手乗りミイラ飼育日記

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手乗りミイラ飼育日記

 流行に乗って、手乗りミイラを飼いはじめた。


 言うまでもなく、これまでミイラは人間大が当たり前だった。

 それをとあるベンチャー企業が品種改良し、手乗りサイズ――個体差はあるが、体長5cm~10cmほど――に縮めることに成功したのである。


 事業拡大を目論む社長は頻繁にメディアに露出し、投資を呼びかけていた。

 巨大ピラミッド型ミイラ繁殖場、すなわちGPMF(ジャイアント・ピラミッド・ミイラ・ファーム)はいまや有望な投資先として注目を浴びている。


 かくいう私も、投資話から手乗りミイラに興味を持ったクチだ。

 10口の以上の出資で1体をプレゼントされるということで、どうせならと貯金をはたいてまとまった額を投資したのである。


 それにまったく知らないものに投資をするわけにもいかないだろう。

 あくまで勉強のためだ。

 決して、動画でプレゼンされる手乗りミイラの愛らしい姿に独り暮らしのさみしい女が癒やされてしまったというわけではない。


 * * *


【飼育1日目】


 玄関のチャイムが鳴り、宅配業者が手乗りミイラを届けに来た。

 そわそわした手付きでダンボールを開けると、まず目に入ったのはパンパンに膨れた透明なビニール袋だ。

 酸素を充填して輸送中に窒息しないようにしているんだろう。


 ビニールの中には包帯だらけの姿が見える。

 おがくずにまみれてなんだかカブトムシのようだ。


 急いで取り出してやりたくなるが、そこはぐっと我慢。

 同梱の飼育キットのセットアップが先だ。


 飼育キットの内訳は以下の通り。


・手乗りミイラ飼育マニュアル

・手乗りミイラ専用エサ(1ヶ月分)

・ピラミッド型オブジェ

・30cm立方体キューブ型オールガラス水槽(蓋付き)

・底砂

・エサ皿

・観賞用ライト

・小動物用パネルヒーター

・温湿度計


 ネットの噂で聞いていたとおり、最初の3つ以外は市販のペット用品と一緒だ。

 一揃い買うとそこそこの金額にはなるので、これだけでもお得感がある。


 欠品がないことを確かめ、事前に用意しておいた水槽台に水槽を設置した。

 目の細かい砂を注ぎ入れ、平らにならす。(ひょっとして砂漠の砂なのかな?

と思ったら、包装に「熱帯魚用化粧砂」と書かれていた)

 背面に観賞用ライトとパネルヒーターを取り付け、水槽内にピラミッドのオブジェと温湿度計を設置したら準備万端だ。


 手乗りミイラの入ったビニール袋をそっと砂の上に横たえる。

 そして封を切り、自分から外に出てくるまでじっと待つのだ。

 飼育マニュアルによれば手乗りミイラは警戒心が強く、無理に袋から出そうとするとストレスで病気になってしまったりするのだという。


 手乗りミイラが水槽内で遊ぶ姿を早く見たいが、焦って死なせてしまっては元も子もない。

 暗いほうが安心するらしいので、部屋の電気を消し、じっと息を殺して待った。


 待つこと15分。

 ビニール袋のおがくずの中から、もそもそと小さな人形が這い出してきた。

 その姿は数々の映画やゲームのモチーフとなった「ミイラ男」そのものである。

 キョロキョロと周囲を見渡しながら、慎重にビニールの外に出てきた。


 足元の砂地に気がつくと、膝をついて両手でさらさらとかき回す。

 まるで砂の感触を楽しんでいるかのようだ。

 やがて手乗りミイラはピラミッドのオブジェに気がつき、その中へと姿を消した。


 むう……15分も待ってまともに姿を見れたのは3分にも満たなかったな。

 スマホで撮影する暇もなかった。


 ま、慌てる乞食はなんとやらだ。

 慣れれば手のひらからエサを食べてくれたりもするらしい。

 焦らず、じっくり付き合っていこう。


 * * *


【飼育2日目】


 朝起きて真っ先に水槽の様子を確認する。

 水槽内に手乗りミイラの姿は見えない。

 まだピラミッドの中に引きこもっているのだろうか?


