第4話 クレームの結果

 狭いワンルームのアパートに戻ってきた私は、電気を付けるとすぐに冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。


 片手でビールを持ちながら器用にジャケットを脱いでベットの上に放り投げる。そして、自由になった両手でプルタグを開けると、缶ビールを口に当て、少しずつ乾いた喉に流していく。


「ふぅー。うまっー」


 この姿は男子には見せられないな……。ふっ。

 なんか、食べるものあったっけ?などと思っていたら、『プルプル』と音がした。


 テーブルの上に無造作に置いていたスマホを手に取る。どうやら麻由美さんからのラインのようだ。


『お疲れ様〜〜!今日、大変だったんだね?山音商事の担当って、うさんくさい奴やったでしょ!?私も昔、ここ担当したことがあってさ、こいつほんと嘘つきなんだよね〜』


 ただぼんやりとスマホをみていた私は、「えっ?」とその『嘘つき』という言葉に目が釘付けになった。

って……。


 『まさか?今日の電話の内容も嘘なの?』


 私は、テーブルにビールを置くとアドレスから麻由美さんを選び、すぐに電話を掛ける。すると、麻由美さんは二コール目で電話を取ってくれた。


「もしもし、先輩?すみません。遅くに……。今、大丈夫ですか?あっ、、ラインありがとうございました。で、その、、すごい気になってしまって電話したんですが、山音商事の担当が嘘つきって、、一体どんな嘘つくんですか?今日、私、その担当から結構圧のかかった電話を受けて、そして、、」


 勢いそのままにだぁーっと話している私に麻由美さんがストップをかける。


「ほらほら、落ち着け落ち着け。まあ、嘘っていうのはね、自分のところが有利な条件をごり押ししてくるんだよ。で、それをうちがいいですと言ったじゃないかといちゃもん付けてくるという感じかな。今日のって、もしかして、その類だったの?」


「は、、はい。そうです。あ〜、もしかして、私やっちゃったかな……」

「ん!?あ、、そうなんだ。やっぱりか〜。だからかな……」


 麻由美先輩は、一人納得している。

 私は、もう気になってしょうがない。なんなん、一体!?

 

「えっ?先輩どうしたんですか?何があったんですか?」


 できるだけ落ち着いた雰囲気を装い聞いてみる。


「いや、今日の夜さ、残業してたら田中君が戻って来て、その後、所長にむっちゃくちゃ怒られててさ。凄いめずらしいじゃない?田中君が叱られるってさ。で、聞き耳立ててたら、なんかさぁ、『五十万の売上げの為に三十万も返品とるとかお前は素人か?うちの粗利がぶっ飛んどるやないか』って怒られてたよ」


 私は顔から血が引いて行くのが分かった。


 やはり、あの電話は嘘だったんだ。田中君がそんな商談をする訳ないと分かっていたのに、何故私はそれを最後まで信じなかったんだろう?今、私は、声も出ないくらい後悔していた。


「先輩。それ、私なんです。私なんですよ、それっ!悪いのは、、、嘘にひかかったのは、私なんです!」


 私は、田中君のへ申し訳なさと、こんなに簡単な嘘を見抜けなかった自分への悔しさとで頭がいっぱいになっていた。


「わかった……。でもね、もう終わったことだし、しょうがないじゃない。田中君は、来月中に数字でやり返すっていってたよ。そうそう、数字のトラブルは数字で解決するってね。なんか格好良かったわ〜田中君。しまいには、所長もまあ、頑張れやって、、怒りも治まってたしね。心配しなくていいよ。来週、田中君になにか甘いものでも買っていけばいいよ。ほら、彼、甘いものには目がないでしょう?ふふふ」


 気にしなくていいからねと麻由美先輩に何度も言われつつ電話を切った私だったが、どうにも気持ちが落ち着かない。あの誠実で有名な田中君が所長に怒られてしまうなんて……。私は、ほんとなんてミスをしてしまったのだろう。

 

 すぐに謝りたい……。


 私は、迷った末に、田中君の仕事用携帯に『今日はごめんなさい。間違った判断をしたのは私です。今後気をつけます』とショートメールを送信した。


 すると、すぐに返事が来た。


「誰でもミスはするもんやし。逆にいつも俺は助けて貰ってるやんか。気にせんといてな!今度、甘いもの奢って!それでチャラや!楽しみにしてるわ!」


 その時の私は、スマホの画面に映った文字を見て、凄く安心しながら微笑んでいたと思う。なのに、頬を涙が伝っていたのだ。


 男友達、、いや会社の同僚だが、男性とのやりとりで、これほど気持ちが落ち着くことは、ここ最近無かったと思う。

 

 どうしても和樹と比べてしまう。

 和樹とは約七年間の付き合いだし、阿吽の間柄といっても過言ではない。だけど、親しき仲にも礼儀ありということわざの通り、何かお互いへの思いがずれている気がする。そう、今の私達はどこか歯車がかみ合っていないような気がするのだ。


 きっと、、、

 それは、和樹も同じなんだろうなと思う。


 だからこそ、和樹は明日、私を奈良に連れて行くんだ。

 私達の楽しかった思い出を探しに……。



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