第6話 試験と進路について

「いよいよだな」

「ああ、お互い頑張ろうぜ」

「あたし、受かるかな?」

「ここで受かるかどうかで将来が決まるもんねえ」


 担任の先生が士官学院選抜試験の日程を告知をしてからというもの、教室内の話題はそれ一色になった。


 士官学院は、将来の軍の将官を育成するための学院である。


 ここに入学できた人間は、卒業後軍に入ることになり中尉の階級からスタートする。


 その後の出世も早い。


 逆に言えば、士官学院を卒業せずに軍に入ると出世するのが大変になる。


 無位無官から将軍にまで上り詰めた人もいないではないけど、そういう人は大抵大変な思いをしている。


 つまり、この士官学院に入学できるかどうかで軍に入隊希望の人間の将来がほぼ決まると言っても過言ではない。


 その選抜試験を前に皆が浮足立つのは無理のないことだとは思う。


 俺は、そんなクラスメイトたちを見ながら、どうしようかなと考えていた。


 軍はこの世界において一番大きな組織だ。


 そこで出世するのは一番の名誉でもあるし、なにより妖魔から国民を護るという大変やりがいのある仕事でもある。


 以前の俺は、この学院に入ることを第一志望にしていた。


 でも……最近は、そのことに関してかなり悩んでいる。


「そんなに考え込んで、どうした? フェリックス」


 士官学院の選抜試験について考え込んでいると、その思考に入り込んでくる人がいた。


「あ、ウォルター様」


 誰だ? と思って顔を上げると、そこにいたのは俺の住んでいるこの街……フェイマス街の領主様の息子であるウォルター=フェイマス様だった。


「難しい顔をして、なにか考え事かい?」


 サラサラの金髪に蒼い瞳、背が高くスラッとした体形のウォルター様は、正に絵本に出てきそうな王子様のような人だ。


 それに加えて、成績も常に学年で一番。


 性格も穏やかで常に公平、長男なので次期領主として皆からの信頼も篤い方。


 完璧。


 完璧超人だ。


 そんな人が俺に話しかけてくれるのは、この人も俺の幼馴染みだから。


「まあ、ちょっと将来のことで……」

「ああ、士官学院の選抜試験かい?」

「ええ、まあ」


 俺がそう言うと、ウォルター様は少し考えたあと「ふーん」と言いながら、俺の隣の席に座った。


「それは、剣士と魔法使いのどちらで受けようかという悩みかな?」

「……はい。どっちも中途半端な俺が、受けてもいいものかなと……」


 剣士として受ければ、今まで魔法を教えてくれた人たちを裏切るような気がするし、逆もまた同じ。


「どっちを受けても角が立つ気がして……それならいっそ、事務方として試験を受けるか、商科学院や政経学院を受けてもいいような気がして」

「そうか」


 ウォルター様は少し意外そうな顔をしたけれど、すぐに穏やかな表情に戻った。


「私はそれでもいいと思うけれど、彼らはどう思うかなあ?」


 ウォルター様の言葉に首を傾げると、誰かに肩を掴まれた。


 誰だ? と思って振り返ると、そこには憤怒の形相をしたケインと、侮蔑の表情を浮かべたエマがいた。


「お前!! 事務方で試験受けるとか本気で言ってんのかよ!?」

「逃げるのね。見損なったわ」


 そう言ってくる二人を見て、なんで俺の進路のことに文句を付けてくるのか不思議でしょうがなかった。


 普段は、俺のことを見下しているくせに……。


「別に、二人には関係ないだろ」


 いつも二人が見下してくることは気にしないようにしていたけれど、進路にまで口を挟んできたことにはついイラッとしてしまって、思ったよりも突き放すような言い方になってしまった。


