労働力の問題 (『脱学校的人間』拾遺)〈25〉

 十九世紀半ば、ヨーロッパ中に吹き荒れた嵐のような革命の季節において、ジョゼフ・プルードンは労働者たちの「切実な叫び」を聞く。

「…一八四八年、プロレタリアートは、突如としてブルジョワジーと国王とのあいだの争いに参加するようになって、貧困の叫びをあげた。何がこの貧困の原因であったのか?プロレタリアートは、仕事の不足だと答えた。こうして人民は仕事を要求した。だが、彼らの抗議はそれ以上には及ばなかった。…」(※1)

「…仕事、そして、仕事によってパンを、というのが、一八四八年における労働者階級の訴えであった。またそれが、労働者階級によって共和国に与えられた不動の基礎であった。革命とはそういうものなのだ。…」(※2)

「…仕事というこの革命的問題こそ、この共和国を大衆の関心事とし、それのみが、大衆の見るところ、共和国に真の価値を与えたのである。…」(※3)

「…(革命の)勝利の日において(…中略…)ただ仕事だけを要求するとは、なんという人民であろうか!…」(※4)

 「仕事をしても食えない」という状況において、「もっと仕事をよこせ!」と叫ぶ労働者たち。革命の勝利という輝かしい時にあっても、彼らが熱狂的に求めているのはただそのことしかない。

 まさにそういった労働者たちのためにその生涯を捧げてきた「革命家」プルードンであったが、彼をして当の労働者たち自身が腹の底からあげる呻きや叫びは、いささか当惑を禁じえないものであったのかもしれない。

 「働かせろ!」と叫ぶ労働者たちは、彼ら自身が生きるということの「その全て」を、全く「労働に依存しきってしまっている」のではないのか?彼ら労働者たちは自分たち自身がまさしくそのように、「労働することしかできない人間」であるということにもはや馴れきってしまっているのではないだろうか?労働者たちは彼ら自身が生きることにおいて、「労働すること以外のこと」をもはや想像すらできなくなってしまっているのだろうか?

 それにしても彼ら労働者たちは、なぜそれほどまでに「労働することに固執する」のか?

 彼らはもちろん奴隷でもないし、強制的に徴用されているわけでもない。むしろ彼らは「自由な労働者」だったはずなのである。彼らは「働きたくもないのに、むりやりに働かされている」わけではけっしてないのだし、そのように強要された形で働くなどということは、彼らにはむしろ「できない」ことなのだ。

 彼ら一般の労働者たちが「働くため」には、彼ら自身が「自発的かつ主体的に、彼らが唯一所有する商品としての労働力を売らなければならない」のだった。そこからでなければ、彼らの労働はけっして一歩たりとも出発しえないのである。

 しかし彼らは一方で、「その労働力以外には売るものがない」のであった。売るものがなければ買うことができず、買うことができなければ生きることができない。だから彼らは叫ぶのだ、「働かせろ!」と、「売らせろ!」と。「それ以外にできることがない」ならば、彼らはとにもかくにも「そう叫ぶより他はない」のであった。

 たとえ「社会を変える」べく引き起こされた革命が見事勝利を収めようと何しようと、しかし現実に「この世界=社会」において今現在もまだ生きている限りは、人は今後も引き続き生きていかなければならない。そのためには食っていかなければならない、さらにそのためには食うものを買わなければならない、買うためには売らなければならない。

 よって人は世界=社会に向かってこう要求する。「売らせろ!」と。

 では一体、何を「売る」というのか?

 それは言うまでもないことだろう。彼らが自分自身で唯一所有する商品、すなわち労働力をだ。現実にもはや「そんなもの」くらいしか、彼らの手元には何一つとして残されてはいないのだから。革命が起ころうと何しようと、「この世界=社会自体が引き続き存続されている」限りは、この「生き方自体」は革命のしようもない。


〈つづく〉

 

◎引用・参照

※1 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」渡辺一訳

※2 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」渡辺一訳

※3 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」渡辺一訳

※4 プルードン「十九世紀における革命の一般理念」渡辺一訳



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