第6話 相方は相手を選ぶ

 デルイと組んでから一週間が経った。勤務開始三十分前に出勤したルドルフは制服に着替えてロッカーと扉を閉めると、デルイがやってくる。


「はよー」

 

 そう言って自分のロッカーの前にやってきたデルイは普段に比べてだるそうだった。


「朝から調子がでなさそうだな」


「んー、昨日の夜ちょっとね」


 着替えるべく服を脱いだデルイの上半身を見てギョッとした。赤い痣が点々とついていて、背中に引っかいたような傷が無数にある。


「お前、それ」


 思わず指摘すると、デルイはふっと意味ありげに笑う。


「今度一緒に行く? ルドも顔がいいから、ちょっと愛想ふりまけば話しかけられるぜ」


「誰が行くか!」


 ズカズカと先に詰所へと向かった。


+++


 詰所つめしょ哨戒しょうかい場所を確認していると据え置き型の通信石が起動した。所内に切羽詰まった声が響き渡る。


「中央エリア、冒険者の酒場『青天せいてん霹靂亭へきれきてい』です。冒険者複数人がいさかいを起こしているので至急来てもらえませんか」


「了解した」


 ルドルフが答えてデルイと連れ立って立ち上がる。

 中央エリアは富裕層が利用する高級レストランや物販店が立ち並ぶエリアと、冒険者が利用する酒場や上級ポーションなどが売っている店が並ぶ二つのエリアに分かれている。今回呼ばれたのは冒険者の方のエリアで、いざこざが起こるのはだいたいこのエリアだ。飛行船を利用する冒険者というのは最低Bランク、大体がAランクの実力者のみで、マナーをわきまえている人間もいれば血の気が盛んな人間もいる。

 酔っ払った冒険者同士が自慢話を披露しあい、ヒートアップして、よくわからないが殴り合いに発展したりする。これが低ランクの冒険者同士ならばいざ知らず、高ランカーの冒険者の喧嘩ともなると止める方も実力を求められるので結構面倒くさい仕事だった。


「あそこだ」


「おーおー、派手にやってるみたいだな」


 連絡のあった酒場の近くまで来ると、ガシャーンと陶器が割れる音や怒鳴りあう声が聞こえた。入り口から中を覗く。


「あっ、来てくれたのかい、保安部のお兄さんたち!」


 素早く目が合った牛人族の女性店員が慌ててこちらにやって来た。


「あの二人?」


「そうそう! モーッ、手に負えなくってさぁ!! このままだと他のお客さんに迷惑がかかっちゃうよ」


「了解、任せてくれ」


「助かるわぁ!」


 ルドルフが女性店員に頷いて見せ、そして聞こえて来る会話に耳をそばだてる。


「てめぇらごときが水竜を屠っただとぉ!? ホラ吹くのもいい加減にしやがれ!」


「そっちこそリヴァイアサンをやっつけて来ただって!? 証拠を見せてみろ!!」


 なんだか低レベルな言い合いが聞こえてきた。男の一人が鞄を漁り、机の上にばーんと何かを叩きつけた。


「これがリヴァイアサンに生えていた角だ!!」


 ドヤ顔で言い放ち、向かい合っている鎧を着た男が少したじろぐ。しかし鎧男の仲間であろう細身の男がその角をまじまじと見てから、呆れた声で言った。


「これはリザードマンに生えている角ですよ」


「しょうもねえ嘘つくなよ!」


「うっせぇな!!」


 しょうもないのはどちらもだろう。デルイがこの幼児の言い合いのような低レベルな様子を見て、しみじみと言った。


「冒険者って高ランカーになってもバカなんだな」


「酒が入ってるせいだろう」


 ルドルフがフォローを入れる。こんなのばっかりが冒険者だとは思えないし、思いたくない。見ているうちに、鎧男が斧を引き抜いた。


「覚悟決めろよ、俺の斧は一撃でゴーレムを叩きのめすぞ」


「やる気か、面白え。お前こそ俺の拳でグチャグチャにしてやんぜ」


 対する男は拳士であるらしく、拳を握って構えをとった。潮時だ。ここにいるということは腐っても高ランク冒険者、ここらで止めに入らなければ店が壊されてしまうだろう。

 

「そこまでだ」


 ルドルフとデルイは特に気負うこともなく間に割って入った。


「なんだお前たちは!」


「邪魔すんな!!」


 二人は息を揃えて怒声を浴びせる。


「空港の保安部の者だ。店に迷惑がかかるから止めろ」


「そうそう」


「「あぁ!?」」


 二人は目が据わっているし、呂律もいまいち回っていない。


「お仲間さんもさぁ、この二人止めなよ」


 デルイが仲間であろう周りを囲む冒険者に声をかける。


「面白いからいいかなって」


「ずっと飛行船に乗ってて気詰まりだったんだ。気晴らしになるからいいんじゃない?」


 そんな返事が返ってくる。全然止める気がないらしい。酔っ払い二人は目を合わせニヤリと笑って武器と拳を構える。


「おうおう、保安部の兄さんがた。俺たちを止めるってんなら、やってみやがれ」


「こちとら何年も冒険者として死線くぐってきてんだ。空港職員なんかに負けるか!」


 ビュッと空を裂く音がして拳が飛ぶ。ルドルフはそれを紙一重でかわした。続けざまに飛んでくる拳も最小限の動きでかわし、店の外までおびき寄せたところで片腕をとる。そのまま回して体重をかけて技を決めれば、男の体は地面に沈んだ。あっけない終わり方だ。


