第18話 顔合わせ

「六人……ですか。それはまた少ないですね」


 とは言ったものの、それはなんとなく気が付いていて納得したのも事実だ。


 なぜなら、シューズボックスに記載されていた名前の数が少なかったから。


 随分少ないなとは思っていたのだ。


「そうねえ。とはいえ、私はただの寮母だからどういう基準で生徒を選んだのかとかは知らないのよねえ」

「そうなんですね」

「そうなのよ。さて、あなたが入寮一番乗りよ。これが部屋の鍵、一号室ね。部屋は全て二階にあるわ。扉に番号が書いてあるからすぐに分かるはずよ。一階はこの食堂と談話室。お風呂もあるけど男女で分かれているから、間違って女性風呂に入らないように注意してね」

「はあ。やっぱり、男女同じ寮なんですね」

「ええ、総勢六人で男女は半々の三人ずつ。三人で一棟使うのは勿体ないでしょ?」

「それはそうですけど、それでも一応年頃の男女ですよ?」


 俺がそう言うと、サリナさんはニンマリと笑った。


「別にそういう関係になっても構わないのよ? 士官学院では男女交際の禁止はしていないもの」

「そうなんですね。でも、もし万が一……」

「子供ができたら?」

「え、ええ」


 俺がそう言うと、サリナさんは笑みを深めた。


「問答無用で退学ね」

「……ですよね」

「まあ、当然よね。士官学院の生徒ということは将来は指揮官になるということ。後先考えずにそんなことをする人に指揮官になる資格なんてないもの」


 ただの寮母さんだというサリナさんだが、その言葉は厳しい。


 将来の士官を預かっているんだから、そういう覚悟で臨んでいるんだろう。


「分かりました、気を付けます」


 この寮には女性も三人入ってくるということだから、普段の生活には十分気を付けよう。


 そう決意していると、サリナさんがニヤニヤしながら俺を見ていた。


「フェリックス君はモテそうだから、十分気を付けなさいよ」

「は、はあ……」


 モテそう?


 俺は今まで誰かと付き合ったこともないし、告白もされたことはない。


 むしろ嫌われていたと思う。


 サリナさんがなんでそんなことを言うのか理解できないまま、俺は割り振られた自分の部屋に行った。


 一号室と書かれた部屋の鍵を開け中に入ると、そこそこ広い部屋だった。


 シングルサイズのベッドが一つと机、小さなテーブルが一つとソファー。あとはタンスとクローゼットがある。


 あとは、小さなミニキッチンとトイレがあるだけのシンプルな部屋。


 テレビはなくて、見たいなら談話室にあるテレビを使うしかない。


 この寮は六人しかいないとのことだから大きな問題はないだろうけど、他の寮はどうなんだろう? チャンネル争いが起きるのだろうか?


 そんなことを考えつつも、荷物を解いていく。


 荷物と言っても着替えと勉強道具がほとんどだ。


 他に生活に必要なものは適宜王都で買い揃えればいいかとあんまり持って来なかった。


 荷解きはすぐに終わって、ソファーに座ってダラッとしていると、階下から話し声とそのあと二階を行き交う人の気配がしだした。


 他の寮生も到着したようだ。


 挨拶をした方がいいんだろうか? と考えていると突然『プルルルル』という音が部屋に鳴り響いた。


 突然のことでビクッとしてしまってけど、よく見ると部屋にはインターホンのようなものが備え付けられている。


 モニターはないので内線だろう。


 ビックリした。


 驚いてドキドキしているのを隠してインターホンを取る。すると寮母であるサリナさんの声が聞こえてきた。


『ごめんなさいねフェリックス君、寝てた?』

「いえ、荷解きが終わってダラッとしてたところです」

『そう、なら談話室に来れるかしら? 寮生が全員揃ったから顔合わせをしておきたいのよ』

「分かりました。すぐに行きます」


 入寮生は俺を含めて六人だからな、あの後すぐに揃ったみたいだ。


 部屋を出て談話室に行くと、そこにはサリナさんと五人の男女がいた。


 男二人と女三人だ。


「さあ、これで全員揃ったわね。じゃあ、お互いに自己紹介しましょうか」


 サリナさんがそう言うと、赤い髪をした女が一番に声をあげた。


「あたしはアビー=フォートレスよ。アビーと呼んでね。出身はロドリゴ街。地元じゃ剣も魔法も使えるあたしに敵う奴がいなくて退屈だったのよ。皆はあたしと同じで剣も魔法も伝えるんでしょう? 楽しみだわ!」


