第13話 雷速


「くそっ、どこ行ったんだ」


 デルイは静かになった空港内をシスティーナの姿を求めて走り回る。逃げ惑う人々の間を縫うようにして走り回り、探知魔法で気配を探っていたのだが如何せんうまく行かなかった。探知の魔法は知っている相手ならばその魔素を頼りに居場所を特定できるのだが、なぜかシスティーナの魔素がうまく検知できなかった。理由はわからないが、連れていた猫妖精のせいだろうか。


 第七ターミナルで戦闘の気配がすることから、もう空賊は攻め込んできているのだろう。こんなことで時間を食っている場合ではない、さっさと保護して自分も加勢に行かなければ。


 そう思うデルイに、突如今まで雲隠れしていたように感じ取れなかったシスティーナの気配がはっきりと検知できた。

 場所は中央エリアの端、第七ターミナルの近くだ。

 

「まずいな」


 デルイは走り出す。急に気配がわかるようになったということは、敵方に捕まり阻害魔法が使用できなくなったということか。船に乗せられてしまえばお終いだ、こちら側がどれほどの戦力を有しているのかは知らないが、竜の鉤爪の本船まで乗り込んで壊滅させる程の人材を集められているとは思えない。奴らの頭はSSランク、部下の戦闘力も軒並み高いと聞いたことがある。

 せいぜいがターミナルの出入り口を守り、撤退に追い込むくらいが関の山だろう。

 

 第七ターミナルまで、ここからなら近い、あと少しだ。


 疾走するデルイは遥か先、男たちが金髪の女の子を担いで走っているのを見つけた。


「誰か助けて!」


 システィーナの叫び声が反響する。空賊はシスティーナを担いでいる男だけではなく、何人もこちらに向かってきていた。


ーー出入り口が突破されている。


 空賊は十人ほど、筋肉質な腕をむき出しにして剣を抜き迫ってくる。

 デルイは徐ろに腰にさげていた剣を抜刀し、魔素を流して強化した上、一歩踏み込み向かってくる敵に向かって振り下ろす。

 流れるような剣さばきで、魔法も使わず賊たちを相手取った。

 賊の相手は容易い。殺していい分加減をしなくていい。ここにきてからずっと命をかけない、生ぬるい仕事ばかりしてきたが今日は違った。容赦無く急所を狙って斬り伏せて行くデルイに、空賊は束になっても敵わず彼の通った後には事切れた男たちが倒れていた。


 システィーナまでの距離はおよそ百メートル、こうして戦いながら進んだところでその距離を縮めることは不可能だろう。

 彼女を連れた賊はすでに第七ターミナルの中に入っており、敵味方区別のつかない程の乱戦の中に身を紛れようとしている。

 

 戦いながらもデルイは魔法を練り上げる。 

 ある程度集中力を要する魔法だが、彼は器用にも戦いながら組み上げることができた。今発動したい魔法は一つ、速度をあげる魔法だ。

 


ーー雷速らいそく!!



 バチバチバチッと音がしてデルイの体から紫電が放出される。ダンッと足で地を蹴り走り出せば、およそ人が反応できない程の速度でもって駆け抜ける。周りの空賊たちは反応することも視認すらもできていない。

 雷速はただの速度を上げるだけの魔法ではない。全身の筋肉が強化されるその魔法は、術者の体に雷を纏わせ、触れるものを感電させる。デルイがただ駆け抜けるだけで、その場にいた賊は雷の直撃を受けたかのように黒焦げになって倒れた。


 強力な魔法には相応の代償も必要だ。発動までに時間がかかることは勿論、発動中に消費する魔素の量も尋常ではない。さっさと終わらせなくてはガス欠でこの後の戦闘に支障が出てしまう。


 速度が万倍にも押し上げられたデルイはあっという間にシスティーナを抱える賊の元へ到達する。ご丁寧にシスティーナへと魔法障壁を展開して自身の雷で傷がつかないよう保護し、左腕でその小さな体をかっさらうと、間近に迫った壁を蹴って味方の陣地へと取って返す。一歩で百メートルも進めるような魔法だ、あとはこの戦地から離れてシスティーナを安全な場所まで送れば任務は完了、空賊討伐へと自分も参加できる。


 そのはずだった。


魔法無効化マジックキャンセル!!」


 目にも留まらぬ速さで動く自分へと何者かが魔法をかける。ズルンと身にまとう魔法が剥がされる感覚がしたかと思うと速度がガクッと落ち、かろうじてその場で踏みとどまった。


「素敵なお兄さん、雷速なんてやるじゃない」


 立っていたのは顔にタトゥーが入った女魔法使いだった。杖を構え、舌をペロリと出しデルイの方を興味深そうな表情で見ている。


「剣士で雷速が使えるなんて器用な人」


「まあ、魔法は得意な方なんでね」


「お姫様を抱えたまま、どこまで戦えるかしら」


 魔法使いは杖を構える。杖先に嵌った魔法石から炎が迸った。


「デルイさんっ!」


「大丈夫だからしっかり掴まってて」


 肩越しに顔を上げ、システィーナが悲鳴をあげる。デルイは大量の魔素を込めた剣の一振りでかろうじて魔法をいなす。


「おう兄ちゃん、大丈夫かぁ!?」


「敵陣に突っ込んでくるなんてなかなか命知らずだな!」


 賊は魔法使いだけではない。現在デルイは敵地のど真ん中、空賊の集団に囲まれた状態にあった。システィーナが怯えたようにデルイの服をぎゅっと掴んだ。


「でも味方がいないわけでもないしな」


「おう、その通りだぜぇ!」


 冒険者のひとりが横から突っ込んできて、巨大な槌を振り下ろす。保安部の職員と騎士は隊列を組んで戦っているが、冒険者はその限りではない。悪名高き竜の鉤爪の頭を討ち取れば冒険者として名が上がるし、賞金だって国からもらえる。一攫千金を狙う輩がうようよとこの敵陣の中に突っ込んでいっていた。


「大した兄ちゃんだな、せいぜいその子を守っておけや」


「あんがと」


「どこぞの令嬢助けたとあっちゃ、謝礼がもらえるかもしれねえからな!」


 軽口を叩きながら賊と剣を交える。

 デルイは現在システィーナを抱いているせいで左手が使えない。右手一本、剣のみで敵を斬り伏せながらなんとか敵陣を突破しようと奮闘していた。

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