第22話 暴露

 結局、シリルの案内するお菓子屋まで二人が俺の腕を離すことはなく、周囲にジロジロと見られながら王都を歩いた。


 ……なんて拷問だよ、これ。


 流石にお菓子屋に着くと、腕を組んだままでは店内を歩けないということで二人とも腕を離してくれた。


 助かった……。


「わお! さすが地元民! いい店知ってるね!」


 そのお菓子屋の品揃えを見て、アビーが感嘆の声をあげた。


 俺も店内を見渡してみたが、なるほどアビーが感嘆するのもよく分かる。


 所狭しと陳列されているお菓子は、普通の店舗ではあまり見ないサイズ。


 しかも、それが安い。


「え、こんなサイズ、こんな値段で売っていいのか?」

「ここはお菓子の問屋だからね。これでも儲けが出るんだってさ」


 そういうことなら遠慮はいらない。


 とりあえず、今日の歓迎会の分と、明日以降の自分のお菓子も買い溜めしておこう。


 店内では、各々好きなお菓子と、皆で食べられるお菓子を選ぶということで、別行動することになった。


 買い物かごを持ち、お菓子を色々と物色していると、籠を持っている方の腕の袖を掴まれた。


 なんだ? と思って視線を向けると、そこにいたのはステラだった。


「……どうした? お前、今日ちょっと変だぞ?」


 俺がそう言うと、ステラは今日何度か見たグッと唇を噛む仕草を見せた。


「あ、あのね……」

「……ああ」

「き、今日の夜って、時間……ある?」

「んー、何時まで歓迎会やるとか決めてないんだよな」

「……そ、そっか」

「おう」

「……じゃ、じゃあさ!」


 ステラはそう言うと、自分を落ち着かせるように一度深呼吸した。


「……遅くなってもいいから、終わったら連絡くれない? フェリックス君に話があるの」

「話? それって大事なこと?」

「うん……とても、とても大事なこと」

「あー、うん、分かった。じゃあ終わったら連絡するけど、何時以降はダメとかって時間あるか?」

「いつでも……何時でもいいから。必ず連絡して」

「お、おう。分かった」

「良かった……じゃあ、お願い」


 ステラはそう言うと、お菓子選びに戻っていった。


 一体なんの話があるんだろうか?


 ここで話さなかったということは、人に聞かれてはマズい話なんだろうか?


 まあ、なんにせよ、今日電話すれば分かる話か。


 一旦その考えは横に置いて、俺はお菓子の物色に戻った。


 低価格で大容量という、学生に取っては夢のようなお店での買い物は、皆満足だった。


 各々会計を済ませ、さっきのバス停まで戻ってくる。


 ステラとハンナさんが住む医学校の寮もその近くにあるらしく、バス停まで二人は同行してきた。


 その帰り道では、流石に周りに迷惑だと思ったのか、頭が冷えて冷静になったからなのか、二人とも腕を組んでくることはなかった。


「じゃあな」

「うん、ばいばい」


 バスに乗り込む際にステラに声をかけると、ステラは小さく手を振って挨拶をしてきた。


 なんだか、今日のステラは様子がおかしかった。


 ステラはケインやエマと違って、俺へ否定的な態度は取ってこなかったけど、ずっと余所余所しい感じだった。


 それが、今日一日で急に距離を詰めてきた。


 ステラがいつ王都に来たのかは知らないけど、割と内向的なステラのことだから、知り合いがいなくて寂しくなったんだろうか?


 でも、友達っぽい子と一緒にいたし、そうでもないのか?


 分からん。


 まあ、今日の夜に電話で話があるって言っていたから、その時にでも聞けるだろう。


 こうして士官学院まで戻ってきた俺たちだったが、なぜかプリシラがずっと俺の横にいた。


 こいつも、今日、急に距離を詰めてきたよな。


 俺とプリシラは、家族構成などに共通点が多かった。


 特に父親の役職については、各街に一人しかいないんだから、同じ境遇の人間なんでいなかっただろう。


 しかし、それにしても距離が近い。


 今ままでは俺たち全員に塩対応だったのに、その変わりように本当に同一人物か? と疑いたくなる。


 寮に戻ってから始まったお互いがお互いの入学を祝うパーティーの間も、なぜか俺の隣の席をずっとキープし続けていた。


 お陰で、アビーとアイラからずっと揶揄われていた。


 まあ、プリシラも「今まで同じ境遇の人がいなかったから」と俺の予想通りの答えをしていたから、俺のことが気に入ったとかではなく、話が合う人間に初めて会って浮かれているのが正解だろう。


