第20話 同じ境遇

 入学式と、教室での先生との顔合わせのあと、俺たちは全員揃って寮に帰ってきた。


 普通なら教室に残って親睦を深めるのだろうが、俺たちは元々六人しかおらず、しかも寮が同じなので今日までの数日間とはいえ、すでに親睦は深められている。と思う。


 ……俺が監督生なのは全然変わってくれなかったけどな!


 むしろそのことで皆が一致団結したような気さえする。


 ともかく、剣士科、魔法科と校舎すら違う俺たちは他の科の生徒たちと顔を合わせることすらせずに寮に辿り着いた。


「さて、こうして寮に戻ってきたわけだけど、これからどうする?」


 そう切り出したのはアビーだ。


「どうするって。部屋に戻って休むとか、入学式が終わったから訓練場で自主練するとかか?」


 俺がそう言うと、アビーは片手で顔を覆って天を仰いで叫んだ。


「真面目か!? あたしが言いたいのは! 折角入学式が終わって正式にここの生徒になったんだから、お祝いしようよってこと! あたしたち、この寮に来てからそういうのしてなかったでしょっ!!」


 アビーの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。


 言われてみれば、確かにアビーの言う通り、俺たちはこの寮ですでに数日共に生活をしていて親交はあるけど、そういうお祝い的なことはしていなかった。


 だって、俺たちがこの学科と寮の一期生だから、歓迎してくれる人がいなかったから。


「それもそうね。折角の機会だし、入学祝いをしましょうか」


 アビーの提案に一番に乗ったのは、意外にもプリシラだった。


 彼女はいつも冷静で俺たちから一歩引いている印象だったので、こういう会に積極的に参加しようとするとは思いもしなかった。


 しかし、一番参加しなさそうなプリシラが賛同したことで、俺も含めて他の皆も入学祝いをすることを了承した。


「で、どこでやる?」


 俺がアビーにそう訊ねると、アビーはキョトンとした顔をした。


「え? ここでいいでしょ?」

「ここって、寮?」

「そう。王都で食べ物とかお菓子とか買ってきて、談話室でパーティーするんだ!」


 なるほど。それなら門限も気にしなくていいし、疲れたらそのまま部屋に戻ればいいわけだ。


「そうだな。そうしようか」

「あ、それなら、僕いい店知ってるよ。お菓子の量が多くて安いんだ」


 こういう時、王都出身のシリルがいるのはありがたい。


 なんせ、地方出身の俺たちでは知らない地元の情報を知っているからな。


「あら、じゃあ皆で買い物に行ってきなさいな。それまでに私がお祝いの料理を作っておいてあげるわ」


 俺たちの会話を聞きつけた寮母のサリナさんがそう提案してくれたので、俺たちは揃って王都に繰り出すことにした。


 ちなみに、俺たちは士官学院生で准軍属となるため、外出時は制服着用となっている。


 服装に気を使わないで済むのはありがたいが、外でも士官学院生だと見られるので緊張する。


 まあ、准軍属として恥ずかしくない行動をしろという学院側からの圧なんだろうけどな。


こうして俺たちは六人で王都に繰り出すことにした。


 そういえば、今まで王都には生活必需品の買い出しなどで何度か出たことはあるけど、いつも一人だった。


 こんな大人数で出歩くなんて、地元にいたときから考えても久しぶりだな。


 そういう意味で、ちょっとワクワクしながら、俺たちは学院を出た。


 学院を出た俺たちは、シリルの案内で魔道バスに乗り込む。


 なんでもその店は、学院から少し離れたところにあるらしい。


 今までの買い物は学院周辺で全て事足りていたので、王都でバスに乗るのは初めてだ。


 シリル以外の俺たち五人は、地元の街とは違う広大な都市である王都の景色に圧倒されていた。


「ふぉお……道路広い、建物高い……」


 田舎者丸出しな発言をしているアビーだが、俺たちはそれを笑えなかった。


 俺たちも、同じ感想だったから。


「王都は面積も広いけど人口も多いからね。一軒家ばっかりじゃ建物が間に合わないんだよねえ。だから、僕の実家も集合住宅だよ」

「へえ。私の実家は一軒家よ。それについては地方都市の方が恵まれているのかしら?」


 プリシラの家は一軒家らしい。


「俺ん家も一軒家だけど、家は一階が店舗だから、住むスペースはあんまり広くないんだよな」


 そう言うのはベニーだ。


「店舗? 実家は商売をしてるのか?」


 ベニーから初めて実家の話を聞いたので、思わず深掘りしてしまった。


「ああ。ハーマンは海辺の街だからな。家じゃあ海産物を売ってるんだ。お陰で家が魚臭くてな」


 ちょっと顔を顰めてそう言うベニーが面白くて、俺たちは思わず笑ってしまった。


「いいなあ。あたしんちは地方都市だけど、集合住宅だったよ。そんで兄弟が多いからさ、自分専用の部屋がないの」

「あ、私も集合住宅だった。私は一人っ子だから自分の部屋があったけどね」

「ええ〜、羨ましい」


 アビーとアイラは集合住宅らしい。


「フェリックス君は?」


 アビーとアイラがキャッキャしているのを聞いていると、プリシラが俺に話を振ってきた。


 あ、まだ言ってないの俺だけか。


「ウチは一軒家だったよ。一人っ子だから、自分の部屋もあった」


 俺がそう言うと、アビーとアイラがジッと見てきた。


「なに?」

「……なんかさあ、フェリックス君から勝ち組の匂いがするんだけど?」

「ねえ。自分の部屋があったのは私も一緒だけど、一軒家じゃなかったもん」

「はあ? 一軒家で自分の部屋持ちなんていくらでもいるだろ? プリシラはどうなんだよ?」

