第5話 Dive into your home

 一週間前。

 

 火星の都市ニューワシントン。


 宇宙人類統一政府の首都の郊外。とある屋敷の一室にルークは居た。


「どうだ、本場のカフェーの味は?」


 ギラついたスーツにだぶついた体をねじ込んだ男がルークにコーヒーをすすめていた。


 「私は成金です」と叫びながら歩いているような見てくれの醜男を眺めながら、ルークはカップに口をつけた。


「そうですね、地球人類の中にはこれを泥水と言って蔑んだ者もいると聞きますが信じられませんね。似ているのは色と味くらいのものだ。香りが全然違う」

「……」


 ルークは向かいに座った資産家が顔をしかめるのに気づかないふりをしてコーヒーをすすった。


 やはり泥の味がした。香りは悪くなかったが。


「ご、ごほん。とにかく仕事の話だが……」

「ええ、私もそのつもりで来ました」


 ルークはコーヒーを飲み干すと丁寧に陶器のカップを皿に置いた。


 この部屋の物は何もかも地球から回収された遺物だ。


 万一傷つけて賠償を求められたらルークでは一生かかっても返済できない負債を背負うことになる。


 内心ルークは震えていたが、相手にさとられないよう強がっていた。


 地球由来のモノなんて見慣れてますよ、珍しくもありませんよ。


 そういうハッタリをかますのも遺物回収のとして必須の技術である。


「今回回収してもらいたいのはだ」

「ほう……カレーですか」


 ほうも何もルークはカレーなど見たことも聞いたこともなく美術品なのか工芸品なのかはたまた植物なのか動物なのかも分からない。


 地球以来のが欲しがるものなどくだらないものに違いない。


「うーむ、カレーねえ」

「難しいかね」

「いやぁ……」


 とりあえず考えるふりをして、相手に追加の情報を喋らせる。

 間違ってもカレーを知らないなどとバレてはいけない。


「なあに、回収対象がある座標はわかっておる。君はただ、行って取ってくるだけで良いのだ」

「ほう、その座標というのは?」

「かつてニホンと呼ばれていたところだ」

「ニホン……」


 ははぁ、カレーというのは加工食品だな。


 ニホンと聞いてルークは回収対象は加工食品であると確信した。


 ニホンから回収する価値のあるものなどそれくらいしかない。


 ニホンという国は地球が滅んだ最終戦争時の末期に及んでも中立を保ち狂ったように食品を作り続けていたことで有名であった。


 この資産家はいわゆるという輩だ。


 近年の資産家特有の肥大した腹部がそれを雄弁に語っている。


 食事が必要最低限の栄養を摂取することと同義になって以来、「肥満」という健康状態は理論的に起こり得なかった。


 それがここ数年、「食事」という文化が復興されつつあることで、肥満に陥る者が支配者層の中に現れ始めていた。


 何世紀も前の肥満が裕福であることの証と言われた時代が再びやってきたのである。 


「ルーク・タケダくん。君はニホンにルーツを持つのだろう?」

「ええそのとおり。ニホンのことなら良く知っています」


 もちろん大したことは知らない。

 先祖がニホン人らしいというのは本当である。


 だがルークがそのことを何か特別に意識したことはない。


 先祖代々の資産を継承してきたような目の前の男とは違い、ルークは血統のようなものを重視したことはない。


 ただ知識として、その他有象無象の情報と並列に、自分のルーツを知っているにすぎない。


 これはルークに限ったことではなく、一般的な宇宙人類の性質であり、一部の支配者層と被支配者層の違いであった。


「そこで君に改めて頼みたい。故郷へ行ってカレーを取ってきてくれたまえ」


──これは餞別だ。


 そういって成金男にインスタントコーヒーの袋を押しつけられたルークは地球へ降りることになった。




 

 


 




 


 


 

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