バブル45転生課総務班

村雨雅鬼

第1話

A「課長?」

B「zzz」

A「急ぎの用件です」

B「なに?」

A「バブル98からの受け入れ依頼ですよ、課長」

B「98?そいつは十進法だろうな」

A「はい」

B「おう、うちは十進法しか許さねえぞ、特に異世界のナンバリングはな。アカーシックレコードは送ってきたか?」

A「……はい、今届きました。転生元は98における銀河系:太陽系:地球:ユーラシア大陸、型は人間の男性。魂の稼働期間は地球時間で35年間。最後は路上で酔って女性に絡み、逆上した女性の配偶者に刺されて死亡」

B「三十五年てのは短いな。次はスライムにでもしとくか?」

A「うちの世界では、人間レベルの魂はスライムには転生させられませんよ。スライムレベルの魂空間が飽和してるんです」

B「あーあ、それでうちのスライムをよそに転生させようとすると、スライムは受け入れ先がなくて路頭に迷うんだぜ、レベルを上げる方がハードル高いしな。やってられねえよ。で、なんでうちなんだ。人間なんだったら1024とかでもいいだろうよ、別に」

A「それが、1024、20599に打診して、既に断られていますね。どうも、カルマ指数が高すぎるようです」

B「見せろ。……58か、高くも何ともねえじゃねえか。平均よりはちょっとくらい上かもしれないが、まあ普通だろ。カルマを下げていく方向で全体を回し始めたせいで、カルマ指数がデフレしてるんだよ。待て、これも十進法だろうな?」

A「はい、1024と20599も同様の認識です」

B「ならよし、前に二十進数で送ってきた奴がいるからな。こいつのレコードを見せてくれ」

A「前世はバブル3511で、ダークエルフでした。担当者のメモで、女騎士に暴行しようとして、返り討ちにあって死亡、と書いてあります」

B「小物じゃねえか……。その前は?」

A「40972で、待機期間ですね……。更にその前は、28で、多額の借金を踏み倒そうとして殺された、と書いてありますが、何の種族だったかは担当者の不備で記載がありません」

B「あのさあ、思うんだけど」

A「はい?」

B「我々はさあ、魂が成長するっていう期待で異世界転生をやってるんだ。それは嘘なのか?」

A「……」

B「まあ、いいや。レベル別で魂空間の密度を見てくれ。どこが空いてる?最悪ゴブリンくらいでもいいだろう」

A「……虫」

B「虫、か」

A「虫、ですね」

B「さすがにちょっとなあ……。虫じゃカルマ指数の下がりようもないだろうし。他にないの?」

A「厳しいですね……。割と寛容に受け入れてるんですよ、うちは」

B「しょうがない。運が良ければ何かに貢献して徳でも積めるように、いい感じのスキルでもやるか。虫にアタッチできるスキルって何がある?」

A「いや……」

B「……」

A「……」

B「できるだけ綺麗な虫にしてあげるようオーダー出しといて、せめて」

A「でも、課長がすぐそう言うせいで、綺麗な虫だらけですよ、うちの世界」

B「いいじゃねえか、見て楽しいだろ。知能のある種族の心でも癒せればちょっとくらいカルマも下がるってもんだ。だいたい、解脱に至る魂が少なすぎるんだ。輪廻を脱出する要件を緩和した方がいいんじゃないのかね」

A「それは、天上が納得しませんよ」

B「上ってのは、だいたい現場をわかってねえんだ。それでいて新規の魂を追加しようとしやがる。それに、この転生システムの非効率さを見てみろよ。色んな世界で、テクノロジーは高度に発展してるんだぜ。地上から知恵の一つや二つ借りてきて、マッチングシステムでも実装したらいいじゃねえか。まあいいや。こいつはうちで引き取って、98に恩義を売っとこう」

A「オーダー、出しますね。レベル変更の理由は」

B「他に空きがないからってのでいいよ。それと、初期空間座標の希望は、45の地球に似ている場所にしてくれ。いくら記憶は除去されているとはいえ、前の世界とあまりにも違う物理環境だと、たまにバグる奴がいるからな」

A「そうすると、当てはめる肉体も、45地球に存在するものと似たような形状になりますね。型は、45に存在する虫のテンプレートを参考に送っておきましょうか」

B「それがいい。それにしてもおかしいだろ。重罪人ほどひどい世界に送られて、一気にカルマを精算し、解脱に至ったりするんだぜ。こういう中途半端な魂ほど、いつまでもぐるぐる転生して、魂空間を圧迫しやがる」

A「……」

B「……」

A「課長、マッチングが完了しました。詳細なアドレスが追って送られてきます。写像班が作業に着手するようです」

B「よし。次こそ多少は誰かのためになる生涯を送れよ。たぶん、無理だろうけど」




 カカナは窓を磨く手を止め、汗を拭い、明るい緑の空を仰いだ。三つの月と一つの火球が白い影を落としている。幻想的だが、眺めている暇はない。主人が帰ってくるまでに、掃除を終わらせ、夕食を準備しておかなければ、折檻が待っている。どんな苦難も試練であり、辛抱強く耐え忍べば、死後には楽園に生まれ変われるという神々の教えも、今は慰めにならなかった。どれだけ信じたところで、神々からは何のサインもなく、閉ざされた灰色の日々が果てしなく続くだけだ。実は神々など存在しないか、自分のことなどとうに見捨てているのではないか。不遜な考えが頭を過ぎると同時にどっと疲れを感じ、ため息をついて身をかがめ、桶に雑巾を浸したカカナは、壁際でじっとしている見慣れぬ小さな生き物に気がついた。油で磨き上げたかのようによく光る楕円形の体で、一対の長い触覚を持っている。折りしも紫にたなびく雲の合間から陽光が差し、影の中に虫の姿をはっきりと浮かび上がらせた。それは、この世のものならぬ輝きに見えた。カカナは雷で撃たれたように思わず跪き、虫に話しかけた。

「あなた、どこから来たの。神の使いなの」

 稲妻のように雲が閉じ、再び部屋は闇に包まれ、気がつけば虫は目にも止まらぬ速さで、開け放たれた玄関から逃げて行った。カカナが玄関に走り寄った時には、既に虫の姿はなかったが、カカナの口元には微かな笑みが浮かんでいた。今起こったことは、天の啓示だと知っていたからだ。カカナのために、神々が小さな奇跡を送ってくれたのだ。



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