第5話  教室での出来事

 結局、エマと同じクラスの俺は、教室まで一緒に行くことになってしまった。


 通学途中、エマの友人と思われる女子生徒を見たような気がするのだが、エマも向こうも話しかけることはなかった。


 一体なんなんだ? と思いつつも、教室の扉を開ける。


 教室内にはすでに何人か生徒が来ており、一緒に教室に入ってきた俺たちを見て驚いている。


 そりゃ驚くよ、俺も驚いてる。


 なにか言いたいけど言えない。


 そんな空気をひしひしと感じる。


 というのも、俺はこのクラスで腫れ物のように扱われている。


 別に嫌われているわけではなく、堕ちた神童とどう接していいか分からないらしい。


 偶然、クラスメイトの誰かがそう話しているのを聞いたことがある。


 正直、クラスで浮いている感じがするのは居心地が悪いけれど、そういう扱いもこの状況ではありがた……。


「フェリックス!!」


 ……誰も声をかけてこないと思っていたのに、思いっ切り大声で俺に声をかけてきた奴がいた。


「……なに? ケイン」


 声をかけてきたのは、俺を剣術で打ち負かし、今や剣術クラブのエースになっているケインだった。


 ケインは、短くツンツンと逆立たせている金髪を更に逆立たせながらこちらに向かってきた。


 俺を見る緑色の目は……怒りに燃えている。


 ケインは、俺の返事が気に入らなかったのか、その怒りを表すように俺の机をバン! と叩いた。


「なに? だと!? お前、なんで今日朝練に来なかった!?」


 エマが、この時間に登校しているのが珍しいと言った理由がこれだ。


 俺は普段、剣術クラブの朝練に参加している。


 色々と掛け持ちをしてしまっているせいでそれぞれの鍛錬時間が少なくなっているので、朝練をやっている剣術クラブは有難く、毎日参加している。


 なので普段はもっと早くに登校しているのだ。


「おまけに……」


 ケインはそう言いながらエマのいる辺りをチラッと見た。


 ああ、ケインは俺が朝練をサボって女と一緒に登校してきたと思っているのか。


 とんだ勘違いだ。


「別に、ただ寝坊しただけだ」


 俺がそう言うと、ケインはさらに眉を顰めた。


「はあっ!? 寝坊しただと!? お前、たるんでるんじゃないのか!? そんなんだからお前は……」

「ケイン君、やめて!!」


 ケインがさらになにかを言おうとしたところで、別の声がそれを遮った。


「なんだよステラ」


 言葉を遮られたケインが、不機嫌そうにその声の主であるステラを睨んだ。


 剣術クラブのエースでガタイも良く、眼光の鋭いケインに睨まれると大抵の人間は萎縮してしまうが、ステラは幼馴染み。


 なので、ケインに睨まれても物怖じしない。


 ふわふわした金髪に大きな蒼い瞳で小柄な、一見か弱そうに見えるステラがケインと睨み合う。


 それは、見慣れない人間が見たら少しおかしな光景に見えるんだろうな。


 そんな場違いなことを考えているうちに、ステラがケインに向かって吠えた。


「フェリックス君、昨日は大変だったんだから! 今日くらい朝練休んだっていいでしょう!?」


 そう言われたケインは、怪訝な顔になった。


「なんだよ? 昨日って」

「昨日、魔動バスの事故があったの、知らないの?」


 ステラのその言葉に、教室中がザワついた。


「ああ、昨日の」

「ニュースで見た」

「あれ、近所だったんだよね」


 教室のあちこちからそんな声が聞こえてきた。


 結構大きな事故だったから、夜のニュースでやっていたのか。


 俺は昨日のテレビは見ていなかったので知らなかった。


「事故があったのは知ってるけど。それがフェリックスとなんの関係があるんだよ?」

「その事故の被害者がうちの病院に運び込まれたの!」


 そう、俺が普段治癒魔法の練習とアルバイトを兼ねている病院というのはステラの家の病院だ。


 昨日、そこに魔動バス事故の被害者たちが大量に運び込まれてきたのだ。


「何人も亡くなって……それでも夜中まで一生懸命頑張って治癒魔法をかけ続けてくれたんだよ!? そんなことがあったんだから、次の日に朝起きられなくてもしょうがないじゃない!」


