第6話 Far East
1
スターライト号は山間部に無事着陸した。
ルークは搭載していた全地形対応小型多脚戦車を船から下ろすとジニーと共に搭乗した。
戦車で木々を切り払いながら、ルークとジニーは山を下った。
目的の加工食品工場は、山の麓にある。
「おい、ジニー。なんでそんなもん背負ってんだ」
「そんなものとはなんですか?……まさか、御先祖様のことをそんなものなどと呼称したのですか」
「そのまさかだよ」
ジニーの背中には円盤型の機械が背負われていた。
それは火星のジャンク屋で投げ売りされていた旧式の掃除ロボで先日ルークが面白がって購入したものだった。
「私の御先祖様に対してその言いよう。いかにルークと言えど許容できるものではありません。謝罪を要求します」
「……すみませんでした」
ルークはふざけてジニーに「お前の御先祖様だぞー」などと言って円盤型お掃除ロボを見せたのだが、それ以来ジニーは円盤を崇めるようになった。
初めルークはジニーなりの「アンドロイドギャグ」なのかと思っていたがどうやら本気で円盤ロボを先祖として認識してしまったらしかった。
感情シミュレータを最低限のレベルに落としている状態でのこのジニーの怒り具合は相当のものである。
ルークは大人しく謝っておいた。
「お前の御先祖様をそんなもの呼ばわりしたことは謝罪しよう。しかしなぜ御先祖様を持って……いや連れてきた?」
「決まっています。もし船内に御先祖様を置き去りにした場合、先程我々に攻撃を加えてきた一団に連れ去られる恐れがあるからです」
(決まってないし、そんな恐れはない)
とは言えないのでルークは黙った。
しかし地球降下前にいきなり攻撃してきた同業者の存在はルークも気にかかっていた。
奴らの目的がニホンにあるなら地上で鉢合わせる可能性もある。
「ルーク、そもそもあなたはお掃除ロボというものを……」
残りの道中をルークはジニーからお掃除ロボ誕生の歴史について講義を受けながら行くことになった。
2
山の麓はかつての工業地帯であった。
朽ちた工場や倉庫群の間を戦車を進ませながら、ルークは違和感を感じていた。
確かに舗装された地面はひび割れているし、建物の壁には蔦が貼っている、しかしどこか違和感がある。
ここはまだ死んでいない。
何百年も前に放置された工業地帯であるはずなのに、今も稼働していたような気配。
亡霊が働いているような、不気味な空気をルークは感じ取っていた。
「ルーク、指定された工場を発見しました」
ジニーの平坦な声を聞いて、ルークは我に返った。
少し疲れているだけだ。そう自分に言い聞かせた。
少し離れた工場の煙突から僅かに煙が上がっていることにルークは気づいていなかった。
3
「へーこれがカレーか」
錆びついたドアをこじ開けて入った工場でルークは銀色の袋にパッケージングされた加工食品の保存庫を見つけた。
工場内には停止したベルトコンベアや撹拌機で溢れていたが、特にルークたちの行く手を阻むものはなかった。
道中停止した作業用ロボットを見てジニーが「もしやあれは!御先祖様!?」と騒ぎ出した以外には特にトラブルもなく、ルークは目的のものを発見できた。
「
「そうそうレトルトカレーだ」
カレーとは元々料理名であり、それを保存用に加工したものをレトルトカレーという。
ルークは地球降下前にジニーにカレーについて調べさせていた。
「レトルト」というのは加圧加熱殺菌処理のことを言うらしい。
ルークが興味深いと思ったのは、レトルト技術というのは元は食品を宇宙食として
それをニホンの食品加工業者が一般家庭へ安価に食品を提供するために採用したことで一般社会に広まったのだという。
そんなものを今では宇宙人類の富裕層が有難がっているというのだから滑稽だとルークは思った。
そしてそれを命がけで取りに来ている自分の仕事の虚しさを思うとやりきれなかった。
ルークはレトルトカレーを手に取るとホコリを払った。
何百年も前に作られたものだが銀色のパッケージの輝きはくすんでいなかった。
地球文明末期の技術の高さにルークは感心した。
末期のニホンにおける食品加工技術は食品の鮮度を損なわず何百年も保存することを可能にするまでに達していた。
自分の先祖がなぜそこまで食べ物ごときにこだわったのか、ルークにはとても分からないことだった。
「よし、目的のものは見つけたし、積めるだけ積んで帰るか」
「ヤキトリは良いのですか?」
「いらんいらん。あんなヒゲおやじには土産なしだ」
不良品をつかまされたことで、自分たちは一歩間違えば死んでいたのだ。
月のジャンク屋にくれてやるヤキトリはない。
ルークとジニーはレトルトカレーの完成品と、ついでに材料と思われる粉末を戦車に積み込んだ。
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