 先にできることを済ませてしまおうと温湿度計をチェック。

 少し湿度が低いようなので、霧吹きで軽く一吹きする。

 素人考えではミイラは乾燥を好むものだと勘違いしてしまうが、実は適度な湿気が必要らしい。かといって、過度な湿気もよろしくない。

 温度も同様で、20℃~25℃が好ましいとされる。


 これは野生のミイラの生息地であるピラミッド内部と近い環境なのだ。

 砂漠と言えば昼夜の寒暖差が激しい乾いた土地をイメージするだろうが、ピラミッドの内部は温度も湿度も1年中ほぼ一定。


 長らく強力で恐ろしい怪物と誤解されていたミイラだが、生態の研究が進むにつれ、実はデリケートで弱々しい生き物であることがわかってきている。

 考えてみれば当たり前の話で、ミイラほどの生き物が砂漠の生態系を席巻していないのはこうした弱点があるからなのだ。


 続いてエサ皿を置き、付属していたミイラ専用エサを数粒入れる。

 原料は企業秘密でわからないが、見た目は犬猫用のドライフードみたいだ。


 外でゴソゴソしている様子が聞こえたのか、ピラミッドオブジェの内側から手乗りミイラがひょこっと頭を出している。

 これはもしかすると、エサが気になっているのだろうか?


 手乗りミイラを刺激しないようそろりそろりと歩いてスマホを手に戻ると、エサを両手で持ってカリカリと食べる手乗りミイラの姿があった。

 脇目も振らず一心にエサに食らいつく姿はリスのようでとても愛らしい。


 興奮で震えそうになる手を必死で押さえ、スマホを向けてシャッターを切る。


『我が家のミイラ、初捕食の瞬間!!』


 そう題してSNSに投稿した写真はそこそこ話題になった。


 * * *


【飼育10日目】


 今日は記念すべき日である。

 なんとミーちゃんが私の手から直接エサを食べてくれたのだ!

 エサをつまんだ私の指先を抱え込み、懸命にエサを食べる姿は何にも代えがたい。


 あ、ミーちゃんというのは手乗りミイラにつけた名前だ。

 いつまでも一般名詞ではかわいそうなのでちゃんと命名してやった。


 安直すぎる名前だと思うが、SNSでアンケートを取ったら一番人気だったのだから仕方がない。(私としては「イラちゃん」が一押しだった)


 別に芸能人でもないのだから気にする必要はないのだが、ミーちゃんの画像や動画をアップするようになってからSNS上でのフォロワーが爆発的に増えた。

 素材を使わせて欲しいというメディアからの依頼も数件舞い込んできている。


 なるほど、これが「バズる」ということかと妙に感心してしまった。


 * * *


【飼育16日目】


 スルメを食べながらテレビを見ていたら、水槽からミーちゃんの熱い視線を感じた。

 同じ乾物同士ということで何かシンパシーが生じたのだろうか?


 いや、そんなわけがない。

 私はスルメを小さく裂いて手に持ち、ミーちゃんの前でふらふらと振ってみた。


 するとどうしたことだろう。

 スルメにぱっと飛びつき、これまで以上の勢いで猛烈に食べているではないか!


 楽しくなった私は、つい残りのスルメをすべてミーちゃんに与えてしまった。

 肴が無くなってしまったが、喜ぶミーちゃんの姿だけでいくらでも酒が飲める。


 * * *


【飼育17日目】


 スルメを食べるミーちゃんの姿をSNSにアップしたら、猛烈なバッシングにあってしまった。いわゆる炎上である。


『専用のエサ以外を与えるとどんなトラブルがあるかわからない。例えば犬にチョコレートや玉葱を(略)スルメも猫に与えると消化不良に(略)』


 といったお叱りの言葉が山のように送られてきた。

 重複する内容を別人が何度も送ってくるので辟易する。


 適当な謝罪文をアップして、ほとぼりが冷めるのを待つとしよう。

 それにしても世の中には暇人が多いものだ。


 * * *


【飼育30日目】


 SNSを再開したが、しつこくバッシングしてくる人間は現れなかった。

 ほっと一息である。


 約2週間もの間、かわいいミーちゃんの姿を見られなかったフォロワーの皆様には誠に申しわけがない。

 というわけで、溜めに溜め込んだミーちゃんフォルダを大放出だ。


 ミーちゃんを愛でるコメントが大量に押し寄せてきて大変にうれしい。

 ミーちゃんの姿が見せられなくなるのはもはや人間社会にとって損失だと言っていいだろう。


 というわけで、炎上しそうな画像はアップせずに自分だけで楽しむことにした。

 口の周りの包帯を脂でベタベタにしながらサラミにかじりつくミーちゃんは私だけのものだ。


 * * *


【飼育85日目】


 専用エサを買い足すのが馬鹿らしくなってきた。

 やたらと高価な上に、ミーちゃんの食いつきも悪いのだ。


 毎月律儀にエサを買い足していたら、約束されている最低リターンに近い金額になってしまいそうである。

 事前に気が付かなかった私もうかつだったが、これは投資にかこつけて手乗りミイラを普及させ、専用エサを売って儲けようという商法なのではないだろうか?

