夏休み編 その一 食生活に厳しい陽キャはなんか良い

 ――これは、俺が木村と喧嘩間がいなことをことをしてから、少し経った頃の話。


 夏休みが始まってからおよそ一か月か経過した。

 大学生の夏休みと言われれば、やはりきらびやかなものを想像するはずだ。

 いつものメンツと山やら海やらに繰り出して、大自然に囲まれながらBBQを堪能し、上がったテンションそのままに、星空の下で互いの夢を語り合う。

 そしてきっとその帰りの車内は、行きとは打って変わってしんとしていて、名残惜しさと寝息で満ちているのだろう。

 そういったのが、華の大学生の健全なサマーバケーションであるはずだ。

 そしてなんとなく、わたくし佐伯大生さえきたいせいにもそんな夏休みが待っていると思っていた。|


「......もうこんな時間か」


 枕元に置いていたスマホで時間を確認すると、時間はちょうど午前11時を示していた。

 仕方なく熱のこもった布団からのそりと這い出て、歯磨き等をすべくてくてく洗面所へ向かう。その間にいま一度スマホを確認する。


「よーし。メッセージなし、着信なし、連絡なし」


 敷布団のほうへひょいっとスマホを放り投げ、歯磨きを開始する。

 しゃこしゃこ。

 しゃこしゃこ。

 がらがら、ぺっ。

 居間に戻って一応もう一回スマホを確認しようとするけど、やっぱりやめておく。これで連絡が来ていたためしがない。

 今日も予定はなんもなし。へたれた座布団によいしょと胡坐をかいて、いつも通りネットサーフィンを始める。


 ......さて、ここまででお分かりかもしれないが、俺の夏休みはだいたいこんな感じの繰り返しで過ぎていく。

 バイトまで適当に時間をつぶして、帰ってきたらだらだら夜更かしして、次の日はまた昼頃に起きる。

 そんな生活も悪くはない。というか、こんな生活をしている大学生はだっていっぱいいるだろう。......いるよな? ......い、いるだろ?

 まあとにかく、こんな生活だって大学生のオーソドックスな夏休みの形の一つだろう。


 ただ、世の中にはそんな生活が許せない人間もいるようである。


***


 パソコン画面の右下の時計が午後一時を示している。そろそろ腹が減ってきたころだ。

 そういえば、もう冷蔵庫の中身が空っぽだったはずだ。

 まだバイトまでは時間があるけど、今日のところはコンビニのカップ麺でいいだろう。買い出しはまた今度。

 そうと決まればさっさとパソコンの電源を落とし、財布と携帯をポッケに突っ込んで玄関に向かう。

 面倒事を後回しにしつつ、自由気ままに適当に、自堕落な日を過ごす。


 ......そしていつだって、こういう時にヤツは現れるんだ。


「ん?」


 ドアノブを回す際の抵抗がやけに軽かった。

 その理由は直後に解明される。


「――おっと、ごめんね」


 少しだけ開いたドアの隙間から、良く通る綺麗な声が入り込んできた。

 手ごたえが軽かったのは、外と内の両方からドアを開けようとしたとことが原因だったみたいだ。

 内から開けたのはもちろん俺。そして外から明けた人物も、なんとなく予想はついている。俺の部屋にノックなしで入ってこようとする奴なんて、一人しかいない。


「ノックはしろって言っただろ、小幡」


 ドアを開けて目線を15センチほど下げると、2日ぶりの小幡三枝おばたさえが上目遣いでこっちを見ていた。夏休みに入ってから週3くらいのペースでここに来ているので、特に驚きはしない。

 ......って、あぶねえ。開いた胸元ガン見するところだった......。

 急いで視線を遠く山の稜線に向けると、小幡がえ~? と声を漏らした。


「べつにいいじゃん、一人暮らしなんだしさ。誰にも迷惑掛からないじゃん」

「......か、片付いてない部屋見られるのがイヤなんだよ」

「うっそだあ」


 ちょっと? 俺だってそういうとこ頓着するから。

 確かに小幡を部屋に上げるときに散らかってることはあるのは事実だけども。その一回で勘違いしてもらっちゃ困るってもんだ。

 え、一回じゃないって? まあ、そう言うこともあるだろうよ。ははっ! はぁ......。


「ま、いいや。もしかして、これからどっか出かける感じだった?」


 俺の様子を見て、小幡がそう訊ねてきた。

 小首をかしげる小さな動きでもプルンと揺れる胸元に目線を吸い寄せられつつも、俺は平然とそれに応じる。


「いや、ちょっとコンビニ行こうとしてた」

「そっか。ところで、お昼はもう食べた?」

「え。あー......まあ、な......」

「?」


 ......まずいな。

 小幡は俺がコンビニ飯で一食を済ますことをよしとしていない。

 前なんか、小幡が来る前日に食べたコンビニ弁当をゴミ箱にから引っ張り出してきて説教食らったレベルだ。いや、説教は言いすぎか。とにかく、チクチク言われて痛かったのだ。

 夏休み中は時間あるんだし自炊したら? とかなんとか、そんな感じである。

 べつにここで、俺の身体だから他人には関係ねえだろ! と言い返してやっても......良くないので、ここはなんとか誤魔化さなくてはならない。


「昼は、まだ、だな......」

「へえ。もしかして、この期に及んでまだコンビニでお昼済まそうとしてるの?」

「この期に及んで!?」


 なんか今すごいこと言われた。俺ってばもうこの期まで来ちゃってるのね。


「で? 何しにコンビニ行くの?」

「えーと、それは......」


 ......なんかもう、1手で全部詰まされた感がある。


 いや待て自分。このままやられっぱなしでいいのか?

 なんだって俺は、家族でもない同級生に食生活についてとやかく言われなきゃならないんだ?

 ............。

 ............いや、俺の食生活がひどいからか。

 即詰みだった。


 その日は結局、徒歩20分のスーパーで買った食材でゴーヤチャンプルーを作ったとさ。

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