 アビーはそう言うと挑戦的な笑顔を俺たちに向けた。


 ちょっと癖のある赤髪を肩の下くらいまで伸ばしていて、剣も使うからだろう引き締まった身体をしている。


 多分、俺と違って地元じゃ剣でも魔法でも敵なしだったんだろう。


 その顔は自信に満ち溢れている。


 アビーの自己紹介が終わると隣にいた男が声をあげた。


「じゃあ、次は僕かな。僕はシリル=チェスター。シリルと呼んでね。出身はここ王都だよ。まあ、僕は程々に頑張るのでよろしく」


 シリルは、サラッとした茶髪に整った顔立ちで、飛び抜けて長身というわけではないけどスラっとした体格だし、これは女子にモテただろうな。


 自己紹介からは、あんまり覇気を感じないけど。


「なによ、張り合いがないわね」


 その覇気のなさにアビーが早速噛みついている。


「いやあ、僕は実家が王都にあるし、正直士官学院をちゃんと卒業できたら御の字なんで。だから落第とか退学とかしない程度に頑張ろうかなと」

「ちっ、恵まれた環境のお坊ちゃんか……」


 ……薄々気付いていたけど、アビーって口が悪いな。


 それも自信の表れなんだろうか?


 そう思っていると、シリルの隣の女が発言した。


「もういいかしら? 私はプリシラ=ヒューストン。プリシラでいいわ。出身はグルー街よ。私は私で勝手にするので、干渉してこないでちょうだい」


 プリシラは、角度によって青く見える黒髪をしていて、それを腰のあたりまで伸ばしている。


 顔立ちはキリっとしていて、口調と相まって少し冷たい印象を受ける。


 実際、自分に干渉してくるなと言ってしまう辺り、ちょっと冷たいんだろう。


「はあ!? なによアンタ!? 干渉すんなってどういうことよ!?」

「そのままの意味よ。こんな少ない人数でトップを取ったって自慢にもなりはしないし、それなら私は私で研鑽を積む方が効率的だわ」

「はっ! どうせ、あたしに勝てそうもないから逃げようとしてるだけでしょ?」


 ……うーん、どうも真反対の性格であるアビーとの相性は最悪のようだ。


 いきなり口論になってる。


 その見た目の印象通り熱くなっているアビーと、それをクールに受け流すプリシラという構図が出来上がっている。


 そのプリシラが、アビーの発言を受けて、小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「まるでお山の大将ね。地元じゃ一番だったかもしれないけど、世間にはあなたより強い人は沢山いるわよ?」


 その挑発とも言える言葉に、アビーは素直に反応した。


「っ! このっ……」

「あー、盛り上がっているところ悪いが、次、いいか?」


 一触即発の二人に割り込んだのは、プリシラの隣にいた男だ。


「俺はベネディクト。ベネディクト=オランだ。言いにくいだろうからベニーと呼んでくれ。ハーマン街の出身だ。よろしく頼む」


 ベネディクト……ベニーは、褐色の肌をした大男だ。


 黒い髪を短く刈り込んでおり、筋骨隆々。


 確かハーマン街は暖かい地方の海辺の街だったはずなので、戦士というより海の男という雰囲気がある。


 声も見た目通りに低くて重厚感があるので、さっきまでいがみ合っていた女子二人もその雰囲気に呑まれて大人しくなった。


「じゃあ、次は私ね。私はアイラ=ジャクソン。アイラって呼んでね。出身はイルマ街よ。私は、魔法は得意だけど剣の方は嗜む程度なのよね。だから、悪いけどアビーの期待には応えられないと思うわ」


 そう言うと、申し訳なさそうな笑顔をアビーに向けた。


 アイラは、フワッとした栗色の髪を背中くらいまで伸ばしており、背は他の二人より低いが体つきは二人よりハッキリしている。


 本人も言っているように、あんまり身体を動かすことをしてこなかったからだろう。


 だが、この魔剣士科に受かったということは、剣技は嗜む程度でも身体能力が高いということなのか。


 これで俺以外の自己紹介が終わった。


 最後は俺だ。


「俺はフェリックス=カインド。フェリックスでいい。出身はフェイマス街。よろしく」


 俺がそう言うと、誰も声をあげずジッと俺を見ていた。


 ん? すこし簡潔すぎたか?


 もう少しなにか足した方がよかっただろうか?


