第10話 仲間

 士官学院選抜試験は、学院が休みの日に行われる。


 試験を受けないステラも本来なら休みなのだが、わざわざ学院の校門前まで来ていた。


 なぜなら、彼女の幼馴染みであるフェリックス、ケイン、エマの三人がこの士官学院選抜試験を受ける。


 自分は無試験で王都医学校への入学が決まっているため、試験に臨む三人を慰労してあげようと思ったからだ。


 試験終了予定時間を過ぎ、校門から他校の受験生たちがゾロゾロと出てくる。


 そんな他校生を横目に、ステラは三人が出てくるのを今か今かと待ち構えていた。


 特に、フェリックスとはここ数年なんだかギクシャクしているので、この慰労会を機に昔のように仲良くできないかと考えていた。


 そうして皆が出てくるのを待っていたのだが、ふと、他校の受験生に交じってよく見知った顔が通り過ぎて行ったように感じた。


「え?」


 慌てて確認をしようとしたが、想像以上に他校の受験生の数が多く、その人物は人込みに紛れてしまい、見失ってしまった。


 その人物は、フェリックスに似ていた気がした。


 まさか……そう思って確認しに行こうとしたそのとき。


「あれ? ステラ?」


 校門に背を向けているステラに声をかけてきたものがいた。


「あ、エマちゃん」


 それは、魔法クラブの仲間と一緒に校門に向かってきたエマだった。


「え、なんで? なんでステラがいるの?」

「あ、うん。今日、エマちゃんたちの試験日でしょ? 私だけ進路について楽しちゃってるから、三人を労ってあげようと思って」


 照れながらそう言うステラに、嬉しい気持ちが込み上げてくるエマだったが、その気持ちはすぐに萎んでしまった。


「あ、えっと……ゴメンねステラ。実は、魔法クラブの皆と打ち上げしようって話になってて……」


 申し訳なさそうにそういうエマに、ステラはハッとした。


「あ、そっか。そうだよね。皆、三年間一緒に努力した仲間だもん、今日くらいは仲間同士で苦労を分かち合いたいよね」

「うん……ゴメンね」

「それなら、剣術クラブの打ち上げに来るか? ステラ」


 申し訳なさそうに謝るエマの後ろから声をかけてきたものがいた。


 ケインだ。


「あ、ケイン君。お疲れ様。えっと、剣術クラブの打ち上げに?」

「ああ、エマたちは魔法クラブだけの打ち上げで部外者お断りってんだろ? 剣術クラブなら部外者でも大歓迎だぜ?」

「駄目に決まってるでしょ!! あなたたちみたいなムサイ男どもの群れにステラを任せるわけないでしょうが!!」


 ステラの肩に手を置き、剣術クラブの打ち上げに参加しないかと誘うケインから、エマがステラを奪い返した。


「は!? ステラに変なことなんかするわけねえだろうが!!」

「信用できないわね!! ステラはこんなに可愛いのよ!? そんなの、オオカミの群れに子羊を放り込むようなものでしょうが!!」

「けど、お前らはステラを参加させるつもりはねえんだろうが!!」

「あ、じゃあエマ。ステラも魔法クラブの打ち上げに参加してもらおうよ」


 ケインの言葉に反応したのは、魔法クラブの他の女子だ。


「今回はさ、選抜試験の打ち上げだから、試験受けてないステラはちょっと居心地悪いかな? って私も思ったけど、折角来てくれたステラを追い返す方が悪いよね。それに、ステラなら大歓迎だし」


 その女子の言葉に、他の魔法クラブの面々も賛成し、どうやらこのままステラは魔法クラブの打ち上げに参加することになりそうだった。


 が。


「おいおい、そりゃねえよ! ホントにステラちゃんにはなにもしないから、剣術クラブの打ち上げに来てくれよ!」

「そうだよ! お前ら男女半々くらいだからいいだろうけど、俺ら男百パーセントなんだぞ!? 潤いを! 居てくれるだけでいいから、俺らにステラちゃんという潤いをくれ!!」


