隠し味を召し上がれ

 俺はジャングルの中を闇雲に駆ける。

 地面はぐちゃぐちゃだし、草が生えてて足元が見えない。

 笑えない環境だ。

 何度も転びそうになりながら、必死で逃げる。

 今日ほど登山用の靴を履いていたことに感謝したことはないかもしれない。

 ありがとう、父さん。


 これからどうしよう。

 逃げるだけじゃどうしようもない。

 いつか捕まってしまう。

 それならやっぱり殺すしかないよな。


「あれ?」


 目の前がどんどん明るくなってくる。

 ちょうど山の頂上に出たときのように、光が見えてきた。

 近づくとわかった。


「川だ……」


 小さな川が横切っていた。

 ここから先に進むには、この川に入らなければならない。

 幸い深さはそこまでなさそうだから渡れそうだが。


「……ギャー!」


 やば。

 鳴き声が聞こえた。

 いつ来てもおかしくないな。

 川を渡るか?

 いや、渡ったところで。

 いっそのことここで……。


―――――――――


「ギャアーーー!!」


 エイリアンは茂みから勢いよく飛び出してきた。

 今回ははっきり動きが見える。

 なぜならここは見通しのいい川だから。

 俺は川の中で奴を待つ。

 そうすれば襲ってくるときに派手な水音が出る。

 草木は生えていないし、視界も良好だ。

 水は少し濁っているけど、まあ仕方ない。

 新しい棒も拾ったことだし、準備万端だ。


「来いよ」


 エイリアンも今回は諦めたのか、素直にまっすぐ水に突っ込む。

 正々堂々かはわからないが、正面から俺を倒すらしい。


「ギシャ!」


 大きな水しぶきをあげて、跳ねた。

 けど、前より手前じゃないか?

 これなら俺がこの棒で叩き落す前に落ちるから大丈夫……?


 なんて油断を見せたのが悪かった。

 奴の体が口のように横に真っ二つに裂け、そこから鋭い触手が飛び出た。


「……っ!」


 避けるのが遅れた。

 間一髪でかわしたが、頬をかすめる。

 痛い。

 ヒリヒリする。


 直後、エイリアンの着地で激しく水が飛び散る。

 そのせいで反射的に目を閉じた。


 俺は馬鹿だ。

 水しぶきで見えなくなることを考えてなかった。

 なんとか目を開けたときには、もうエイリアンの姿がない。

 きっとどこかに、水底に身を潜めているんだ。

 だが、奴は一切動かずに潜っている。

 音もしないのに探し出せるはずがない。


 俺は頬に手を当てる。

 真っ赤な血がべっとりつく。

 俺は人間だからな。

 あんなエイリアンに負けてたまるか。


 全神経を集中させる。

 どこから襲ってくる。


「ギャアーー!」


 叫び声が聞こえる直前、わずかに水音がした。

 振り向いて、奴の位置を補足する。

 右斜め下から迫るのがわかった。

 不思議とスローモーションに感じる。

 これがゾーンってやつかな?

 狙いを定め、振る。

 当たるがやはり、落ちてはくれない。

 それならまたこの棒を投げるか?

 エイリアンも同じことを考えていたらしい。

 俺が投げたと同時に、ジャンプする。

 顔めがけてとびかかってきた。

 とっさに左腕を出して防御するが……。


「終わりだ……」


 エイリアンはがっしりと俺の左腕を掴んだ。

 腕まで来てしまったなら、もう剝がせない。

 諦めて食べられるしかないようだ。


「ほら、食えよ」


「ギギギギギ!」


 奴も勝ちを確信したのか、目を細めた。

 笑っているみたいだ。

 ゆっくり口……かはわからないが体を開き、触手を出す。

 それを徐々に近づける。


 ……何も俺を食えとは言ってないぞ。

 お前が食うのは。


「このナイフだ!」


 右手に持ったナイフをエイリアンの口内に突き刺した。

 触手の根本、心臓のように波打つなにかに深々と。


「ギョアーーー!!!」


 おぞましい断末魔をあげるエイリアン。

 どうやら弱点だったみたいだ。

 痛いくらいに俺の腕を締め付けていた奴の手足が力なく離れる。

 水に沈んでいった。


「やったか?」


 これで生きてたらもう終わりだ。

 さっきのナイフが最後の手段だったから。

 お父さんから借りたサバイバルナイフを腰に下げていたのを思い出して本当によかった。

 再びありがとう、父さん。


 あ、まずい。

 エイリアンの死体が流れていってどこにあるかわかんないや。

 水は血でさらに濁ってて、とても見つかりそうにない。

 つまり、ナイフが回収不可能。

 父さんにはなんて言い訳しよう。

 ……エイリアンを殺したときになくしちゃった?

 信じてもらえるかな。


「ブラボー! 明くーん!!」


 あいつが帰ってきた。

 こいつが話し出したってことは、殺せたっぽいな。


「なあ、帰してくれよ」


「おけまる! ちょいウェイトですー!」


 人が死闘を繰り広げてたのに、なんでこいつこんなに陽気なんだよ。

 とか脳内で愚痴ってたら、景色が宇宙船に戻ってきた。

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