最大のピンチ?

 母さんも七つ星家の人間だ。

 何歳のときか詳しくは知らないが、都会に出ていってそこでで父さんに出会い、結婚したらしい。

 その前に、母さんもここで数々の怪異に出会ったのだろうか。

 じいちゃんとタケノコ勝負をしたのかな。


「ねぇ、母さん」


 母さんはこの家に来てから、毎日畑の手入れをしている。

 今日はトマトの収穫をしているみたい。

 小さな籠いっぱいにトマトを抱えている。


「どうしたの、明?」


「じいちゃんが、母さんから次の試練をって……」


 俺がそう言うと、母さんはなにかを察したようで籠を地面に置いた。


「明……」


 土が付いた手を俺の頭に置いて、ゆっくりなでてくれる。


「もうそんなところまで成長していたのね」


「俺だって成長はするさ」


 いつまでも子供じゃない。

 母さんもその事実を受け入れたようで、小さく頷いた。


「いいわ、試練ね。ちょっとこっちに来て」


 後ろに付いて行く。

 畑から出て、開けた場所で母さんは立ち止まる。


「そうねー、これくらいかしら」


 母さんはぐるっと周りに大きな円を描いた。

 あれ、なんかこれ既視感が。


「明には、この円の中で私と……」


「相撲?」


「ううん、違うわ。それだと被っちゃうじゃない」


 だよね。

 てか、知ってるってことは母さんも熊と相撲したのかな。


「この円から出たら失格なのは同じだけど、今回は相手を出さなくても勝てるわよ」


「出さなくても?」


 となると、勝敗はどうやって決まるんだろ。


「ルールは簡単。母さんに一発でも攻撃を当てられたら勝ちよ」


「ええ!?」


 母さんに攻撃しなきゃいけないの!?


「ふぅ~、久しぶりに全力で体を動かすわね~」


 困惑する俺の横でストレッチをする母さん。


「え、ちょっと、母さん!?」


「な~に?」


 焦る俺に、呑気な母さん。


「その、母さんは大丈夫なの?」


「なにがよ?」


「危なくないの?」


 だって、恐ろしい怪異相手ならまだしも、親に攻撃だよ?


「あら、母さんの心配をしてくれるのね」


「う、うん……」


 当然じゃないか。

 大事な母さんなんだから。


「大丈夫よ。ちゃんと受け止めるから」


「えぇ……」


 にっこり笑顔が、逆に怖い。

 どうやらマジみたい。


「あとさ、本当に一発当てるだけでいいの? 簡単すぎない?」


「ふっ、私も見くびられたものね」


 中二病風に呟く母さん。

 別に見くびっているわけではないんだけど……。


「明、気を付けるんだぞ。父さんが若いころ、喧嘩したら母さんにパンチをみぞおちに喰らって、救急車呼んだんだから」


「ワシが試練をやったときも、逆に殺されかけたからのぅ」


「も~、あのときはまだ加減を知らなかっただけなの~!」


 見物に来た父さんとじいちゃんから語られる恐ろしいエピソード……!

 これは本気でやらないとまずいな。


「さ、始めましょう。明」


「……うん」


 俺は土俵の中に入る。

 母さんと向かい合い、勝負開始の合図を待つ。


「それでは……勝負開始!」


 緊張の一戦の始まりだ。

 俺は手始めに右手でパンチを繰り出す。

 ゆるーく。

 だって、やっぱり実の母を本気で殴ろうなんて思わないでしょ?


「……明」


 母さんが俺の拳をなんなく受け止める。

 そして、真剣な眼差しで俺を見つめる。


「本気でやりなさいって言ったでしょう?」


「……っ!!」


 俺は今、どの怪異よりも恐ろしい気配を感じた。

 これが殺気というものだろうか。


「手加減なんてしてたら死ぬわよ」


「うわっ!!」


 掴まれていた拳ごと突き飛ばされる。

 驚いた俺のもとに、母さんのパンチが来る。


「ひぃ!」


 なんとか屈んで避ける。

 そして、視線を落とした俺は次の攻撃に気づいた。


 蹴りだ。


 だが、俺の反応速度じゃもう避けるのは間に合わない。

 せめてもの防御で、お腹に手を当てようとした。


 そのときだ。


「うぇえ!?」


 なんと俺の足が勝手に地を蹴り、バク宙をしたのだ。

 蹴りが当たらなかったのはいいが、初めての宙を舞う感覚に戸惑う。

 時間がスローモーションに見える。


「おい、小僧」


 誰かの声がした。

 いや、この頭に響くのは。


「そうだ、我だ」


 ケルベロスじゃないか。


「ケルベロス? なんだそれは?」


 そういや、こいつの本名知らないな。

 それより、なんで来たの?


「ふん、我が将来乗っ取る予定の体が壊れてしまっては困るからな」


 なんだ、こいつもツンデレなのか?


「あの女狐と一緒にするな!」


 女狐……。


「それより戦いに集中せんか! もう着地だぞ」


「え、あ、ホントだ!」


 初バク宙は怪我無く成功。

 一安心……じゃねぇ!

 母さんが走って距離を詰めてくる。

 今度は何を出すんだ。


「右パンチだ!」


 そうだね!


「左蹴り!」


 ありがとう!

 教えてくれるのは助かるけど、このままじゃどうしようもないよね!?


「頭を使え、小僧」


 頭突き?


「物理で使うな! 打開策を見つけろという意味だ!」


 切り札があるのか?

 この力の差を埋めるような。


「ふむ……そのために今こうしてこの体に二つの魂が入っておるのだろうが」

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