 昨日の事故の被害者たちは、皆酷い状態だった。


 必死に治癒魔法をかけたが、その甲斐なく何人も亡くなってしまった。


 そのことを思い出したのだろう、ステラは涙目になりながらケインに言い募っていた。


「え、あ、いや、俺、知らなくて……」

「フェリックス君に謝ってよ!」

「う……」


 ステラの勢いにしどろもどろになっているケインは、俺に謝れと言われて言葉に詰まっていた。


 さっきまでそのことを知らずに俺に言い募っていたから、バツが悪いんだろう。


 ステラが睨んでいるものだから、余計に言いにくいに違いない。


 そんな、言葉を発したいけど発せないケインと、それを睨んでいるステラを見ながら、俺は溜め息を吐きたいのを我慢して口を開いた。


「……別にいいよ。知らなかったんだし」

「え、あ……」

「ステラも、これ以上ケインを責めるな」

「なんで……」


 朝からの騒ぎが面倒になった俺は、気にしていない風を装ってこの場を収めた。


 実際気にしてないし、俺は朝練を休むつもりはなかったので、サボったと言われれば確かにそうなのだ。


 それに、こんなことで幼馴染みであるステラとケインが険悪になるのも避けたかった。


 ……本当は、ケインに謝罪の機会を与えて、その上で許す方がいいのは分かってる。


 ケインは自分の非を認めていたし、謝罪をしなければ若干とはいえ俺に罪悪感を覚える。


 けど……本当にもう面倒になってしまったのだ。


 もうとっくに俺のことなんて追い越しているくせに、いまだに自分に挑ませようとする者たちに。


 エマも、ケインも……ステラだってそうだ。


 本心では俺のことを見下している連中に、絡まれるのが本当に面倒になった。


 結局、俺の言葉を受けて、ケインはバツが悪そうにしながらも自分の席に戻って行った。


 ステラもそうするものだと思っていたが、まだ俺の机の側にいる。


 なんだ?


 俺が疑問に思っていると、ステラはモジモジしながら俺に話しかけてきた。


「あ、あの、フェリックス君」

「ん? なに?」


 ステラは、非常に話しにくそうにしていて、視線が定まらない。


 挙動不審だなと思っていると、意を決したように話し出した。


「その、昨日のことなんだけど……」

「昨日?」


 昨日の魔動バス事故のことか?


 お互い大変だったとかそういう話だろうか?


 それにしては、言いにくそうになる理由が分からない。


 そう思って首を傾げていると、ステラは急に頭を下げた。


「え!?」


 これは、まるで謝罪のポーズだ。


 え? 俺、昨日ステラに謝られるようなことあったっけ?


 突然のステラの行動に混乱していると、ステラは頭を下げたまま口を開いた。


「昨日、突き飛ばしちゃってごめんなさい!」


 その言葉でようやく思い出した。


 俺の治癒魔法は、まだ見習いレベルとはいえ患者の数が多かったので俺も駆り出された。


 怪我をして泣きわめく子供、真っ青な顔をして蹲る大人、血まみれで動かない人……。


 まるで戦場のような処置室で、できる範囲で必死に治癒魔法を使ってまわった。


 しかし、俺の治癒魔法は見習いレベル。


 軽い外傷や単純骨折くらいならなんとかできるが、複雑骨折や解放骨折、内臓の治癒などはできない。


 そんな俺の目の前に、今にも息絶えそうな重症患者が運び込まれてきた。


 俺では対処できないと、他の医師や治癒魔法士を探すが、皆今担当している患者で手一杯だった。


 どうしようとオロオロしていると「どいて!」という言葉と共に突き飛ばされた。


 剣術クラブで身体を鍛えているとはいえ、不意の出来事だったので俺は成すすべなく突き飛ばされ尻もちをついた。


 そのとき突き飛ばしたのがステラだったのだ。


 ステラは、俺を突き飛ばしたあと、必死の形相で患者を治癒し始めた。


 その目には患者以外映っておらず、俺のことにも気づいていない様子だった。


 俺は、このままここにいても役に立てないと思い、その場を離れ自分にできる治癒をして回った。


「別に、気にしてない」


 それは本心だ。


 昨日の処置室は戦場のようだったし、ステラは患者を助けることに必死だった。


 仕方がないと分かっていた。


「……そっか」


 ステラは、俺にそう言われてちょっと困ったような顔をして笑い、引き下がった。


 正直、すぐに引いてくれてありがたかった。


 突き飛ばされたことに関しては本当に気にしていない。


 状況が状況だったんだ、周りに遠慮している場合ではない。


 でも……俺は、ステラの使う治癒魔法に打ちのめされていた。


 あの患者がその後助かったのかどうかは分からないが、そのとき使っていたステラの治癒魔法は、俺のものとはレベルが違っていた。


 俺との差を、目の前でまざまざと見せつけられた。


 あの時の俺にあったのは、突き飛ばされたことに対する怒りではなく、現実を見せつけられた劣等感だった。


 だから、ステラに食い下がられるとその劣等感がさらに刺激されてしまう。


 俺は、自分の席に戻るステラを見ながら少し安堵していた。


 それにしても、気にしていないと言ったのに、席に戻るステラの足取りはなんだかトボトボといった様子だった。


 自分が気にしていることを謝って許されたのだから、もっと足取りは軽くなっていいはずなのに。


 それに……。


 さっきの困ったような笑顔。


 ちょっと泣きそうになってた気がした。


 ……気のせいかな。


 泣きそうになる理由がないんだから。


 そんなことを考えていると、担任が教室に入ってきてホームルームが始まった。


 そのとき担任から告げられた内容に、教室内にいる何人かの顔が真剣になった。


 担任から告げられたのは、士官学院の選抜試験の日程が決まったという内容だった。


 真剣な顔をして担任の話を聞くケインやエマたちを見ながら、俺は……。


 試験を受けるべきかどうかと考えていた。


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