 そんなことを考えていると、俺をジッと見ていたアビーが声をかけてきた。


「ねえ。フェイマス街出身ってことは、ケイン=アボットとエマ=ウォルシュは知ってる?」

「え? ああ、ケインもエマも俺の幼馴染みだ」

「ああ、そう」


 アビーはそう言うと、難しい顔をして黙り込んだ。


 なんでそんな顔をするんだ?


 っていうか、なんで他の街出身の人間がケインやエマを知っているんだろう?


「なあ、ちょっといいか?」

「ん? なに?」


 難しい顔をしているアビーは置いておいて、隣にいるアイラに小声で声をかけた。


「アビーはなんであんな顔してるんだ?」


 俺がそう聞くと、アイラは一瞬目を見開いたあと、呆れたように言った。


「そんなの、あなたがケイン=アボットとエマ=ウォルシュの幼馴染みだからじゃない」


 アイラの言葉に、俺は思わず首を傾げた。


「え? 幼馴染みだから? なんで?」


 俺がそう言うと、アイラは俯いて深い溜め息を吐いた。


「あなた、あの二人の幼馴染みなのに知らないの? ケイン=アボットは昨年の全国中等学院選抜大会剣術部門の優勝者、エマ=ウォルシュはその魔法部門の優勝者じゃないの」

「ああ、そういやそうだったな」


 毎年、冬が終わって春になる前に各街の中等学院の代表者が集まって全国大会が開かれる。


 去年は、剣術部門でケインが、魔法部門でエマが優勝し全校集会で表彰されていた。


 ちなみに俺は、両方に籍を置いているためどちらの大会にも参加そのものをしていない。


 日程が被っていたし、どちらかに出るとまた軋轢を生みそうだったから。


 ……まあ、そんな配慮をしなくても軋轢は生まれてたんだけどな。


「そうだったなって……まあ、そんな二人と幼馴染みだって聞かされたら、あなたも相当な実力者なんじゃないかって思ったんじゃないの?」

「そうなのか?」

「多分ね」


 アイラはそう言うが、あの二人と幼馴染みだというだけでそんなに難しい顔になるもんか?


 ああ、ひょっとして、俺が二人と幼馴染みだからと大きい顔をするとでも思っているのかもしれない。


「なあ、えっと、アビー、ちょっといいか?」

「なに?」

「あの二人はただの幼馴染みであって、それ以上でもそれ以下でもない。最近は二人にも勝てていないし、連絡先も知らないから連絡も取れないしな」


 俺は、アビーが懸念しているであろう事柄を解消しようと、二人とは特別親しい関係じゃないと言ったのだが、アビーはさらに険しい顔になった。


「最近『は』?」

「え? ああ」


 二人との仲より、最近二人に勝てていないことに反応した。


 なんで?


「最近はってことは、それまでは勝ってたってこと?」

「まあ、中等学院に入る前の話だけどな」

「……」


 あれ? アビー、俺のこと睨んでない?


 歯も食いしばっているような……。


「……っく! アンタなんかに負けないんだからね!!」


 アビーにビシッと指を差され、悔しそうな顔でそう宣言された。


「なんで!?」


 負けるもなにも、まだ手合わせもしてないじゃん!


 なのに、なんで一方的に敵認定されてんの? 俺。


 あまりに突然のことに戸惑い周りを見渡すと、プリシラは肩を竦めており、ベニーは腕を組んでいた。シリルはヘラヘラしている。


「これは、いい目標ができたわね」

「うむ。切磋琢磨できそうでなによりだ」

「僕はどうでもいいかな。あ、でも、僕らの代表にピッタリの人がいて良かったね」

「え?」


 シリルの言った言葉が気になって周りを見ると、シリルは手を頭の後ろで組んでヘラヘラしており、プリシラとベニーは頷いていて、アビーは悔しそうに歯ぎしりしていた。


 隣のアイラはまた俺を見て呆れている。


「なんで分かんないのよ? この寮の監督生はあなたに決まったってことよ」


 ……は?


「はあっ!?」


 ちょっ! まだ話し合いどころか自己紹介終わっただけだろうが!


「なんで、いつの間にそんなこと……」

「まあまあ! スムーズに決まったみたいで良かったわあ! じゃあ、このあとは晩御飯にして交流を深めましょう。みんな、食堂に移動してね」

「あ! ちょっ……」


 寮母であるステラさんまで同調してしまい、結局俺が魔剣士科寮の監督生を務めることになってしまった。


 

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