第12話 猫妖精

 空賊強襲の数十分ほど前、システィーナはすっかり静かになった中央エリアの片隅から顔を覗かせ周囲の様子を伺った。


「どう、クー? デルイさん近くにいる?」


『いニャい』


「よかった」


 システィーナは胸をなで下ろす。そして腰に手を当ててプンプンと怒った。


「失礼しちゃうわ、全く。皆して遠くの学校へ行けだなんて!そんなところへ行かなくたって、王都の学校とお父様の教えで十分じゃないの。クーもそう思うでしょ?」


『クーはかつおぶしが食べられるならどこでもいい』


「そればっかりね」


 システィーナは人気がいない中央エリアを一人で進む。先ほどまでは非常事態を告げるアナウンスがひっきりなしにかかり、逃げ惑う人々でいっぱいだったが今は静かなものだ。


『ティーナは逃げなくてよかったのかニャ』


「いいのよ。大げさに言ってるだけで大した事態じゃないでしょ。大人っていつもそう」


 腕を組み、わかったような顔で頷く。そう、大人はいつも大げさに物事を脚色して喋る。召喚術は危ないだの、勉強しろだの、マナーを身につけないと恥ずかしいだのと口うるさい。


「私だってちょっとくらい一人で自由にしたいわ」


『ティーナは割としょっちゅう一人で自由にしてると思うけどニャ』


「そうだったかしら」


 クーのツッコミにしらを切る。


「それも全部クーのおかげね」


 システィーナはにっこりとクーへ微笑んだ。

 猫妖精ケット・シーのクーはシスティーナの初めて召喚した幻獣で、一番の友人だ。一般的に猫妖精というのは愛らしい見た目と低い攻撃力、そして気まぐれな性格から愛玩用くらいの認識しかないが、実は隠密に長けた魔法を行使できる。気配遮断の魔法は対象者の存在をおぼろげにし、どれほどの護衛をはりつけようとその場から意識外へと追いやることができる。

 猫妖精と相当仲良くならないと教えてもらえない魔法だし、猫妖精ごときとそこまで仲良くなるくらいなら普通はもっと強い他の幻獣を召喚する。

 けれどシスティーナは初めて召喚し、契約を結んだクーをとても大切にしていて他の幻獣は契約はおろか召喚すらしたことがなかった。


 召喚術は特殊な魔法だ。

 呼び出した幻獣と契約を結び、初めてその幻獣を己の仲間として共に戦うことができる。そこには信頼関係が必須で上下関係のようなものは存在しない。幻獣は強力な魔法や攻撃力を有しているため、人間が道具のように使うことは不可能だった。己の波長と合うものを幻獣の方が見出し、力を貸す代わりに人間は魔素を与えなければならない。


「さて、じゃ、どこへ行こうかしら」


 システィーナは考えた。エリアの北の方には続々と騎士や冒険者と思しき人が集まって来ている。そこへは近寄らないほうがいいだろう。とすれば真逆の方向にでも行ってみようか。


 システィーナは閑散とした空港内をうろつきまわる。荷物がそこら中に散乱しているし、誰もいないしで楽しいところではない。あっという間に飽きてしまった。


「やっぱり飛行船に乗って王都へ降りたらよかったかしら」


『クーはそう思ってた』


「もうっ。こうなったら、一体何が原因でこんな事態になっているか見に行ってみない?」


 システィーナは提案する。うん、名案だわ。こうも騎士達が集まることもそうそうないし、何が起こっているのか見学するのも悪くない。というか他にすることがなかった。


『それはやめたほうがいいニャ』


「あら、どうして?」


『あっちは嫌な気配がする』


「ふーん、びびってるの」


『そうじゃニャくて』


「じゃ、いいじゃないの」


 システィーナは人声のする方に向かって歩き出す。クーは慌てたようにシスティーナの周りをパタパタと飛び回った。


『やばいのがいっぱいいるって。攻撃されたら勝てニャいよ』


「ちょっと見に行くだけなんだから大丈夫よ。ほら、クーの魔法で気配を消せば気がつかれないでしょ?」


『クーの魔法も万能じゃニャい。』


「もうっ、頼りないわね。じゃ、私一人で行くからいいわ」


 そう言ってシスティーナはずんずんとすすむ。やばいやばいと警告を発するクーのことを無視して。


「うるさいわねぇ、そんなにいうなら、帰ってていいのよーー」


「おっ、いい人質見つけたぜぇ!」


 野蛮な足音と声がして、システィーナがクーから目をあげそちらを見る。粗末な鎧を身にまとった男たちがドスドスと駆けてくるのが見えた。


「ひっ」


 野蛮人を見慣れていないシスティーナは足が竦んだ。すぐさまとって返し、この男たちから逃げようとするも、かさばるドレスをまとった十一歳の少女の足などたかが知れている。システィーナは召喚術以外の魔法はあまり得意ではなかった。


「捕まえた!!」


「きゃああぁ!!」


 あっという間に背後から捕まり、そのまま肩に担ぎ上げられる。こうなってしまえばもうクーの魔法では逃げられない。猫妖精はオロオロと周囲を飛んでいる。


「こりゃいい身代金に化けそうだ!」


「売っぱらっても良さそうだな」


 そんな卑しい声が聞こえる。身代金?売られる?システィーナの頭は真っ白だった。


「誰か助けて!」


 クーの言うことを聞いておけば良かった。いや、アナウンス通りに飛行船に乗っていれば。そもそも脱走しなければあこんなことにはならなかったのに。



 誰か、誰か。


 叫ぶシスティーナの遥か後方、ピンクの髪をなびかせた人間の姿が見える。


「デルイさん!」


 けれど距離がありすぎた。優に百メートルは離れているだろうし、男たちの足も魔法で強化しているのかやたらに速い。


「後ろに敵だ」

「第七ターミナルまで急げ!」


 男たちは二人ではない。システィーナを担いだ男が向かっている方向からわんさかと沸いて出てきている。それらすべてを倒してシスティーナの元へ来るなど不可能だろう。


 ごめんなさい、もう悪さをしないから。学校も行くから、だから誰か、助けて!


 とめどなく溢れる涙に視界が遮られる中、システィーナの願いもむなしく男は怒号飛び交うターミナルの中へと飛び込んでいった。

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