第2話 凄い味

 自動販売機を求めて純が走り回る。その熱意を受けて友加里も額に汗して探した。

 青い空にオレンジ色の光が滲み、伸びる影が濃く感じられる。午後六時が近づいて二人は単独行動となった。

「あったよ!」

 歓喜の大声は友加里であった。大きな手招きで純を呼び寄せる。

「ほら、ここ!」

「本当にあったよ! 売切でもない!」

 駆け付けた純は友加里と手を取り合って喜んだ。

 興奮状態から抜け出すと純は二つ折り財布を手にした。小銭入れから硬貨を出して友加里に目をやる。

「わたしが買うね」

「それでいいよ」

 釣り銭が出ないように硬貨を投入口に入れた。微かに震える人差し指でボタンを押す。転がるような音で缶が現れた。

 純が缶を掴み取り、ゆっくりと回していく。商品名の他に隠れた一文が目に留まる。

「ドクダミが五十パーセントだって」

「五パーセントにすればいいのに」

 友加里は渋い表情で言った。

「でもさ、多い方が美味しいのかもよ」

「開けてみれば」

「そうだね。こうして手に入れたわけだし」

 純はぎこちない笑みでプルタブを起こした。空いた穴を覗き込む。

「色はわからないね。匂いはどうだろう」

 言いながら缶を鼻に近づける。友加里は声を潜めて言った。

「どんな感じ?」

「……ドクダミの臭いに牛乳を混ぜた感じ」

「商品名、そのままじゃない」

「まあ、味がよければいいわけで」

 苦笑いを浮かべた純は飲み口に唇を押し当てて、ゆっくりと傾ける。一口のあと、友加里と目を合わせた。

「凄く美味し、くない」

 純は鼻筋に皺を寄せた状態で舌を出した。青紫の毒々しい色に友加里まで渋い表情となった。

「やっぱりね」

「苦くて渋い味に牛乳が混ざると、最悪に近付くみたいな」

「捨てる?」

「もったいないから、最後まで飲む」

 缶を持っていた手が震える。握り直して再び口を付けた。大きく傾けず、少量を小刻みに飲んだ。

 純は猫背となった。口を開いて新鮮な空気を取り込む。目にした友加里は、大丈夫? と訊きながら背中を摩る。

「……たぶん」

 青紫の歯を見せて弱々しく笑った。立てた親指は季節に関係なく、ブルブルと震えていた。

 時間と共に缶の量は減っていった。半分を超えた辺りで純は涙目となり、もう無理、と呟きながらも飲み進めた。

 友加里は唇を引き結ぶ。覚悟を決めた目となって缶を奪い取った。

 止める間はなかった。口を付けて豪快にあおり、一気に飲み干した。

「もしかして美味しい?」

「……凄い不味い」

 感想の直後、口に手を当てた。今度は純が懸命に背中を摩った。

 数分後、友加里は持ち直した。柔和な顔付きでオレンジジュースを喉に流し込む。

「オレンジジュースは最高ね」

「凄い味のあとだからね」

 純は緑茶のペットボトルを選んだ。口をゆすぐようにして飲み、ようやく自然な笑みを取り戻した。

「これに懲りたら」

「ねえ、これはどうかな」

 いつの間に取り出したのか。純はスマートフォンの画面を見せる。友加里は表示された物を見て片方の眉を僅かに吊り上げた。

「松茸味のチョコレートってどうなのよ」

「これは当たりでしょ。発売日は今月の中旬でコンビニ限定だって。あと三日だよ。今から楽しみだね」

 純の屈託のない笑顔に友加里は苦笑で返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なんとも言えない青春の味 黒羽カラス @fullswing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説