 結局、パーティーの方は、いつもより食事が豪華で、お菓子とジュースが多い夕食って感じになった。


 明日も授業があるので、あまり遅くならないうちにお開きとなり、部屋に戻った俺は、シャワーを浴びてからステラに電話をかけた。


 まだ寝るには早い時間だから起きてるだろうと思って電話をしたが、ステラは一コールで電話に出た。


『は、はい。ステラです』

「お、早。ああ俺、フェリックス」

『う、うん! 電話ありがと』

「まあ、約束したしな。それで? 話ってなに?」

『……いきなりだね。それより、パーティーの方は盛り上がったの?』

「うん? まあ、元々俺ら人数が少ないからそれなりに交流があったしな。いつもより騒がしい夕食って感じだった」

『ふふ、そっか。そ、それで……プリシラさんとも話したの?』

「ああ。アイツと俺の家族構成が似ててさ。プリシラの親父さんも街の警察本部長なんだと」

『そ、それで、仲良かったんだ』

「まあ、今日それを知ってから、急に話すようにはなったな」

『ちなみに聞くけど、つ……付き合ったりは、してないんだよ、ね?』

「話すようになったのが今日からだからな。今日仲良くなってすぐ付き合うとかねーよ」

『そ、そうだね』

「で? 話って?」

『あ、う、うん。あ、あのね?』

「うん」

『……私、フェリックス君に嫌われるようなこと……なにかしたかな?』

「……」


 ステラの問いに、俺はすぐに答えられなかった。


 なぜなら、ステラからはなにもされていないから。


 避けてたのは俺の都合。


 それだけじゃないけど、ステラに非はない。


『ね、ねえ……』

「……別に、なにもされてない」

『なら……なんで避けてたの? 私……フェリックス君に嫌われたと思って、それから話し掛けられなくなったんだよ……』

「……別に嫌ってない」

『嫌ってないなら、なんで?』


 ステラには非はない。


 けど、あまりにも能天気なその言葉に、俺はカチンときた。


「俺が嫌ってたんじゃなくて、お前らが俺のこと嫌ってたんだろ」

『え?』


 自分でも驚くくらい、低い声が出た。


 俺からそんな声をかけられたことがないステラが、電話越しでも絶句したのが分かった。


「今でも覚えてるよ。エマやケインが俺に勝ったとき、二人が勝ち誇った目で俺を見てきたこと。それに便乗して今までの態度から掌を返して周りの皆が俺を見下して、俺から離れていったこと。その中に、お前もいたこと」

『……え』

「お前たちに、俺が何もかも勝てなくなったあと、お前らは三人でよく連むようになったよな? 俺は、中等学院に入ってから、お前らと一緒にいた記憶なんてない」

『そ、それは……』

「俺がどんなに努力しても、一度付いた差は埋められなくて、勝てなくて、負け続けて、周りから更に見下されて、誰にも相手にされなくなってたとき、お前、エマやケインと楽しそうにしてたじゃん」

『……』

「避ける? はっ。そりゃ避けるよ。俺がお前らに話しかけたら『お前如きがなに話しかけてんだ?』って、また周りから責められるんだからな」

『……』


 ステラへの劣等感以外でステラを……というか三人を避けていたのはそういう理由もある。


 周りの人間が、俺を三人から遠ざけようとしていたんだ。


 さっきから、ステラの返事がない。


 けど、中等学院時代を思い出したせいで負の感情に支配されていた俺は、言葉を止めることができなかった。


「おまけに、エマやケインからは毎日『怠けてる』だの『やる気がない』だの『もっと真剣になれ』だの、的外れな文句ばっか言われてさ。やってたよ! 真剣に努力してたよ! けどお前らとは訓練に掛けられる時間が違うんだよ! なんでそれが分かんねえの!? お陰で周りの連中にまで落ちこぼれ扱いされたよ」

