35 レックスの過去①


 地元で一二を争う私立の進学校。その学び舎に見事入学したレックス――――松田樹には入学して間もなく親友と呼べるクラスメイトが出来た。


 親友の名は安浦やすうら蒼龍そうりゅう。身長は樹と同じくらいだったが、線が細い樹と違い蒼龍は大柄で筋肉隆々。顔の作りも二人は対照的だった。入学式から女子に目を付けられ速攻で“王子”と渾名を付けられた樹。対して蒼龍は色黒なニキビ顔に低く丸っとした鼻が特徴的で、クラスメイトから直ぐに“熊”と渾名を付けられていた。樹はカメラに興味があったから写真部、一方の蒼龍は柔道部に入部した。


 見た目も部活も違えど、二人は驚くほど気が合った。偶々入学初日に話をしたことを切っ掛けに、休み時間の度に互いに話しかけ、馬鹿な話をしては大声で笑い合い、自然と何をするにもつるむことが多くなった。二人とも何事も物怖じせず楽しむタイプだったので、自然とクラスで目立つようになり、入学して三か月も経てばクラスを越えて学年にも二人の名は知れ渡り、所謂スクールカーストの上位に位置するようになっていた。二人の周りには男女関係なく生徒が集まり、そこからは常に楽し気な笑い声が響く、そんな日常がいつしか当たり前になり、樹と蒼龍は充実した学生生活を送りながら友情を育み、互いが他とは替えが利かない親友だと認識するようになっていった。


 夏休みに入り、文化部の樹が比較的暇になり、蒼龍は部活で忙しくなった。それでも何かイベントがある毎に二人は一緒に遊んでいたし、柔道の実力者だった蒼龍の試合の応援にも樹は頻繁に顔を出した。


 そんな夏の八月上旬、蒼龍は柔道の全国個人戦に出場し、ベスト8に入るという快挙を成し遂げた。それは柔道部で過去最高の戦績だった。


 そんな大会の翌日、樹は蒼龍に呼び出された。てっきり大会に関する話をされるのかと思って待ち合わせ場所に行った樹はそこで予想外の報告を受ける。


「やったぜ樹!! やっと“あの子”にオッケーを貰えた!!」


「!? マジか!? やったじゃん!!」


 “あの子”とは蒼龍が中学時代から片思いをし続けていた他校に通う女子の事で、蒼龍がしてきたのはその子との交際報告だった。樹は蒼龍と親しくなってから割と早い段階からその子をどうやって落とすかという恋愛相談を度々受けていたのだ。


「試合に呼んで、終わった後に告ったら、生まれて初めて女子に格好良かったって言って貰えた!! とうとう美来が俺の彼女になった!!」


「おいおい、付き合って早々名前呼びかよ」


「まだ本人にその辺の許可は取ってない!!」


「はははっ、なんだそりゃ」


 叫んで喜びを露わにする程蒼龍が惚れ込んでいた彼の人生初めての彼女。それが“遠野美来”だった。





 蒼龍と美来が付き合って以降、樹は早く彼女を紹介しろよと蒼龍をせっついていた。それは純粋に親友がずっと片思いをしていた彼女がどんな女子なのかが気になっていただけで、深い意味など全くなかった。だから樹は蒼龍が頑なに美来を会わせようとしないのは照れているだけだと思っていた。


 そうして樹が蒼龍にやっと美来を紹介して貰えたのは、秋になり樹に高校初の彼女が出来て割と直ぐの事だった。秋祭りにダブルデートで行くことになったのだ。


 樹が初めて美来に会った時に抱いた印象はかなり良かった。笑顔が多くて見た目も可愛いし、物腰は柔らかいながらもしっかり者。細かい事に気が付いて優しい気遣いの出来る女子。それが美来の第一印象だった。


 流石は俺の親友が惚れた女。


 樹は心の中で胸を張りつつ、美来と並んで幸せそうに笑う蒼龍を見てとても満足した。しかし、この日から樹の与り知らぬ所で彼の人生の歯車は狂っていった。





 樹と当時の彼女、蒼龍と美来は親しくなり、何度かダブルデートを繰り返した。四人で会う内に自然と樹と美来は打ち解け会話も弾むようになった。ただ、樹は直ぐに美来と一対一の会話をする事を避ける様になった。何故なら蒼龍が樹と美来が話す度に表情を僅かに硬くする事に気がついたからだ。


 渾名が王子なだけあって当時の樹は非常にモテた。告白を受ける事もしょっちゅうだったし、体育で少し活躍すればどこからともなく黄色い声が上がり、樹とコミュニケーションを取った女子は数秒程度の会話の後だったとしても他の女子から羨ましがられた。周囲が露骨にそんな扱いをするので樹自身も自分がモテているという事をしっかりと自覚していた。悪い気はしなかったが、モテる事が原因となって時々男子と揉める事があった。好きな女を誘惑しただとか気がある振りをして弄んだとか。それは失恋からの逆恨みが殆どだった。いちゃもんを付けられる度に樹は反論したが僻みからかいまいち言葉が相手に響かない事が多かった。そんな時は蒼龍がいつも庇ってくれた。樹と比べて雄々しく男子人気が高かった蒼龍の言う事なら男子は受け入れやすく、大抵の問題をその場で解決する事が出来た。


「お前みたいなイケメンが相手だとな、女子は目が合っただけでも好きになっちまうんだから、気を付けろよ」


 蒼龍は仲裁をしてくれる度に冗談混じりに似た様な忠告をしてきた。さすがに目が合っただけで好きになられることは無いと思ったが、揉め事が起こるたびに気分が滅入った樹は女子の扱いには気を付けなくてはならないとそれなりに注意して行動するようになった。当然相手が蒼龍の彼女ともなれば樹もかなり注意深くなり、余計な波風は絶対に立たせまいとそれなりに気を遣って接していた。


 にもかかわらず、樹は不可抗力ながら最も目を付けられてはならない女子に目を付けられてしまった。


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