第1話 Yakitori

1

 むせるような鉄と油の臭い。

 耳を塞ぎたくなる不快な金属音。


 月面都市ニールの裏通りに広がる光景はきらびやかな表通りのそれとは対照的であった。


 スラム街と言っても過言ではない。


 ルークの故郷もここと同じようなスラム街であった。


 懐かしさと不快感がないまぜになった複雑な気分でルークは歩き回った。


「確かこの辺だったはずだが……」


 何に使うか分からない鉄くず、危険そうなクスリ、謎の動植物。


 まともな物は何一つ売られていない露店を何個も通り過ぎながら、ルークは昔馴染みの店を探していた。


 記憶を頼りに彷徨いながら、自分自身の記憶の頼りなさを嘆いていると、悪臭の中に何かの焦げる匂いが混じっていることに気づいた。


 その匂いに記憶が刺激され、ルークの足取りは向かうべき方角の確信を得て力強くなった。


 嗅いだことのある匂いだ。


 


 月のスラム街で今どきなんていう物好きはあいつしかいない。


2

 匂いを辿っていくとガラクタに埋もれた小汚い小屋を見つけた。


 目的のジャンク屋だ。


 ルークは壊れかけの蝶番を完全に破壊しないように気を使って店の戸を開けた。


 香ばしい匂いが強くなる。

 しかし同時に大量の煙がルークの襲った。


「うわっ」


 驚いたルークは戸を蹴破って外に転がり出た。

 オンボロの戸の下半分は無惨に砕け散った。


「なにしてくれとんじゃワレェ!!」


 煙の中から毛むくじゃらの巨人が生き残ったドアの半分とドア枠をぶち壊しながら飛び出てきた。


「ワシのアンティークでレトロなビンテージドアを台無しにしおってー!!」


 巨人はルークの肩を掴んでブンブンと前後に揺らした。


 そして自分の首にドア枠が引っ掛かっていることに気づいて更に嘆きの声を上げた。


「ノワァーッ!!ブリリアントでエレガントなラグジュアリーレリーフが施されたドア枠までも!!許さんぞきさまぁー!!殺したるー!!」


 ルークには炭化した木枠にしか見えないドア枠を握りしめ、巨人は体中の体毛を逆立たせた。


「いや、ドア枠はあんたがやったんだぞ」

「む、その声は……ルーク?ルーク・タケダか?」

「相変わらずだなドルフのおやじ」


 巨人と見紛う巨体。

 全身を覆う剛毛。

 そして鬱陶しい大げさな喋り口調。

 ルークの記憶と寸分違わぬ旧友の姿であった。


 ルークは再会の意味を込めて右手を差し出す。巨人ことドルフは両手で彼の手を取り、やはりブンブンと振り回した。


「おお!!友よ!!全然顔を見せんから死んだかと思っていたぞ!!」

「……今さっき殺されるところだったがな。手が千切れる!離せ!」


 ルークはドルフの手をなんとか引っ剥がし、右腕をさすった。


(肘関節がイカれた気がする……)


 肘に一抹の不安を覚えながら、ルークはドルフに招かれて店に入った。


3

「いや~久しぶりじゃのお~。2年ぶりくらいか?」

「そうだな、ゴホッ。前に来たのが、ゴホッ。スラスターの制御基盤をゴホゴホ。……なんだこの煙は!?」


 店内は煙が立ち込めていた。

 香ばしい良い匂いと言えないこともないが、焦げ臭いと言ったほうが正しかった。

 なによりむせるし、目が痛かった。


「む?ああこれか、これはな……。いかん!せっかくのスペシャルディナーが炭になってしまう!」

 

 ドルフはなにやら慌てて店の奥へ入っていった。


 ルークは窓を探して開け放った。すると窓枠ごと外れてしまった。


 仕方なく、ルークはそれを外へ持って行って叩き割った。


 そしてドア枠の残骸と一緒に置いた。


 光線銃ブラスターで撃って火を付ける。


「窓枠を隠すならドア枠のなか」

「おーいルーク!何やっとるんじゃ?」

「葬式だよ」

「訳のわからんことを言っとらずちょっと来い!いいものがあるんじゃ!」


 ルークがドアと窓だったものに手を合わせていると、ドルフの呼ぶ声が店内から響いてきた。


 再び店内へ入ると換気が改善されて煙は一掃されていた。


 こっちこっちとドルフが手招きしている。

 反対の手にはなにやら細い棒に刺さった黒い物体が握られていた。


「なんだその炭素の化合物みたいなものは?」

「うむ、流石はそらの男ルーク・タケダ!これは正に炭素の化合物じゃ!」 


 ドルフは大見得をきるように棒を突き出して言った。


「またの名を、ヤキトリという!!」



 







 


 


 


 

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