第十話 俺も出動するんですか?

「あと取材受ける予定なのは俺だけなんだけど……」


 赤間さんがそう言うのと同時にぐぎゅるるる~~~と俺の腹時計が、ポッポーポッポーと壁の鳩時計が鳴った。


「その前に妖精災害対策課魔法室自慢の食堂にランチしに行きますか!」


 腹を押さえて照れ隠しにヘラヘラと笑う俺を見て、赤間さんはニヒッと歯を見せて笑った。緑川さんも微笑んでうなずく。妖精災害対策課魔法室自慢の食堂……と、声には出さずに繰り返して俺はゴクリと生つばを飲み込んだ。

 なんだか期待できそうな雰囲気だ。


 ***


 シックな両開きのドアを開けた瞬間――。


「ごちそうさま、パパ!」


「はーい、お粗末さまでした!」


 童貞魔法使いたちの職場兼住居である妖精災害対策課魔法室の食堂には似つかわしくない単語と声が耳に飛び込んできた。


「お客様……? こんにちは。進にい、慎吾にい、おかえりなさい」


 大人びた微笑みで礼儀正しくお辞儀したあと、俺たちの横を通り過ぎて行ったのは単語と声には似つかわしいけど、この場にはやっぱり似つかわしくない小学校高学年くらいの女の子だった。

 ぽかんと口を開けて女の子の背中を見送る俺の間抜け面に気が付いたのだろう。


「こんなところに子供がいるなんてびっくりするよね」


 キッチンから顔をのぞかせていた〝パパ〟がくすくすと笑いながら言った。背が高くてがっしりとした体格の、でも垂れ目が優し気な男性だ。


「え、あ、いや……」


「俺の娘でね、ここでいっしょに暮してるんだ。……かわいいでしょ?」


 大して長くない髪をキッチリ一つ結びにして、真っ白なシャツに黒のエプロンをつけた〝パパ〟は垂れた目をだらしなーく下げて言った。親バカオーラ全開だ。

 この〝パパ〟が妖精災害対策課魔法室の食堂のシェフなのだろう。魔法使いじゃないのなら子持ちでも不思議じゃない。納得してうなずいていた俺は、


茶山さやまさーん! 茶山さん、茶山さん! 今日のお昼はなんですかー!!」


 赤間さんの大声にビクーッ! と肩を震わせた。


「今日のお昼はホワイトソースのふわとろオムライスだよ。ちなみに唐揚げ付き」


「大盛りで! オムライスも唐揚げも大盛りで!!」


 テンションが上がって声のボリュームも爆上がりしている赤間さんに緑川さんは顔をしかめ、〝パパ〟こと茶山さんは苦笑いする。


「はーい。赤間くん、大盛りね」


「茶山さん、俺たちは普通盛りでお願いします」


「はいはーい。緑川くんと記者さんは普通盛りね。手を洗って、うがいして、席について待っててくださーい」


 にっこりと笑って茶山さんはキッチンの奥へと戻っていった。

 紫村さんがドテマのお父さんなら茶山さんはドテマのお母さんといった感じだ。赤間さん、緑川さんといっしょになって茶山さんに言われたとおりに手を洗って、うがいをして、席につきながら俺はくすりと笑った。


 席についた瞬間――。


「どうだった? ここまで取材してみて」


 向かいの席に座った赤間さんに聞かれて俺は視線を宙に向けた。取材を受けてくれたのは魔法使いの紫村さん、魔法使い見習いの黒木くん。話を聞かせてくれたのが桃瀬さん、青柳さん。