 隣では鎧男が斧を振り上げていた。凄まじい速度で落ちてくる斧に恐怖の色を欠片も見せず、デルイは静かに剣を抜いてそれを受け止めた。ギリギリと音を立てて斧が食い込んでくる。鎧男は背丈も横幅もデルイの倍ほどあるのに、彼は一歩も引けを取っていなかった。


「負かせれば気がすむか?」

 

 そんな余裕な発言をしている。


「上等だ! やってみやがれ!」


 斧に魔法が付与されて、炎がほとばしる。エリアを行き交う冒険者たちが何事かと足を止めて見学を始めた。


「おっ、喧嘩か?」


「いいぞ、やれやれ」


「職員のお兄さんかっこいいわね!」


 そんなギャラリーの声が聞こえた。ルドルフはとっくに拘束済みの拳士の男を取り押さえている。鎧男は酔っ払っていても戦いとならば別らしく、炎の斧を振り回し、デルイめがけて突進した。巨体からは想像できないスピードを出している。


「やっちゃえ、<速度倍化>に<身体強化>よ!」


「あんがとよ!」


 仲間の魔法使いが悪ノリで付与魔法をかけてくる。鎧男のを光のベールが包み込む。こちらは仕事だというのに、完全に娯楽の一つとなってしまっていた。ルドルフは額を抑えた。


「くらえ、炎斧烈破!」


 熱波がぶわりとルドルフのところまで伝わってくる。高密度のエネルギーを帯びた斧が凄まじい速度でデルイに迫った。魔法で強化された巨体はそれだけで凶器となる。細身のデルイが真っ向から迎えば吹っ飛ばされてしまうのが関の山だ。

 デルイは地を蹴り、あろうことか男の方へと自ら向かっていった。斧が振り下ろされる瞬間、左手から魔法を放つ。


魔法無効化マジックキャンセル


 男を包んでいたベールが消え、斧を纏っていた炎が消える。デルイはそのまま右手の剣の柄で男の顎を撃ち抜いた。ガツッと嫌な音が響き、男は後ろによろめいて、そのまま昏倒する。あとは痙攣したのちに、動かなくなった。

 野次馬から賞賛とどよめきの声が上がる。


「あの職員すげぇな」


「魔法の腕もだが度胸がすげぇ。あの攻撃技に突っ込んでいけるやつはそうはいねえぞ」


「ここでいざこざ起こすのはやめておこう……」


 そんな声が方々から聞こえた。デルイは今しがた打ちのめした男を捕縛していた。脳を揺らしただけなので、数分もすれば起きるだろう。


「すごーい、お兄さん強いのね」


 男に援護の魔法をかけた魔法使いが感心しながら近寄ってくる。


「三つの魔法を同時に無効化するなんて、並の人間じゃできないわよ」


「俺、並の人間じゃないからな」


 そんな風に自慢するわけでもなくごく当たり前に言った。


「俺ら、とんでもねえのに喧嘩売ったんだな……」


 ルドルフが捕まえていた拳士の男もすっかり酔いが覚めたらしく、青ざめた表情でそう言った。



+++


 青天せいてん霹靂亭へきれきていの一角を借り、鎧男と拳士の男、そして仲間の冒険者たちが並んでルドルフとデルイの前に座っている。先ほどまでの威勢は何処へやら、喧嘩をふっかけてきた男二人はすっかり大人しくなって椅子の上に縮こまっていた。肩身が狭そうに膝の上に両手をきっちり揃えて置いている。


「まだ午前中だぜ。なんでこんな酔っ払うほど飲んだんだ」


「旅帰りでつい気が大きくなっていて」


「俺もだ」


 デルイの問いかけに二人はシュンとして答えた。ルドルフも二人に注意する。


「店にも他の利用客にも迷惑がかかる。今後はもうしないように気をつけてくれ」


「すみません」


「反省しています」


「迷惑料収めてってね」


「へえ」


「へい」


 酔っ払いの喧嘩など日常茶飯事だ。この場合いちいち騎士団に連絡していてはキリがないので、迷惑料を徴収したのち解放することになっている。へこへこしながら金を納めた冒険者を尻目に立ち上がり、二人は本来の哨戒しょうかい場所へと戻ろうとした。


「あの、ピンクの髪のお兄さんの方」


「ん?」


 呼び止められたデルイが見ると、先ほどの魔法使いだった。


「うちのが迷惑かけてごめんなさい。仕事終わり、よかったらお詫びに一杯どうかしら。おごるけど」


「あぁ」


 そう言うと仲間の様子を伺うように見る。皆やれやれといった表情をしている中、鎧男がギリギリと歯噛みしていた。何かを耐えるような苦悶の顔を浮かべていて、般若のようになっている。


「魅力的な提案だけど遠慮しておくよ。冒険頑張ってね」


 そうして振り返りもせず立ち去る。てっきり誘いに乗るかと思っていたのでルドルフには意外だった。


「誰でもいいわけじゃないのか」


「恨みを買うのはゴメンだから。俺が乗るのは後腐れのない子だけ」


 いいんだか悪いんだかわからないスタンスだが、この歳にしては考え方が割り切りすぎている気がする。


「もっと本気になれる相手を見つけたらどうだ?」


「いやぁ、無理じゃないかなあ」


 デルイは朗らかに言った。


「どうせ皆、上辺だけしか見てないからな」

 

 見かけによらず、実は寂しいやつなんじゃないかと思った。

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