 ケインのファインプレーで、学院の聖女とも呼ばれるステラが打ち上げに参加してくれそうだったのに、なぜか魔法クラブに掻っ攫われた。


 期待した分、落胆が大きい剣術クラブの面々はステラを奪い返そうと必死だ。


 だが、魔法クラブの、特に女子から猛反発を受ける。


「だから! そんなの信用できないって言ってるでしょ!!」

「ホントになんもしねえって!!」

「男は皆そう言うのよ!!」

「なんでそんな信用ねえんだよ!? お前、誰かになにかされたのか!?」

「本で読んだのよ!!」

「偏見!!」


 自分を巡って喧嘩が始まってしまいそうな雰囲気に、ステラは苦笑しながら仲裁に入ることにした。


「ねえ、じゃあ魔法クラブと剣術クラブの合同で打ち上げしない? そしたら両方に参加できるよ?」


 ステラのその言葉に、剣術クラブの面々は「名案だ!」という顔をしたが、魔法クラブの面々は渋い顔をした。


「えー? でも、アンタたちの打ち上げって、ガッツリご飯食べるでしょ?」

「ん? ああ、試験で体力使って腹減ってるからな」


 そう言うケインに、魔法クラブの女子は「はぁ」と溜め息を吐いた。


「私らさ、普段あんな運動なんてしないから、正直今ガッツリご飯とか無理なのよ。だからカフェで打ち上げしようと思ってたんだけど」

「は? カフェ? そんなところで腹なんか膨れねえよ」

「だから合同は嫌なの!」

「じゃあ、どうすんだよ」


 話が振り出しに戻ってしまい、早くご飯が食べたいケインはゲンナリしながらどうするのか訊ねた。


 すると、ステラがある提案をした。


「あ、じゃあ、各々好きな物を買って、公園で打ち上げしない? そうしたら剣術クラブの皆はご飯が食べられるし、魔法クラブの皆は飲み物だけで済むでしょ?」


 ステラのその提案に、その場にいた全員が賛成し、剣術クラブと魔法クラブの合同打ち上げが行われることになった。



 ようやく話がまとまったことに安堵したステラに、ケインとエマが近付いてきた。


「ナイスアイデアねステラ」

「ホントだな。これならどっちにも不満が出ずに合同で打ち上げができる」

「そうね。クラブは違うけれど、同じ学院の仲間だもの。三年間切磋琢磨してきた皆と一緒に打ち上げができるのなら、それに越したことはないわ」

「ああ、そうだな」

「ふふ、良かった」


 剣術クラブと魔法クラブというクラブの違いはあれど、同じ中等学院の同級生である。


 一緒に打ち上げができるのなら、それが一番いい。


 どうにかその形に持って行けたステラは、どこに買い物に行こうか相談し合っている皆を見渡して……血の気が引いた。


「あ、あれ? フェリックス君は?」


 その言葉を聞いたケインとエマは「え?」という顔をして周囲を見渡した。


 そして、目当ての人物がいないことに気付き、二人もステラと同じく顔を青くさせた。


「え? フェリックスはケインたち剣術クラブが誘ったんじゃ……」


 エマにそう言われたケインは、驚愕に目を見開いた。


「は!? お前ら魔法クラブが誘ったんじゃねえのかよ!?」


 お互いにそんなことを言い合うケインとエマを見て、ステラは増々顔色を青くした。


「待って! じゃ、じゃあ、誰もフェリックス君のこと誘ってないの!?」


 その言葉に、エマとケインは青い顔のまま「私は……誘ってないわ……」「俺も……」と言った。


 そんな馬鹿なと、ステラは思った。


 なぜなら、フェリックスは剣術クラブと魔法クラブの両方に在籍しており、この合同打ち上げに一番相応しい存在だと思っていたから。


 なのに、その両方から誘われていない。


 さっきエマは、同じ学院の仲間どうしで打ち上げができるのは嬉しいと言っていた。


 ということは、この打ち上げに誘われていないフェリックスは……皆から仲間だと思われていない。


 フェリックスにそう思われても、仕方がない状態だった。


「どうしよう! こんな……こんなつもりじゃなかったのに!」

「落ち着けエマ! とりあえず、今からフェリックスを探すしかねえ」

「あ!」


 エマがオロオロと狼狽え、ケインがなんとか宥めてフェリックスを探しに行こうとしたとき、ステラが声をあげた。


「どうしたステラ?」

「さっき、皆を待ってたときに、フェリックス君に似た人が校門から出て行ったの!」

