互いの中間点で交錯し、拮抗した魔術は相殺されて派手な爆発音を立てた。


「くっ……! まさか魔族と遭遇するんて!」


 思わず口からぼやきが漏れた。


 相対しているのは、青白い肌を持った人の形をした男。

 人間ではない。魔族と呼ばれる人間の敵だ。


 私は精一杯に相手を睨み、油断なく杖の先に魔力を集中する。

 中級魔術程度でミスはしないが、油断で負けることほどアホらしいこともない。


「それはこっちの台詞だ、小娘。この『混沌の森』にどうして人間風情が?」


 小柄な私からすれば、見上げるほどの長身である魔族がこちらを睨む。

 男は軽鎧を身にまとっており、一見すれば魔術師というよりも戦士という身なりだった。


 だが先程の魔術を見れば魔術師であることは瞭然であり、装備において魔術抵抗よりも物理防御力を取ったのだろう。


 私はいかにも魔術師といった黒いローブを着用しており、目の前の敵とは違って純然たる魔術師だ。魔術に対する抵抗へ重きを置いている。


 タイプの違う魔術師同士の対決。

 先程はお互いに中級以上の魔術を詠唱破棄して放った。


 それだけで見れば、互いの技量は同等。

 魔力量はわからないが、中級魔術を詠唱破棄できる実力者であることは確かである。


 故に、現在の膠着状態を生んでいた。

 私としてはもっと上の魔術を使ってもいいが、こちらの実力を晒すにはまだ早いだろう。


 にらみ合いながら、私は口を開く。


「ここにいる理由? ハッ、そんなこと魔族に語る必要はないでしょ」


 警戒する私とは対照的に、魔族の男は口の端を吊り上げた。


「そうか? こっちは魔王様の命令でな。混沌の森から『ヌシ』の気配が消えたから調査しろって言われたんだよ」


 魔族がスラスラとここにいる理由を語るのを見て、私は目つきを細める。

 敵に情報を漏らす奴が何を考えているのか見極めたいのだ。


 ただのアホ……ではないだろう。

 明らかになにかしらの考えがあるはずだ。


 それと同時に。


「ふぅん。魔族も異変を感じるのね」


 調査内容が同じだったことによる驚きを隠していた。


 ここ『混沌の森』は、魔族の領域と人間社会を隔てる巨大な森だ。


 どちらがどちらに攻め入ろうとしても、この森を迂回すれば相手側の強力な防衛陣が敷かれている。

 長い移動の後に、堅牢な砦を落とすことはどちらにしても不可能だ。戦線が伸び切るし、なにより細長い進軍路では攻め手に欠ける。


 かといって、この森を進軍するには『ヌシ』と呼ばれる強力なドラゴンと戦わねばならない。

 百年ほど前から森の湖に棲み着き、近づくものは誰であろうと攻撃を仕掛けてきた厄介な存在。


 しかもそのドラゴンは、伝説に出てくる『海の王者』という水龍だと言われている。

 英雄が束になってようやく拮抗するだろう、と言われているほどの途方もない力の持ち主だ。


 そうなれば倒せたとしても消耗は必至。

 戦闘後の隙を相手側に突かれれば、簡単に押し負けてしまうだろう。 


 つまり、先手を打った方が負ける。

 人間と魔族は、そういった均衡状態をもう百年近く続けていた。


「で、なにが言いたいの?」


 ここに来た目的をペラペラ喋られた以上、私の警戒は強まる。

 そんなことを簡単に話すということは、私を生かして帰すつもりがないと言うことだろう。


 だが、そんな私を見て魔族の男は不敵に笑った。

 そのヘラヘラとした軽薄な笑みに、私は苛立ちを隠すように歯を食いしばる。


「取引だ。同じ目的なら、互いに見なかったことにして帰ろうじゃねぇか。そっちだって報告に成功すればいいだけの話だろ? なにも殺し合う必要はねぇ。いつだって下っ端は楽じゃねぇよな」


 そんな軽口を叩く男に向けて、私は警戒を緩めなかった。


 条件を呑んだところで、それを本当に履行するかどうかわからない。

 不意打ちされるかもしれないし、この間に実は援軍を呼んでいるかもしれない。


 こんな提案をしてくるということは、さっきの魔術がこの魔族の限界? だから打ち返す私に驚異を覚えた?

 裏を返せば、この魔族は私を倒す隙を窺っているということかもしれない。実力的にはまだ不明瞭だから、仕切り直す意味も込めて……とか?


 いくつもの仮定を踏まえて、私は強く睨みながら強い語気で声を上げた。


「魔族如きと一緒にしないで! 誰がお前らのような外道と和解するもんですか!」


 様々な憶測が脳内を飛び交ったが、そもそもこんな実力を持つ者が下っ端なわけがない。

 そういった発言からも、私を油断させようとしているのが透けて見える。そんな狡猾な相手に、交渉を飲むことなどできるはずもなかった。


 確かに私はまだ19歳だ。戦闘経験だって年上の冒険者に比べれば少ないだろう。

 だけど私は、魔術だけでSランク冒険者に上り詰めたのだ。


 つまり、大抵の人間が敵わない実力を持っていることを自覚している。

 魔術だけで言えば、人間の頂点付近にいるはずなのだ。


 もちろん私の全力はまだまだ出していない。

 今までしていたのは、中級魔術での様子見だ。本当の実力を隠す為に。それはおそらく相手も同じなのだろう。


 とはいえ。

 中級魔術の詠唱破棄など、人間の魔術師で言えば上位に位置する。


 もし本当に、これが下っ端だったら……上にいる魔族はどれだけ強いのか。

 そんな弱気な考えを飲み込んで、私は杖に纏わせる魔力を増していく。


 次こそは上級魔術を叩き込む。これで決めるつもりだ。

 私の抗戦姿勢を見てか、魔族の男は表情を無くす。


「チッ、しょうがねぇなぁ。これだから人間ってのは……」


 魔族の男は頭をかくと、わざとらしくため息を吐き、


「本当にバカだな!!」

「なっ!!」


 一瞬で私の眼前に跳んだ。

 不意を突かれた私は全く反応できず、思いっきり顔面を殴り飛ばされる。

 

