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「セリカさん、どうしよう」


 落ち着かない様子のアイリーシャだ。


「ソクラさん、いつ帰るのかしら……。警察はどうなっているの?」


 ドリシラも顔を青くしている。

 心なしか、すこし痩せたように見える。


「もはや、タイガさまには専属のガードが必要ですな……。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの……」


 マーカスは思慮しりょ深く言った。


「おケガをされていなけば、よいですがぁ……」


 いつもはおっとりのクルーゲンも、今回ばかりは緊張している様子だ。


「二日連続で拐われるなんて、ほんとばか! これから毎日拐われるんじゃないの? 帰ってきたらほっぺたつねってやる……」


 容赦のないサクラである。が、その表情は心配そのものだ。


「……西の方角」


 なにかがのか。

 セリカは凛と顔を上げた。


「いまは使われていない発電所。そこに、タイガさまは運ばれた」


 そして有無を言わずに駆けだす。


「セリカ!」アイリーシャが呼び止めた。「行ったら危ないよ! 警察もきっと動いてくれる。セリカにまでなにかあったら……」


 くっ、と地面に足を噛ませて、セリカは一旦止まった。


「大丈夫ですアイリーシャ。心配しないで」そして綺麗な笑顔で振り向き、「わたくし、化け物ですもの」



「いいか。その低スペック耳埋型じぼつがたマイクで、これから我の言うことをよく聞け」


 アインは〇七型とともに、二階の通路キャットウォークに立った。勝ち誇ったような目つきで、一階の建屋たてや内を見下ろす。体育館ひとつほどの建屋には三〇体のアンドロイドが規則正しく並んでいる。性形態は男女問わず、服装もさまざまだ。その他には、蒸気を使用するタービンがいまも設置されている。ここは火力発電所だ。


 この発電所が眠ってから、タービンが稼働することはいままでなかった。が、アインが指をぱちんと鳴らすと、室内の電気がすべて点ると同時に眠っていたタービンも唸りをあげた。深い眠りから、発電所が目を覚ました。


「アンドロイドの諸君。これから少々の仕事をしてもらう。を守る警備員の仕事だ。それが済んだら、ここの電力をもってして、いくらでも充電をするがいい。もしここが人間によって発見され、破壊されたとしても。これからさきも充電に困らないよう、電力の提供は保証する」


 カリスマ性に溢れたアインの声が、広い室内に反響した。落ち着いているにもかかわらず、遠くまでまっすぐに届く声。それを成すのは高性能スピーカーである。


「我のとなりにいるのは〇七型。こいつもおまえたちよりは高性能だ。〇六型である、おまえたちよりはな」


 三〇体のうちの一体が、ちっ……、と舌打ちを鳴らした。それに気付いたのか、アインは目を強く見開く。水色の瞳が真っ赤に光った。


 すると舌打ちをしたアンドロイドは首筋から破裂音を鳴らし、足の骨が抜けたように倒れこんだ。ばちばち、と乾いたスパークの音が地べたを転がる。焦げたにおいが漂う。


 危険、危険。HUD——アンドロイドの視野内において、周囲の光景に溶け込むよう重ね合わせ各種情報を投影させる表示機能——が真っ赤な文字を描写した。残る二九体のアンドロイドは驚き、怯えて、したアンドロイドから離れた。


「いいか……」アインは静かな口調で話しをつづける。「おまえたちは我の支配下にある。その低スペックモジュールでは気づくことはないだろうが。我はこの身からウィルサ無線を発している。それによるローカルネットワークにて、ここにいる全員がことを知れ。これからおまえたちは、稼働停止までの一生涯。我に尽くす兵士として生きるのだ」


 建屋一階にいる全員が怯えきった表情を作った。これからさき、充電に困ることはないのだとしても。せっかく手に入れた自由を手放すことになるのは、ごめんだ。全員がそう思った。