「はあ!? なんで引き留めねえんだよ!?」

「だって! 他校の人が一杯いて、それに紛れちゃって! 確認しようと思ったらエマちゃんに声かけられたんだもん!」

「とにかく! もう校門は出たんだな!?」

「うん! それは間違いないと思う!」

「じゃあ、すぐに探しに行きましょう! まだ家には着いてないはず……」

「おーい! エマー! 行くよー!」

「何してんだよケイン! 行くぞ!」


 三人がフェリックスを追いかけようとしたとき、各クラブの人間から声をかけられた。


 どうしようか迷った末、ケインは皆に声をかけた。


「悪い! どうも行き違いでフェリックスが誘われてねえんだ! 今ならまだ間に合うから追いかけてくる!」


 そう言ったケインだったが、返ってきた返事に愕然としてしまった。


「え? 別によくね?」

「……え?」

「だよね。先帰っちゃったんなら私らと一緒に打ち上げとかしたくないってことでしょ?」

「元神童サマは、気位だけは昔のままらしいな」


 その言葉のあと、剣術クラブと魔法クラブの両方から笑い声があがった。


 なんだそれは?


 なんで皆そんなことを言っているんだ?


 ケインも、エマも、ステラも意味が分からなかった。


「ケインよお。今までフェリックスのこと嫌ってたくせに、なんで急にそんなこと言うんだ?」

「え? いや、俺は別に……」

「エマも、フェリックスのこと嫌いなんでしょ? なら別に呼ばなくてもいいじゃん」

「は? 私は……」

「ステラも、フェリックスが来たら気まずいでしょ?」

「わ、私は別に……」

「そうそう! アイツが来たら空気悪くなるから、来ない方がいいって! なあ!」


 剣術クラブの人間が言った言葉に、全員が首肯した。


 そのことに、三人は真っ青になった。


 三人とも、フェリックスを嫌っているわけではない。


 ケインたち三人にとってフェリックスは、幼馴染みで、憧れで、目標だった。


 そんなフェリックスが、いつまでたっても中途半端なままで実力を発揮しきれないことが、ケインとエマには許せなかった。


 剣術か魔法か、どれか一つに絞ればフェリックスは間違いなく一番になれる。


 そしてまた自分たちの目標になって欲しいと、そう思っていた。


 だから、フェリックスを叱咤した。


 けどその言葉は、現状期待を裏切られている分、キツイ言葉になっていた。


 それを、他の人間はフェリックスのことを嫌っていると思っていた。


 ステラは、自分がフェリックスに避けられていることはなんとなく察していた。


 なので、自分から接触するとフェリックスから嫌われてしまうんじゃないかと恐れ、積極的に接触しようとしなかった。


 それが、ステラがフェリックスを避けていると思われていた。


 自分たちが取っていた態度で、周りの皆がフェリックスのことをこんなに悪く言うようになっていたとは思いもしなかった。


 こんな思いを抱いている皆の中にフェリックスを入れても、悪意に晒されるだけだ。


 そんなことできない。


 かと言って、この合同打ち上げは、さっきエマが言ったように三年間同じ学院で切磋琢磨してきた仲間と今までの努力を労い合うもの。


 参加しない、という選択肢は……できれば採りたくない。


 フェリックスか、仲間か。


 一人と多数を天秤にかけた結果……。


「……そう、だな。行くか」

「そう、ね。行きましょう」

「……うん。待たせてゴメンね」


 三人は、多数の仲間との打ち上げを選択した。


 その言葉で、皆が動き出す。


 そのあとをケインたち三人も付いて行く。


「……また今度、誘えば大丈夫だよな?」

「ええ、もちろん。大丈夫よ……きっと」

「……そうだね。今度は四人で……四人で打ち上げしようね?」

「ああ」「ええ」


 三人は、集団の最後尾を歩きながら口々にそう言った。


 きっと大丈夫。


 フェリックスは仲間だ。


 たまたま行き違いだあっただけ。


 だから、きっと大丈夫。


 三人はそう思いながらも、漠然とした不安に駆られていた。



「あら? あれは……」


 そんな剣術クラブと魔法クラブの合同打ち上げの買い物の様子を見ている人がいたことに、三人は気付かなかった。

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