『ご、ごめ……』

「別にステラが謝る必要ねえだろ。お前はなにもやってないんだから。けど、お前はケインやエマと楽しい中等学院生活を送っておいて、なに言ってんの? とは思ってる」

『ち、違うっ!! 私! そんなつもりなかった!』

「違うって、どういう意味?」

『わ、私は! フェリックス君と仲良くしたかった! 仲間外れにするつもりなんてなかった!!」


 電話口で叫ぶステラの声を聞いても言い訳にしか聞こえなかった。


 だから、言わずにいようと思っていたことまで喋ってしまった。


「へえ。試験後の打ち上げにも、卒業式後にも誘われてないのに?」


 まるで……じゃなくて、ただの嫌味だ。


 これを話してしまうと、俺が仲間外れにされていたことを自分で認めるみたいで言いたくなかった。


 けど、ステラの勝手な言い分を聞いて、思わず言ってしまった。


『そ、それは……』

「まあ、それ以前から気付いてたけどな。俺、こんなに嫌われてたんだなって実感したわ」

『……っく』


 電話口で、ステラが嗚咽を漏らしていることに気付いた。


「……なに泣いてんの?」

『うぅ……ひっ……ご、ごべんなさいぃ……そっ、そんなっ、つもりじゃ、なくてぇ』

「じゃあ、どんなつもりだったんだよ?」

『ひっ、うぅ、なんっ、でっ! なんで、こんなことに、なっちゃったの!? わ、たしはっ! フェリッ、クス君とぉ、たの、しぃ、ちゅ、とうがくいん生活をぉ、送りたかったのにぃ!』

「知らねえよ。周りの人間のせいじゃねえの?」


 本当に、ステラのせいではなくて、ケインやエマ、それに周りの人間のせいだと思っていたので、素直にそれを口にしたところ、ステラの様子が変わった。


『嫌い嫌い!! エマちゃんも! ケイン君も! 他の皆も! みんな嫌い!!』


 突然、今まで中等学院で仲良くしていた人間たちを嫌いだと言い始めた。


 これには面食らってしまった。


「お、おい、ステラ……」

『エマちゃんやケイン君がフェリックス君を責めるような真似をしなければ! 周りの皆もフェリックス君を嫌ったりしなかった!! 全部! 全部あの二人が悪いんじゃん!!』

「……いいのかよ? あの二人、友達じゃねえの?」


 ステラは、さっきも言ったがケインやエマと仲が良かった。


 その友情に、俺の心情をステラ暴露してしまったことで罅を入れてしまった。


 流石にそこまで目論んでいなかった俺は、一応取り成すようなことを言ってみたのだが、ステラの様子は変わらなかった。


『……ッズ。別に、もういいよ。私は医学校を卒業したら医者になるし、あの二人との接点もなくなるだろうから』

「……友情なんて呆気ないもんだな」

『で、でもっ! フェリックス君とはずっと仲良くしてたい! 中等学院時代を無駄にしちゃったから、これから一緒にいたいよ!』

「いや、学院が違うんだから、ずっとは無理だろ」

『う……じゃ、じゃあ、時々でいいから、会ってくれる?』

「……まあ、時々でいいなら」

『……うん。それでいい。ありがと』


 そういうステラの声は、ようやく泣き声から普通な感じになった。


「んで? 話ってこれのこと?」

『うん……そう。ちゃんと理由が分かったし、これからも会ってくれるって約束してくれたから、もう大丈夫』

「まあ、頻繁には無理だけどな」

『それでもいいよ。正直、卒業したあと、もう会えないと思ってたから……』

「携帯番号知ってんだから、連絡してくりゃ良かっただろ」

『そ、そうなんだけど……勇気が出なくて……』

「まあ、これから連絡くれればいいだろ。まあ、俺も勉強とか訓練とかあるし、メッセージの方がありがたいけど」

『うん。じゃあ、毎日メッセージするね』

「毎日は迷惑だな」

『ひどい』

「うるせ。お前の方が勉強大変だろうが。そっちに集中しろ」

『うん……えへへ。ごめんね。めっちゃ泣いちゃった』

「もう大丈夫か?」

『うん』

「……俺も、酷いこと言って悪かった」

『ううん。なにも酷いことなんて言ってないよ。それは私たちがフェリックス君に与えてしまった傷だから。だから、フェリックス君は私に言う権利があったの』


 ついカッとなって、八つ当たりでステラに色々と言ってしまったことを、ステラは気にするなと言った。


 まあ、正直、ステラは流されやすい性格をしているから、周りに同調したこともあるんだろうけど、ステラにそんなことを言ったらまた泣くかもしれない。


 なので、この話はここで終わりにすることにした。


「じゃあ、もう遅くなったし、そろそろ寝るわ」

『……うん。じゃあ、おやすみ、フェリックス君』

「ああ、おやすみ」


 そう言って、通話を終了した。


 ステラとの通話が終わったあと、俺は携帯を持ったままベッドにダイブした。


 ……昔のことを思い返すのは、正直しんどかった。


 けど、ステラと話したことで、胸のつかえが一つ取れた気がする。


 心に疲労感を感じていた俺は、そのまま眠りについた。


 

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