 自ら火をつけ自ら消火する、いわゆるマッチポンプである。


 出資者の一人である以上、事業拡大に貢献するのはやぶさかではない……と考えがちな心理につけ込んだ巧妙な作戦であるとも言えるかもしれない。


 しかし、理屈はどうあれ、納得がいかないのは事実だ。

 撮影用のエクスキューズとして専用エサは必要だから在庫は残しておくが、購入頻度を下げることに決める。


 専用エサ以外をあげるようになってから、ミーちゃんはむしろ元気になっているくらいなのだ。

 品質の低いエサを高値で売っているのではないか、という疑念までわいてくる。


 * * *


【飼育100日目】


 朝起きると、ミーちゃんがピラミッドの前でうずくまっていた。

 ピクリとも動かないので心配になり、顔を近づけて観察する。


 すると、ミーちゃんの背中の包帯にぴしりと縦線が入った。

 縦線はじわじわと拡がり、亀裂へと変わっていく。

 その隙間からは、真っ白で美しい包帯が覗いていた。


 これは脱皮だ!


 私は慌てて定点カメラの録画ボタンを押し、ミーちゃんへピントを合わせた。

 あれから手乗りミイラにまつわる画像や動画をアップする人間は増えてきていたが、私の知る限り、脱皮の瞬間を捉えた者はいない。


 飼育マニュアルによると脱皮は十数年に一度あるかないかの稀な現象だという。

 飼育開始からまだ半年も経たないというのに、その瞬間に立ち会えたとはなんという幸運だろう!


 愛情をもってミーちゃんを育ててきた私だからこそ、幸運の女神が微笑んでくれたに違いない。


 ミーちゃんの脱皮を見守り、アップ用の動画を編集していたら朝日が昇っていた。

 ミイラの脱皮という神秘は、人に時間を忘れさせるものらしい。


 * * *


【飼育101日目】


 無事脱皮を終えたミーちゃんは一回り大きくなっていた。

 成長を実感。


 * * *


【飼育102日目】


 ミーちゃんの脱皮動画はあっとう言う間に拡散され、もっとも話題のキーワードとして「ミーちゃん」「手乗りミイラ」「脱皮」がトレンド入りした。


 ほとんどが称賛や感動の声だが、わずかに「うちの子も脱皮したよ」という報告が交ざっている。

 だが、私のように証拠の動画や画像を上げるものはいなかった。


 いくら手乗りミイラがブームになりはじめているとは言え、十数年に一度の現象がそんなに何度もあってたまるものか。

 おそらく、人気を羨んだ他の飼い主が適当なほらを吹いているのだろう。


 * * *


【飼育149日目】


 証拠画像付きの脱皮報告がSNSで散見されるようになった。

 みんなどんなインチキをしているのだろうか?


 * * *


【飼育183日目】


 ミーちゃん、まさかの脱皮2回目。

 何かの病気ではないかと心配になる。


 専用エサを食べさせていないせいだろうか……?

 負い目があるので、開発会社GPMFに相談もできずもどかしい。


 * * *


【飼育184日目】


 今日もミーちゃんは元気いっぱいだ。

 昨日の心配は取り越し苦労だったようだ。


 身長を測ってみると12センチほどになっていた。

 ひょっとして、日本最大の手乗りミイラになったのでは?


 * * *


【飼育242日目】


 ミーちゃん、3回目の脱皮。

 前回のようにうろたえたりはしないが、さすがに頻度が多すぎないか?


