第4話 相方は観察眼が鋭い

 グランドゥール王国の王都、その郊外の上空一万メートルに浮かぶエア・グランドゥール空港は世界最大の空港だ。中央にドーナツ状の丸いエリアがあり、そこは飲食店や物販を扱う店が無数点在している。その中央エリアから放射状に十ものターミナルが存在し、一つのターミナルに着港する飛行船の数は最大で五船。そして船のメンテナンスを行うドッグが各ターミナルに設けられていて、そこには同時に二台の船が収容できるようになっている。巨大な空港だった。王都に来るために飛行船に乗って来る者はもちろん、各国へ接続する船を乗り継ぐために経由地として利用するものも少なくない。


 飛行船、というのは高価な移動手段だ。今から四十年ほど前、まだ空を飛ぶ移動が主流ではなく、国同士の結びつきがそれほど強くなかった時代には国から派遣された調査員や騎士が飛行船を利用することが主で、その頃は空港はここまで大きなものではなかった。

 今は違う。各国の外交努力と細部にわたる調査により世界地図が完成し、世界が一つのまとまりとして均衡を保つようになった頃からこのエア・グランドゥールは急速な発展を遂げていた。国により魔物の危険度などの差はあれど、平和な世界が実現した今、空港は商人による交易の主軸の場となり、そして富裕層が旅行に出かける玄関口と化した。


 一般庶民が手を出すにはまだまだ飛行船代が高額すぎること、そして飛行船の旅そのものも片道最低で三日はかかり時間を取られすぎることから、利用客は限られてはいるが、それでも使える者からとってみればこれほど便利な移動手段はない。

 地上を移動する手段はまだ馬車が主流だ。近場ならばともかく遠方の国まで行くには時間がかかりすぎるし道中で盗賊や魔物に襲われる可能性も高い。ならば金のある商人は迷わず飛行船を使うし、暇を持て余した貴族は空の旅と洒落込む。ただしそれには危険もつきまとうため、護衛の同行は必須だ。高ランクの冒険者ともなればたんまり金を儲けているので、飛行船に乗ってまだ見ぬ魔物の討伐へ出かけたり、珍しい草花や鉱石の採取へと旅に出る。


 そしてこの空港という場所は当然、良からぬことを考えている者も集って来る。違法な魔法品の密売人、危険な魔物の卵をこっそりと持ち運ぶ冒険者、怪しげな薬を輸出しようとする錬金術師。時に魔物使いの魔物が慣れぬ空の旅のストレスによって主人の命令を聞かずに暴れ出したりもするし、他国に輸出しようとしていた積荷に魔物が紛れ込んでいて、下船の拍子に空港内にまろび出て誰彼構わず攻撃してきたりもする。

 そういった諸々を取り締まるのが保安部警備課の職員の仕事だった。


 本日もまた、第二ターミナルを哨戒中のルドルフとデルイの前に怪しげな者の姿が現れる。


「ルド先輩、前から来るアイツ」


 ターミナルの見回り中に、デルイが声をかけてきた。前からは商人の一団が歩いて来る。護衛が五人ほどゾロゾロついていた。


「どうかしたか」


「あの商人の護衛の一人、右から三番目の奴。おかしなブレスレットをつけている」


「ブレスレット?」


「そう。多分……変化魔法。隠蔽魔法が何重にもかけられてるから、見破りにくい」


 そう言うデルイに倣って探知魔法を発動すれば、確かに微かな魔法の軌跡を見つけた。かなり歪な魔法の使い方だった。


「そちらの商人御一行、止まっていただけますか」


 ルドルフは躊躇なく話しかけた。商人は戸惑ったように立ち止まる。


「空港の保安部の者です。護衛の一人の持ち物を検めてもよろしいでしょうか」


「え、ええ。どうぞ」


 商人は何事かと思いながらも従ってくれる。ルドルフが目当ての護衛に近づき、腕を取った。護衛が微かにたじろぐ。


「このブレスレット、預かっても?」


「いや、これは大切なものなので勘弁を」


 護衛は抵抗を見せた。腕を振り払おうとするが、ルドルフが強く握ってそれを制す。


隠蔽いんぺいの魔法が幾重にもかけられている。失礼ですが、どういう経緯でこれを身につけているのかお伺いしたいので同行願えますか」


「なっ……とんだ言いがかりだ! これはただの装備品ですよ!」


「いやいや、そんなワケないでしょ」


 デルイが横から割ってきて、止める暇もなく魔法をかける。魔法無効化マジックキャンセルだ。

 変化は唐突だった。ブレスレットは護衛の腕から外れ落ち、落下する途中で形を変える。それは掌ほどの大きさの皮袋になり、地面に落ちる前にデルイの手によりキャッチされた。袋を開き、中身をひとつまみ。白い粉がさらさらとこぼれ落ちる。

 変化魔法に、一目では変化を見分けられない様に多重に重ねられた隠蔽魔法。出てきた何かしらの粉末状の物体。これで何か後ろ暗いことがないと考える方がおかしい。


「なんだこれは!?」


 商人が驚いた様に護衛に尋ねる。演技なのかそれとも本当に何も知らなかったのか。ともかく詳しい話を聞かねばならない。


「これが何か、聞かせてもらってもいいですかね」


 デルイがしてやったりという顔をした。がっちり前後を挟み込み、計六人を捕縛した。


 保安部の仕事というのは大雑把にいうと空港内の安全を守るというその一点に尽きる。なのでこうして捕縛した人間というのは、大まかな話を詰所で聞いてから王都の騎士団に引き渡すことになっていた。詳しい沙汰は王都で下されることになり、そこに保安部が関わることは無い。