「なっ……なん……」

「関係……ない?」


 俺の言葉でケインは真っ赤になり、エマは青くなった。


 その二人を見ていたウォルター様が「やれやれ」と呆れた顔をしながら二人の肩をポンと叩いた。


「落ち着きなよ二人とも。フェリックスの人生はフェリックスのものだ。外部が口を挟む問題じゃないよ」

「で、でも!」

「それに、私としては、フェリックスが政経学院に一緒に行ってくれるとありがたいんだけどね」


 ウォルター様は御領主様の長男なので次期領主様だ。


 なので中等学院卒業後は、王都にある政経学院に通うことになっている。


 政経学院は、主に上級公務員を育成する学院である。


 ここを卒業することが国政に関わる官僚になる条件でもある。


 入学には他の学院同様試験があるが、領主の子息令嬢は跡継ぎでなくても無試験で入れるので、すでにウォルター様の進路は決まっている。


 士官学院も王都にあるが、別の学院ではなく同じ学院に通っていればウォルター様とさらに友誼を深められるかもしれない。


 ……うん、そんなに悪くない考えな気がしてきたぞ。


 そんなことを考えていると、今度はケインまで青くなった。


「そ、そんな……フェリックスが政経学院なんて……」

「どうして? 彼の成績は知っているだろう?」


 ウォルター様は、微笑みを崩さずにケインにそう語った。


 ちなみに、俺の成績はウォルター様に次いで二番だ。


 ウォルター様は次期領主として本当に勉強を頑張っているから、一度も勝てたことがない。


 テストの成績では一度も一番を取ったことがないんだけど、ウォルター様が相手なら仕方がないと諦めている。


 それでもウォルター様に次ぐ成績は、今の俺にとって唯一誇れる点だ。


 本当に悪くない気がしてきた。


 ちょっと真剣に政経学院の受験も考えてみようかと思っていると、ちょいちょいと袖を引っ張られた。


 誰だ? と思って見ると、引っ張っていたのはステラだった。


「あの……士官学院に行かないなら、医学校でもいいんじゃないかな……」


 そういえばステラは卒業後、これも王都にある医学校に通うことになっている。


 治癒魔法士は、魔法使いの中でもさらに適性がないとなれない。


 なので、医師で治癒魔法も使える人というのは、実はもの凄く少ない。


 そのため、治癒魔法の使える医師は患者さんから絶大な信頼を得ることができる。


 なので、治癒魔法士になりたいと願う者は、ほぼ医学校に通うことになる。


 治癒魔法が使えれば試験も学費も免除だし。


 つまり、ステラもウォルター様同様進路がすでに決まっている。


 そんなステラが俺を医学校に誘った。


 治癒魔法が使えるなら無試験か……。


「ちょっとステラ!! なに抜け駆けしようとしてるのよ!!」


 進路についての選択肢が増えたなと思っていると、エマがステラに文句を言いだした。


 抜け駆け?


 どういう意味かと思っていると、ステラが顔を赤くして両手をブンブンと横に振っていた。


「ち、違うよ! その……進路は士官学院だけじゃないし、フェリックス君なら他にも選択肢があると思ったから……」

「余計なこと言うなよな!!」

「そうよ!!」


 ステラの言葉は俺の予想通りのものだったけれど、ケインとエマにとっては余計なことだったらしい。


 ……段々腹が立ってきた。


 なんでこんなことを言われなくちゃいけないんだ?


 もういい加減にしろと口を開きかけたそのとき、俺の機先を制するようにウォルター様が声を上げた。


「いい加減にしないかお前たち。ステラはフェリックスの可能性の一つを提示しただけだろう? なにをそんなに慌てる必要がある」


 いつもニコニコと微笑みを浮かべているウォルター様だけど、次期領主として強い意志も持ち合わせている。


 ウォルター様に諫められたケインとエマは、まだなにか言いたそうだったが、ウォルター様に睨まれてなにも言えずに俯いてしまった。


 そんな二人を見て、ウォルター様は溜め息を吐いた。


「はぁ、仕方がない。これはさっき教師が言わなかったことなんだがな」


 ウォルター様はそう前置きをしたあと、ちょっと信じられないことを口にした。


 その内容とは……。


「今度の士官学院の選抜試験なんだが、剣士科と魔法科を希望する者は、両方の試験を受けるようにとの連絡があった」


 という内容だった。


 ……ん?


 両方?


 どういうこと?

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