 なんというか――。


「……それぞれにいろいろと理由や事情があって魔法使いになったんですね」


 心からそう思ってるんだけど……。

 気持ちの重さに反して薄っぺらい言葉しか出てこなくて、情けなくなって、俺はヘラヘラと笑って目を伏せた。


「青柳さんと桃瀬さんみたいな理由は予想してなかったでしょ。戦隊ヒーロー物に憧れて、とかさ!」


 俺の情けないヘラヘラ笑いなんて気にしても気付いてもいないようすで赤間さんはケラケラと笑った。


「まぁ、俺も似たようなものですが。憧れが理由でここに入ったので」


「そうなんですか?」


 聞き返すと緑川さんははにかんでメガネを押し上げた。


「俺は紅野さんに憧れて……」


「俺たち!」


「……俺たちは、紅野さんに憧れて魔法使いになったんです」


 赤間さんに遮られて緑川さんは呆れ顔でため息をついた。緑川さんが言い直すのを聞いて満足げにうなずいていた赤間さんだったけど――。


「昔、妖精に襲われて紅野さんに助けてもらったことがあるんです。そのときに……」


「って、ストップ! ストーップ!!」


 話を続けようとする緑川さんにバシバシと机を叩いた。赤間さんの大声に緑川さんは露骨に顔をしかめる。


「それは俺が取材受けるときに話すつもりなんだよ! 取るなよ、俺の話!」


「そうか、そうか。悪かったな」


「そんなことよりも!」


「……そんなこと」


 緑川さんの渋い顔なんて気にも留めずに赤間さんは身を乗り出した。


「佐藤くん、魔法使いの素質あるんだ!」


 唐突に話を振られて目を丸くした俺は、赤間さんにキラキラした目で見つめられて首をすくめた。

 魔法使いの素質がある=もうすぐ三十才になるのに童貞ということだ。赤間さんも童貞なんだろうけど、多分、理由や覚悟があって童貞をやっていて、魔法使いをやっている。そんな赤間さんと俺とでは〝魔法使いの素質がある〟ことの意味は全然違う。


「どう? 良かったら警察庁妖精災害対策課魔法室うちに入らない!?」


「え、えっと……」


「危険な仕事ではあるけど必要とされてる仕事でもあります」


 緑川さんまでそんな真剣な表情で……。


「給料いいし、家賃タダだし、メシもウマいよ!!」


 困りに困って引きつった愛想笑いを浮かべていた俺だったけど、赤間さんの真剣なんだろうけどズレたアピールにちょっとだけ頬が緩んだ。


「給料よくて、家賃タダで、メシがウマいってのは魅力的ですね。本当に魔法使いになれたら転職しちゃおうかな」


 ヘラヘラと愛想笑いしながら愛想を言った俺は――。


「記者さんは……佐藤くんは魔法使いになるつもりなの?」


 美味しそうなにおいと冷ややかな声に慌てて振り返った。そこには手慣れたようすで大きめの皿三枚を持った茶山さんが立っていた。


「……そ、そういう選択肢もあるのかな、なんてぇ……」


 茶山さんの冷ややかな声と視線にしどろもどろで答えてしまったけど、すぐに後悔した。


「その程度の気持ちなら魔法使いになろうだなんて思わないでくれるかな」


 ピシャリと返されて首をすくめる。


「すみません、茶山さん。軽率に魔法使いにならないか、なんて誘ってしまった俺と赤間が悪いんです」


「レベル2の妖精が見えるやつって……魔法使いの素質があるやつって珍しいから。だから、ついつい嬉しくて!」


「だとしても、ハッキリと言っておいた方が彼のためだと思うよ」


 緑川さんと赤間さんを一瞥いちべつしたあと、再び俺に向き直った茶山さんは淡々と言った。


「中途半端な気持ちで妖精災害対策課魔法室うちに入ってこられても迷惑なだけだよ。佐藤くんが死ぬか、佐藤くんのせいで誰かが死ぬだけだ」


 きつい言葉に反してそっと置かれた皿にはホワイトソースのかかった本格的なふわとろオムライスとにおいだけで美味しいとわかる唐揚げが乗っていた。

 茶山さんのピリピリとした空気と目の前のごちそうにゴクリとつばを飲み込んでいた俺は――。


『西区に妖精が出現したとの通報あり。至急、現場に出動を』


「ひぇ……!」


 突然、頭の中に響いた白瀧さんの声に俺は情けない声をあげた。


「慣れないとびっくりするよなー」


 苦笑いで言う赤間さんに同意するように緑川さんがうなずいた。どうやら二人にも白瀧さんの声は聞こえているらしい。

 それから――。


『出現した妖精のレベルは?』


 茶山さんにも。

 目の前にいる茶山さんは唇一つ動かしていないのに、茶山さんの声が聞こえてくる。違和感にめまいを覚えて俺は額を押さえた。


『小振りのレベル4が一体と取り巻きのレベル3が三体だ』


『報告があがってきてるのは、ね。フツーの人たちには見えないレベル2も大量に集まってきてると思うよー』


 白瀧さんの声に続いて銀さんの声も頭の中に響いた。


『小振りのレベル4が一体。なら、大丈夫かな』


『何をする気だ、茶山くん』


 白瀧さんの声に反応して茶山さんが唇の片端をあげた。


『せっかく取材に来てくれたんです。佐藤くんにも現場を見てもらいましょう』


「へ……?」


 すっとんきょうな声をあげる俺を見下ろして茶山さんは言葉を続けた。頭の中に響く不思議な声じゃなく、唇を動かし鼓膜を震わせて聞こえてくる声で。


「魔法使いと妖精の戦いがどんなものか、実際に見てみたらいいよ」


 茶山さんが言った言葉の意味を咀嚼そしゃくして、飲み込んで。ふむ……と、一つうなずいた俺は――。


「えええぇぇぇぇぇぇえっ!!!?」


 テンションがあがったときの赤間さん以上のボリュームで絶叫したのだった。

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