二怪目「呼ぶ者」

山で呼ばれたアイツの正体

「よし! 今日も頑張るぞー!」


 昨日、宇宙人についてはまとめ終わった。

 今日から、二つ目の怪異だ。

 さっそくページをめくる。


「呼ぶ者」


 一番最初にそう書かれている。

 付きまとう者……?

 ストーカーかなにかか?


「それ、己の気に入りし者を見つけ、呼び止める」


 やっぱりストーカーだな。


「その姿何人も伝えず。はっきりと捉えたらば、死が待つと言わるるゆえなり」


 相当過激なストーカーらしい。

 自分の正体が知られたら、殺してしまうようだ。


 なーんて、ふざけてる場合じゃないな。

 わざわざ本に書かれてるくらいだから、だいぶやばい奴なんだろう。

 一つ目から考えて、人外の可能性も十分ある。

 しかし、今回は手がかりがないな。

 どこでどうやったら会えるのか。

 情報がこれ以上書かれてない。

 困ったなー。


「そうだ」


 こういうときは、聞き取り調査をしてみるのもいいかも。

 本当はネットで調べたいんだけど、どうせこんな我が家にだけ伝わるマイナーな話なんて出てきそうにないし。


「お父さんー」


 ちょうど庭でキャンプ用品の手入れをしていた父さんを見つけた。


「なんだー? 明ー?」


 テントを組み立てながら、父さんが答えた。


「この地域の伝承? 昔話かなにかで、人につきまとう妖怪みたいなやつ知らない?」


 妖怪……だよな、たぶんそんなもん。


「……残念ながら、全くだな」


 父さんは首を横に振る。


「そっか」


 まあ、お父さんは七つ星家の人間じゃないし、ここ出身でもないから知らないのは仕方ない。

 こういうのは、ここで育った母さんに訊くべきだな。


「あ、そうだ明」


「なに、父さん?」


 なにか思い出したのかな。


「そういうのは、向いの家の木村おばあちゃんが詳しいぞ」


「え、そうなの?」


 知らなかった。


「あぁ、だから行ってみたらどうだ?」


「わかった、行ってみる」


 まさかこんな近所に詳しい人がいたなんて。


―――――――――


 ここか。

 家は至って普通の一軒家。

 チャイムを鳴らすと、中からおばあさんが出てきた。


「あらあら、まあまあ。よく来たね~」


 優しい声色で語りかけてくるその人の顔を見て、驚いた。

 だって、この間会った人だったから。

 あのとき山に登る前に忠告してくれたおばあさんがこんなに近くに住んでいるとは思わなかった。


「あの、ちょっと訊きたいことが……」


「立ち話もなんだから、入りな」


「え、いや、すぐおわるので……」


「そう言わずにほら!」


 おばあさんは半ば強引に俺の手を引っ張り家に連れ込んだ。

 客間でしばらく待っていると、麦茶とスイカを持ってきてくれた。


「おいしいだろ? 今さっき畑から採ったばっかりなんよ」


 うん、おいしい。

 瑞々しくて、甘い。

 もっと食べたいな。


 けど、そろそろ本題に入らなきゃ。


「あの、この村の伝承で訊きたいことがあって」


「はいはい、なんだい? なんでも言ってごらん?」


「あの、この村で自分の気に入った人に付きまとう妖怪みたいなの……って……」


 俺の口が自然に閉じていったのには、訳がある。

 なぜなら、おばあさんの笑顔がだんだん消えていったから。

 まずいことを尋ねてしまったのだろうか。

 焦っていると、おばあさんがゆっくりと口を開いた。


「一つ、聞いておくわね」


「……はい」


「明ちゃんに、覚悟はあるの?」


 覚悟。

 重々しい響きだった。

 一瞬セミの鳴き声が聞こえなくなる。


 どうだろう。

 どれほどのものを覚悟と言うのか。

 わからないけれど。


「あります」


 あると答える。

 エイリアンに殺されかけたあのとき、覚悟を決めた。

 これから起きる苦難にも同じように覚悟を決めて臨もうと決意する。

 例えなにが来ようとも。

 ……たかが自由研究に命かけるなんて正気じゃないけどね。


「じゃあ、話すわ」


 風鈴が、軽い音を立てた。

 心に響く。


「それは山にいるの。この前あなたが登ったあそこ。そして、通る人の中で気に入った人に声をかける。けれど、けっしてそっちを見ちゃいけないわ。見た人は、二度と帰ってこれないから」


 あの山にいる……。

 通る人を呼ぶ……か。

 あれ、じゃあ。


「……俺が呼ばれたのって、それだったのかな」


「明ちゃん、呼ばれたのね!?」


 おばあさんは興奮して俺に身を寄せる。


「はい。でも、おばあさんが道を外れるなと言ってたので気にせず登りました」


「よかったわ……」


 胸をなでおろし、安心してくれた。

 本気で心配してくれていたようだ。

 そして、俺の肩にそっと手を置く。


「これから明ちゃんがなにをするのかはわからないけれど」


 真剣な眼差しを俺も受け止める。


「あれを相手にするときは、決して見てはいけないわ」


 見てはいけない。


「わかった?」


「……わかりました」


 俺はおばあさんに約束して、別れた。


「見てはいけない……か」


 厄介な怪異だな。

 対策するためにも、図書館でもっと調べて見るか。

 山に行くのはその後だ。

 俺は一度、家に帰った。

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