「私? 私もフェリックス君と同じね。一人っ子の部屋持ち」

「ほら、結構そういう奴はいるんだから、勝ち組もなにもないだろ」

「あら。でも私は、グルー街警察本部長の娘よ。そういう意味では勝ち組かしらね」


 プリシラが、アビーとアイラに謎のマウントを取っている。


 親が大物だったことに驚いたのか、二人は悔しそうな顔をしているしシリルとベニーは驚いた顔をしていた。


 俺は、別の意味で驚いた。


「え? 警察本部長の娘って、マジ?」


 俺がそう聞くと、プリシラは澄まし顔で「ええ」と返事した。


「マジか。そんなとこまで一緒なのか」

「え?」

「「「「「え?」」」」」


 一軒家で、一人っ子で、自分の部屋持ちで、そして親が警察本部長。


 俺との意外な共通点に、急にプリシラに親近感を持った。


 プリシラの方は、逆に驚きで目を見開いていた。


「え……フェリックス君のお父様もそうなの?」

「ああ。フェイマス街の警察本部長。しかも叩き上げだよ」

「叩き上げ……そこは流石に違うわね」

「はは。父親の経歴まで同じだったら、それこそ奇跡だろ」


 プリシラの父親はそうじゃないってことは、警察大学出身なんだな。


 まあ、ほとんどの警察本部長はそうらしいから、父さんの方が珍しいんだけどな。


 ただ、叩き上げ出身故なのか、他の本部長からは一目置かれているらしい。


「ひょっとしたら、うちの父さんとプリシラの親父さん、知り合いかもな」

「そう、ね。そうかもしれないわね」


 俺の言葉に、プリシラはちょっと視線を逸らしてそう言った。


 あれ? なんか機嫌を損ねた?


 あ、もしかして、父親の件でマウントを取ろうとしたのに、俺が潰してしまったから不機嫌になってしまったんだろうか?


 しまったな……クラスメイトと意外な共通点を見つけて、もっと仲良くなれるかもと思って余計な話をしてしまったかもしれない。


 だから地元でも皆に嫌われたのかもな……。


 プリシラの態度にどう反応していいか分からずオロオロしていると、シリルが声をかけてきた。


「おーい、お坊ちゃん、お嬢様、そろそろ降りる停留所だよ」

「誰がお坊ちゃんだ。俺はそんな扱いされて育ってないわ」


 父さんは警察の偉いさんだけど、家は本当に普通だ。


 執事もメイドもいない。


「わ、私もそうよ」


 どうやらプリシラも同じらしい。


 ……本当か? なんか、プリシラは実家でお嬢様とか言われてそうな気がするけど、すでに一回失敗しているので、変なことは言わないようにする。


「そっか。やっぱ、親が偉くても俺らは俺らだもんな」

「! そ、そうよ! その通りよ!」


 俺の言葉に、なぜかプリシラが過剰は感じで同意してきた。


 え、なに?


 っていうか、顔が近い!


「あ、ご、ごめんなさい」

「あ、いや」


 ハッとした感じで身を引くプリシラ。


 急に顔を近付けてきたものだから、俺も思わずドキッとしてしまった。


「ちょっとお、上流階級の人間同士でイチャつかないでくれますう?」


 パッと離れる俺たちを見て、アビーがニヤニヤしながら揶揄ってきた。


「「上流階級じゃねえよ(ないわよ)!」」


 思わずハモってしまい、顔を見合わせて思わず赤面してしまった。


「はぁ、いいから降りるよ」

「あ、うん」

「ご、ごめんなさい」


 呆れたシリルに促され、俺たちはバスを降りた。


 バスを降りた俺たちは、先導するシリルの後を付いていく。


 その際、なぜか俺の隣にプリシラがやってきた。


「あの……」


 隣にきたプリシラが、オズオズと話しかけてきた。


「な、なに?」


 さっき、妙に顔が近付いてしまったから、俺の方もちょっと返事がオタオタしてしまった。


「さ、さっき、変な空気にしてしまってごめんなさい」

「変な空気?」

「あ、その……私の父と貴方のお父様が知り合いかもって言ったとき、ちょっと変な感じになっちゃったでしょ?」

「ああ、えっと、そう、だったかな?」


 ここで認めると益々変な空気になりそうだったので、咄嗟に誤魔化してみた。


 すると、プリシラは意外なものを見る目になり、やがてクスッと笑った。


「今まで、私と同じ境遇の人なんていなかったから、思わず動揺してしまったの」

「そうだったのか」

「ええ。それに、貴方の言った『親が偉くても、自分は自分』って言葉。とても共感できたわ」

「まあ、実際そうだしな」


 俺が正直に思ったことを素直に話すと、プリシラはまたクスクス笑った。


「どうした?」


 なんかプリシラが急に楽しそうな雰囲気になったので、気になって声をかけると、プリシラはジッと俺を見上げてきた。


「私、貴方に興味が出てきたわ。これまであまり交流がなかったけど、これからは仲良くして頂戴ね? フェリックス」

「お、おう」


 急な呼び捨てに、思わずドギマギしてしまう。


 本当に、急にどうしたんだ?


 どういうことかと真意を確かめようとプリシラを見るが、楽しそうに微笑んでいるだけで、それ以上なにも言ってこない。


 一体なんだったんだ? 今の。


 と、そう思ったときだった。


「え……フェリックス君?」

「ん?」


 聞き覚えのある声がしたのでそちらを向くと、そこには医学校の白い制服を着たステラが、友人らしき人物と一緒にこちらを見ていた。


 あれ? ここ、医学校の近くだったのか。


 驚いて目を見開いているステラを見ながら、俺はそんなことを考えていた。


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