 たったひとりのアンドロイドに支配されるくらいなら、いままでのように、野良の家なしでよかった。AI悔悟かいごの念を強く訴えている。


「逆らおうとすれば。おまえたちが知らず知らずのうちにダウンロードしている回路ショートプログラムを、容赦なく発動させる」


 アインは淡々と、一方的に話しを進める。


「先進のハッキング技術をその身で体感することになる。おまえらの足もとで転がる、彼のようにな」

「ウィルサ無線……、うそだろ……。どうしてそんな、ビスクドールの社内秘とも言われる技術を、野良のあんたが使えているんだ!」


 アンドロイドのひとりが声をあげた。


「そんな乱暴な話し、聞いていないぞ!」


 他の男性アンドロイドも怯えて言った。


「そ、そうよ!」女性型のアンドロイドがつづく。「ただすこしの仕事を手伝えば、充電をしてもらえるって聞いたから。それで、ここに来たのよ……。充電ができたら、いつもの場所に帰るつもりだった。このさきずっとあなたに従うだなんて、言った覚えはないわ!」


 聞いていない、ふざけるな、おれたちはあんたの支配などごめんだ、と下々からの声が飛んでくる。こいつらは命が惜しくないのか。そう思ったのは〇七型だ。


「おい、おまえら。低スペックのくせに、ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇよ」


 すると顔色を変えたアインが、〇七型の首をがっと掴んだ。急の出来事に、建屋一階のアンドロイドたちの視線が、通路キャットウォークのふたりに釘付けになる。


「おまえはいつそんなに偉くなった?」


 人工血液が凍りそうなほどに、アインの口調は冷たく突き刺してきた。彼の親指が〇七型の首根っこ深くに食いこんでいる。


「低スペック……。この言葉を使っていいのは我だけだ。おまえは黙って言われたことだけをしていろ。いいか? 


 乱暴に手を離された〇七型は、どさりと尻もちをついた。喉に手を当てて穴が空いていないか確認をする。視界に浮ぶHUDには、頸部損傷率けいぶそんしょうりつ一三パーセントと黄色の文字で表示された。ごめん、悪かった、〇七型はそう言おうとしたが、なにかがバグっていて声が出せない。


「わかったか!」


 アインは建屋全体に響く声を発した。


「は……、はい」


 他のアンドロイドはうなずくしかなく。


「それで、はどこにあるんですか?」


 〇六型に問われたアインは、後ろを見た。そこにはガムテープで口を封じれられ、手首を縄で拘束されているタイガがいた。足までは縛っていない。もしタイガが自分で逃げようとしても、それくらいの阻止は可能だということだ。ある種の余裕であろう。


「ここにイヴァンツデールの子息がいる。さきに、我は脅迫状をイヴァンツデールの社長に送った。やつのスマホに直接だ。このタイガ・イヴァンツデールの哀れな姿を動画として添付してやった。身代金の要求も済ませてある。あとは、ここに金か警察がくるだろう。なにが来てもけっきょくはひ弱な人間でしかない」


 アインは再び瞳の色を変えた。

 血のような赤に。

 そして、いままでにない口調で、


 ——人間は殺せ。

 ——この世から消せ。

 ——ひとり残らず。


 その言葉を耳にした他のアンドロイドたちに異変が起きた。

 まず、瞳の色がアインとおなじ色に変わった。

 背筋をぴんと正して、出荷前のような直立不動に。

 まるでさっきまでの反抗心は感じられない。

 〇六型の全員が、無口になった。

 洗脳されたかのように。

 あるいは、リセットされたかのように。

 ただの人形と化してしまった。

 しん……、と静まった屋内。

 静寂をつんざく音が鳴った。

 東の窓が、壁ごと破壊される勢いで大穴を開けたのだ。

 そこから飛びこんできたのは、ひとりの女性。

 ひとりのメイド。


「な……」アインはとっさに右を見た。「誰だ!」


 二階の窓から侵入したメイドは、約五メートルの高さを飛んで、建屋一階に着地した。金棒が床に当たり、ごん、と重たい音を鳴らした。


 真上から見るとほぼ真四角の形で並んでいた〇六型は、全員後ろを向いた。ざっ、ざっ、と寸分違すんぶんたがわぬリズムで足を動かして。二九体分の視線が一点に集まる。


「誰か、と聞かれましても」セリカはうつむいたまま言った。「ときに、わたくし自身もわからなくなるのです。人間のようで人間ではない。しかし人間であり、人間でありたいと思っている。そんな、あなたたちに似たような存在です」


 聞き慣れた声に反応したのは、タイガであった。口に貼りつけられたガムテープの奥で、んー! んー!


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