夜魔の亡霊編

第19話 新聞記事


 その日、世界最大の空港エア・グランドゥールの優秀な保安部職員であるルドルフ・モンテルニは出勤前の空いた時間に詰所内で新聞を読んでいた。

 情報収集も仕事のうちだと考えているルドルフは、制服をきちんと着こなし背筋を伸ばして椅子に腰掛けている。こざっぱりとした緑の髪は綺麗に整えられ、模範的な職員としての姿を遺憾なく発揮している。


「はよー、ルド」


「ああ……」


 そこに声をかけてきたのは、ルドルフの相方となって一年が過ぎた後輩職員のデルロイ・リゴレット、通称デルイ。

 ルドルフとは正反対と言っていい男で、その容姿は老若男女問わず振り返るほど整っているものの何せ軽い。軽薄だ。常に浮かべている笑顔がまた、ルドルフからしてみれば胡散臭いことこの上ない。

 いつの間にやら付き合いが一年になるのだが、早々に敬語で話すことを放棄しているデルイに今更敬えと言う気持ちもわかない。


 そんなことをルドルフが考えているとはつゆ知らず、手に持ったコーヒーを置いてから隣の席に座って距離を詰めてくる。この一年で伸びた髪が新聞にかかって邪魔だった。


「おい、髪の毛が邪魔だ。伸ばしすぎじゃないか」


「そう? 女の子には評判いいけど」


「…………」


 ピンピン跳ねた派手なピンク色の髪の襟足をいじりながら、こともなげにそんな風に言ってくる。ここで言う「女の子」とは、郊外の酒場で知り合った行きずりの女性のことだろう。この男は軽薄だが、相手を選んでいる。貴族令嬢は空港職員には絶対に手を出さない。


「で、何の記事読んでんの?」


 目を通していたのは、とある冒険者パーティーの記事だ。


「S級パーティー久遠の光が先々月エルネイールでの雷竜討伐に失敗して、要である前衛のフレデリック・カトラーが大怪我を負ったらしい」


「あぁ……そりゃ御愁傷様」


 デルイは髪が記事にかからないよう手でまとめると、極めて他人事のようにそう言いコーヒーを啜る。


「衰弱したフレデリックはエルネイールから帰国することもままならず、病院で横になったままずっと目を覚まさないらしい。側には回復師のエルリーンがつきっきりだと。魔物使いのイザベラ・バートレットは行方不明らしい」


「ま、たった三人で雷竜を討伐しようだなんて無理があったんだろう」


 竜種は強力だが、その中でも属性持ちと言われる竜は別格だ。

 ここグランドゥール王国では森竜と呼ばれる竜が五年に一度、国の北部に現れては周辺の街を荒らし回っていくのだがこれは騎士団の精鋭で編成される魔物討伐部隊により安定して討伐されている。森竜は硬い鱗で防御力が抜群だし、飛空しながらの鋭い牙と爪による攻撃は恐るべきものであるがブレスや魔法攻撃は仕掛けてこない。


 雷竜は名前の通りに雷を操る竜だ。

 エルネイールは上空に常に雷雲が渦巻く最悪な天候の国だが、これは国に数十体いる雷竜のせいだった。巨体に内包する莫大な魔素が外部に干渉し、無差別に撒き散らすエネルギーが周囲に触れて天候すら変えている。

 

「上級のパーティが解散となるとグランドゥール王国にとっても痛手だな」


 優れた冒険者は優れた実績を残す。いなくなればギルドの依頼を請け負う人物が減り、困ったことになるだろう。

 ルドルフは記事の横に描かれた三人組の絵に視線を落とす。


 中央には大剣を構えた精悍な男、右には長い杖を持った女、左にはリッチと呼ばれる魔物を従えた女。


 と、そこにデルイの指が伸びてきて、左の女を指差した。


「俺こっちの子が好み」


 腰まで伸びた金髪をたなびかせてリッチを従属させる魔物使いはミステリアスな雰囲気で描かれていた。

 デルイがにいっと笑って「ルドはどっち?」と聞いてきた。返事はせず、丸めた新聞で頭を叩く。


「冗談だよ、ジョーダン」


「お前が言うと冗談に聞こえないな」


 時計を見ると、いつの間にやら勤務五分前になっていた。本日の仕事をするべく、立ち上がる。

 デルイは少し丸まった新聞記事を名残惜しそうに見つめてからルドルフの後ろをついてきた。


+++

「天空の異世界ビストロ店」書籍化に伴いまして、

こちらの作品もエピソードを一つ追加します。

なお書籍情報はカドカワBOOKSのHPよりどうぞ!

https://kadokawabooks.jp/product/isekaibistro/322207000586.html

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