 視界がぐるぐると空転し、木々の葉っぱと地面が交互に映し出されていた。

 自分ではどうしようもない勢いそのままに地面を転がっていく。


 小柄な身体は石ころのように跳ねながら吹き飛び、木にぶつかってようやく停止した。

 肉体強化を掛けているからダメージこそないものの、それでも呼吸が難しくなるほどの衝撃が背中から走る。


「ふっ……かふっ……!」


 息を吐いて身体を起こし、木にもたれるように座り込んだ。


 危なかった。

 師匠の「魔術師相手にも油断しない」という教えに従って、肉体強化と物理防御の魔術を掛けておいて助かった。


 もし掛けていなかったら……こんな小さな身体など、潰れていたかもしれない。


「はっはっはっ! いつオレが魔術使いだと名乗った!? オレは元々戦士だ! 魔王様によって、この程度の魔術なら簡単に使えるようになっただけよ!!」


 私は立ち上がろうとするが、勝ち誇って笑う魔族を見て考えを変える。

 ダメージが深刻なフリをして情報を引き出すべきだ。


 私は痛みに耐える演技を続けながら、魔族の言葉を咀嚼していく。

 戦士が、魔術師に匹敵するほどの魔術を行使できるようになった……?


 戦士を魔術師に、それも中級魔術であればSランク冒険者に匹敵する魔術師に変えられる。

 それが本当なら、魔王はどんな存在だと言うのか。


 人間は代々魔族と争ってきたが、魔王の存在は常にベールに包まれてきた。

 どんな力を持つのか。どんな思想を持つのか。代替わりはするのか。生命活動をしているのか。そもそも存在しているのか。


 その一端が今、この魔族から語られていく。

 私は立ち上がれないフリをしながら、魔族の男へ強い視線を送り続けた。負け犬の最後の抵抗だと示すように。


「当代の魔王様は優秀でね。魔王様はオレのような強化を魔族全員に施している。そしてこの森のヌシを討伐してから、悠々とお前ら人間を滅ぼす計画だったんだよ。そのための調査だ」


 弱っている様子の私を見て悦に浸っているのだろう。

 魔族の男の口は軽くなっているらしい。


 当代の魔王……ということは、魔王は代替わりしている。

 そして今までの魔王はそんなことができなかったが、今の魔王は魔族を強化できるということだ。


 もっと情報を引き出したい。

 だが、一歩、また一歩と魔族が近づいていた。


 魔族の男からは、獲物をなぶり殺しにするような残虐さが垣間見えている。

 ここからは情報による絶望ではなく、実力行使というわけなのだろう。


 もうこれ以上は情報を引き出せないか。

 そう判断して、私は杖をしっかりと握る。腕が上がらない演技をしつつ、魔力を溜めていく。


 至近距離から上級魔術をぶち込むつもりだ。

 不意打ちの形で放てば、さすがの魔族であろうと無事では済まないだろう。


「じゃあな、人間。あの世で同族が滅ぶのを、指でも噛みながら眺めてろや」


 魔族の男は得意げに笑いながら、空間から剣を取り出した。

 それは紛れもなく、鈍く煌めくロングソード。戦士でない私に質のどうこうはわからないが、粗悪なものではないだろう。


 空間から取り出す魔術と言えば、代表的なものはどちらも中級魔術。


 〈下級収納ロー・ストレージ〉か。

 〈下級武器創作ロー・クリエイト・ウエポン〉か。


 無詠唱で行ったことから、〈下級〉が付かない上級魔術とは考えにくい。


 どちらにせよ。中級レベルの魔術を詠唱破棄ではなく、無詠唱で行えるのだ。

 あの魔族も、まだまだ本気を出していなかったのだろう。


 だが、それはこちらも同じだ。

 魔族が必勝を確信した瞬間が勝負。


 じりじりと迫る魔族を見上げながら、魔力を杖の先端に集めていた。

 静かに、じっくりとだ。急激な魔力の流れは見抜かれてしまうから。


 エネルギーを集めて、一気に爆発させるイメージを脳内で高めていく。

 上級魔術を一瞬で発動しようとすれば、中級とは比べ物にならない集中力が必要になる。


 振り上げられて煌めく刃。

 私は男の笑みを見上げながらも、目を閉じることをしなかった。


 あれが振り下ろされた時が、奴の最期になる。

 確実に殺すために、相手の剣閃を見極めてカウンターとして放つ必要があるのだ。

 

 凶刃が今まさに振り下ろされそうな瞬間。

 私の集中力はピークに達し、男の動きがゆっくりに見え始めた。


 胴体が動き、肩が動き、腕が動き――剣が振り下ろされる寸前。

 よし。今、発動すれば――!!


「強いやつはいるか!?」


 魔族が剣を振り下ろし始める直前、木々の奥からひとりの男が現れた。

 そのタイミングに、魔族は思わずといった動作で顔を向け、私もまたそちらに視線を移す。


 そこにいたのは――。


「「変態だーーーーーーーーー!!!?」」


 まぎれもなく、全裸の変態だった。

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