かわいい幼女、嫁は誰?

 ここは……?

 一面真っ暗な空間。

 地面はある。

 だが、他に何があるのかは暗くてわからない。

 いや、暗いわけじゃないな。

 その証拠に、自分の体ははっきりと見える。

 じゃあ、ただ単に何もないだけか。

 いったいどこなんだ?


「おかえりなさい、あなた!」


 不意に後ろから声がかかった。

 振り返ると、そこにはニッコリ笑顔の幼い少女が佇んでいた。

 黒髪ロングヘアーで、小柄な顔。

 白いワンピースを着て、頭には赤いリボン。

 右手には……フライパン。

 左手には……バスタオル。

 なんでそんなもの持ってるんだ?


「君は……?」


「ご飯にする? お風呂にする?」


 俺の問いを無視して、質問してきた。

 よくある質問だけど、この場面で聞くと困惑しかない。

 なぜ見知らぬ少女に暗闇でこんなことを訊かれるんだ。


「それとも、あ・た・し?」


 はにかんで、首をかしげる少女。

 いや、そんなこと聞かれても。

 夫婦じゃあるまいし。


「ねぇ、君は誰だい?」


 いろいろ訊きたいことはある。


「え、私のこと忘れちゃったの!?」


 大げさに驚かれた。

 そう言われると、前に会ったことがある気も……する?


「ごめん、覚えてないな」


 やっぱり知らない人だ。


「私は花子」


「花子……」


 名前を聞いても、心当たりはない。


「あなたの奥さんよ♪」


「……奥さん!?」


 予期せぬ爆弾発言。

 さっきの会話からそんな雰囲気はあったけど改めて言われると衝撃だ。


「ふふふ、驚いちゃってかわいい〜」


 ニヤニヤしながら俺を見つめる。

 意味不明な展開に頭が追いつかない。

 なのに、彼女は畳みかけてくる。


「ほら、早く決めて!」


「な、なにを?」


「も〜! さっきから言ってるじゃない! ご飯にする? お風呂にする? それとも……」


 同じ質問が繰り返される。

 俺はなんて答えればいいか悩ん……。

 あ。


「わかった、ご飯ね」


 お腹が鳴ってしまった。

 勝手にご飯と解釈される。


「さぁ、ここに座って」


 目の前にいきなり座布団とちゃぶ台が現れた。

 俺はとりあえずそこに座る。

 いったい彼女はなにものなのだろう。


「はい、どうぞ!」


 俺が一瞬考えていた間に、ご飯が運ばれてくる。

 白いご飯に味噌汁、焼き魚、ほうれん草のおひたし。

 典型的な和食だ。

 とてもおいしそう。


「……けど」


 これ食べても大丈夫なのか?

 毒とか入ってないよな?

 怪しい少女が作った料理だぞ?


「どうして食べないの?」


 横から俺の顔を覗き込んで不思議そうにしている。

 この子には申し訳ないが、食べずに脱出の手立てを考えた方がいいよな。


「あ、わかった!」


 脱出計画をしている隣で手を打つ少女。

 ん、なんだ?


「はい、あーん!!」


 顔を上げると、箸で掴んだご飯を俺の口に運んでくるのが見えた。


「くっ!」


 別にロリコンってわけじゃないけど!

 かわいい幼女の「あーん」は破壊力が高い!!


「ほら、口開けて!」


 急かされる。

 そして、俺は。


「あ、あーん……」


 甘んじて受け入れてしまった……!

 なんだか、敗北感……。

 しかし、なんとも言えない幸せな気持ち。

 幸せならそれでいいんだ!


―――――――――


「おいしかったー」


 結局堪能してしまった。

 一口食べたんなら、もう全部食べてもいいかなとか思ったり。

 で、この後はなにするんだろ。

 帰してくれるかな。

 一生この暗闇は嫌だよ。


「次はお風呂だよ〜」


 今度は浴槽……というかが現れた。

 え、ここに入れと?


「さぁ、早く脱いで?」


 マジで言っているらしい。

 けど、さすがにこんな謎の空間で風呂に入るのは。

 それも初対面の人の前で。


「も〜、仕方ないな〜」


 戸惑っていると、少女は俺に近づいてきてズボンに手をかける。


「ちょ、待って待って!」


 さすがにそれはまずい!

 幼女からしてきたとしても、俺が犯罪者になる!

 それなら自分でやるから!


「後ろ向いてて!」


「はーい」


 俺は仕方なく、服を脱ぎ始める。

 なんでこんなことになったんだよ。

 そもそも俺の目的は……。


 なんだったっけ?


 そんなことより、お風呂だ。

 温かいお湯で疲れを癒やしたい。

 今日はなぜかいろいろ歩き回ったからね。

 洗面器でお湯を……。


「お背中流しますね」


 背中にタオルが当てられた。

 彼女が来てくれたんだ。


「ありがとう」


 優しい手つきが気持ちいい。

 このために一日頑張ってたと言っても過言じゃない。


「ねぇ、あなた……?」


 甘い声が耳元で囁かれる。

 この声で呼ばれると、心が満たされる。


「なんだ?」


「このまま一生ここで暮らしましょう?」


 振り向くと、妻の可愛らしい顔が間近にあった。


「そうだな」


 このまま幸せな生活をずっと続けたいな。


 待てよ。

 「妻」だと?

 「あなた」だと?


「俺の……俺の嫁は……」


「どうしたの?」


「マジカル少女キューティー・リルルだけだー!!!」


 その咆哮であたりの幻想的なお風呂場は粉々に砕け散った。

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