 

「お疲れ様でーす。デルイさん、また検挙ですか? すごいですね」


「まーね」

 

 デルイは詰所の受付にいる女性職員にピースをしていた。

 空港職員の事務フロアは中央エリアの地下に設けられているが、保安部の詰所は犯罪者を連行することが日常的なので少し離れた場所に造られている。保安部にも事務の職員がいるが、彼らは一様に武術あるいは魔術を嗜んでいるので多少の荒事には対応できる。犯罪者が仮に暴れ出した場合、ここで止める手はずとなっていた。


 会議室の一室に押し込め、空港に常駐している騎士に話を通そうとしたが、立て込んでいるらしく小一時間ほど待てと言われる。それまでにアレがなんなのか、大まかなことだけでも聞いておきたいところだがもし話を引き出せなくても構わない。そういった事を専門とする手合いが騎士団にはごまんといるため、そこでじっくり吐き出してくれればいい。ルドルフとデルイは席にかけ、例のブツを持っていた護衛を席につけて向かい合った。商人と他の護衛は一つ手前の部屋で待機だ。


「お名前をお伺いしても?」


 ルドルフは護衛に向かって尋ねる。


「……レギーだ」


「ではレギーさん。これが何か、話していただけますか」


 ルドルフは検挙した相手にもなるべく丁寧に接する様に心がけている。机の上には皮袋が乗っている。護衛は視線をさ迷わせた後、息を吐いた。


「中身は知らない。ただ、王都に滞在していた時、このブレスレットを運ぶ様言われて金を渡されたから、そうしただけだ」


「なるほど。誰へと運ぶ予定だったんですか」


「これから俺たちのいく国の空港で待機している人がいるから、そいつに渡せばいいと」


「特徴は?」


「知らない。ただそれを嵌めていれば、話しかけられるだろうと」


「ふむ……」


 同じ様な話は枚挙に遑がない。結局この護衛はただの運び屋として使われただけなのだろう。王都でその話を持ちかけられたのだとすれば、それはもう騎士団の仕事の範囲だ。ルドルフ達の出る幕はない。


「商人と他の護衛はこのことをご存知で?」


「いや、俺一人で勝手にやったことだ」


「ではその話、これからやってくる王都の騎士団にもお話頂きます。それまでここで待機をお願いします」


 部屋を出ると前室で待機させられている商人が苛立った様に立ち上がり二人に詰め寄ってきた。


「おいおい、どうなっている?我々の乗る飛行船は間も無く出発する。この件に私は無関係なのだ、さっさと出発したいのだが」


「申し訳ありませんが、そういう訳には。貴殿の無実が証明されれば代わりの飛行船のチケットが発行されますので、それまでお待ちいただけますか」


「こちらには取引先との商談のスケジュールがある!余計な時間のロスをする訳にはいかないんだ」


「そうはおっしゃいましても」


 ルドルフが淡々と言い聞かせても、商人は苛立ちを募らせる一方だった。


「たかが護衛一人のせいで、大切な取引をパアにする訳にはいかないんだ!」


「まあでも、その護衛を雇ったのも貴方でしょうが」


 つばを撒き散らさんばかりに喚く商人に、明るく声をかけたのはデルイだった。


「部下の失敗を背負うのも責任のウチですよ。無実が証明されれば今日には別の便で出発できるんだから、数時間の辛抱ですって」


「何を……!」


「まあまあ、とにかく一緒に話をしてもらわないと困るんで。どうせ後数分で騎士が来ますし、ちょっと落ち着いて待っててください」


 言うだけいうとデルイはさっさと出ていった。ルドルフも会釈を一つして部屋の扉を閉めて出た。簡単に開かない様に魔法錠をかけておく。

 

 騎士数人は予定通りやって来て、数分ルドルフ達と話したのちに詰所の部屋へと入っていく。ルドルフとデルイは哨戒任務を再開すべくターミナルへと足を向けた。

 

「隠蔽魔法によく気がついたな」


 道すがらにルドルフが言った。


「俺は言われるまで気がつかなかった。もしかしたら見逃していたかも知れない」


「あれは隠蔽の仕方が上手かったからな」


 デルイが相槌を打った。


「探知魔法が得意なのか?」


「得意っちゃ得意だけど、その前に空港内にいる人間の表情や動きで人となりを判断して、怪しそうな奴がいたら探知をかけてみるって感じすかね」


 気軽に言うが、それほど簡単なことではない。空港内には数多の人間が集っており、全員に注意を配るのは大変なことだし、その中からわずかな表情の機微で怪しげな奴を絞るのは難しく一朝一夕で身につく技ではない。デルイは入職わずか一年だ。相方にも恵まれていない様だし、職場で身につけた訳ではないだろう。


「いい眼を持っている」


「洞察力はいい方かもな」

 

 仕事の相方にするなら申し分ない実力者だと思った。

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