 脱皮後の大きさは目測で15センチほど。

 身体が大きくなるにつれて食べる量も増え、エサ代がかさみつつある。


 ちなみにいまのお気に入りはビーフジャーキーだ。

 ミイラだけに香辛料が効いた食べ物が好きなようだ。


 * * *


【飼育270日目】


 ミーちゃんのエサ代節約のため、生ハムを手作りするようになった。

 通販で格安の肉を買い、香辛料と塩でまぶして寝かせるだけだ。


 意外に簡単に作れる上に美味い。

 作り方の動画をアップしたら、なかなか好評だった。


 * * *


【飼育386日目】


 開発会社GPMFからの配当金がいつまでたっても振り込まれない。

 メールの返信もないし、何度電話をかけても話し中だ。

 トラブルでもあったのか?


 ミーちゃんはあれからさらに3回の脱皮をし、30cmを超えている。

 水槽では狭いのでほぼ物置と化していた部屋をミーちゃん専用にした。

 エアコンをフル稼働して適切な湿度と温度を保っている。


 電気代で圧迫された家計に追い打ちをかけるように、エサ代はかさんでいる。

 配当金が入らないと困るのだが……。


 * * *


【飼育400日目】


 朝食を摂りながらニュースをチェックしていると、開発会社GPMFが破産手続きに入ったというニュースが目に飛び込んだ。

 事前の連絡などはなく、完全に寝耳に水である。


 SNSを確認してみると、詐欺だの集団訴訟だのと騒がしい。

 お金のこと以上に専用エサが手に入らなくなることを不安がっている飼い主もいる。


 よその子とはいえ、飢えるようなことになってしまってはかわいそうだ……。

 ミーちゃんが好んで食べているものを教えてあげたいが、かつての炎上が脳裏をよぎってためらってしまう。


 * * *


【飼育422日目】


 覚悟を決めた。

 ミーちゃんにあげている食べ物を動画にしてアップしたのだ。


 手持ちのエサもなくなってしまったという飼い主の声を目にし、居ても立っても居られない気持ちになったのだ。


 公開直後の反応は上々。

 バッシングのコメントもままあるが、他の手乗りミイラ飼い主やファンたちが「それなら餓え死にさせろというのか」と反撃するので大事にはなっていない。


 なんとも言い難い連帯感をおぼえ、がらにもなく目頭が熱くなってしまった。


 * * *


【飼育431日目】


 ミーちゃんの身長が50センチを超えた。

 いよいよエサ代に困り、「欲しい物リスト」というものをはじめて公開してみた。


 住所や名前を公開せずに、インターネットを通じた有志からプレゼントを買ってもらえる例の仕組みである。

 リストの内容はすべてミーちゃん関連の食料やグッズである。


 驚いたことに、公開直後に何人もの人たちが購入してくれた。

 これでしばらくはミーちゃんの暮らしも安泰だ。


 感謝という言葉だけでは言い表せない気持ちに包まれる。


 * * *


【飼育442日目】


 手乗りミイラ(といっても30センチ超えの個体だが)がネズミを捕まえて食べる動画が公開され、物議をかもしていた。

 捏造か、あるいはよほど飢えていたのか……。


 一部の論者がしたり顔で「危険な動物だから処分すべきだ」と語っている。

 こいつらこそ、脳みそが干からびてるんじゃないのか?


 ネズミくらい、猫だって捕まえるだろうに。


 * * *


【飼育444日目】


 動画配信者をマネジメントしているという企業から連絡がきた。

 所属して、プロの動画配信者にならないかという話だった。

 提示されたギャラは副業としては有り余るほど魅力的な額だった。


 こういう話は聞いたことがあるが、自分ごととして考えたことがなかった。

「ミーちゃんに絶対無理をさせないこと」を条件に、承諾しようと思う。


 上手くいけば、ミーちゃんのお世話代に頭を悩ませることはなくなるだろう。


 * * *


【飼育555日目】


 動画配信の副業は上手くいっている。

 他の有名配信者とコラボすることで、爆発的に視聴者数が増えた。


 共演する配信者たちもいままでになかったコンテンツということで喜んでいる。

 配信者にとって一番の敵がネタ切れなのだそうだ。


 私はミーちゃんの日々をほとんどそのまま垂れ流しているだけで、ネタ作りなど考えたこともなかったのだが……。


 私も少しは考えるべきか?


 * * *


【飼育561日目】


 ミーちゃんに猫耳カチューシャをつけてみたらバズった。

 本人も気に入ったようで、撮影が終わっても取ろうとしない。

 とてもかわいい。


 ミーちゃんの身長はいまでは1メートルを超えた。

 もう幼稚園児くらいの大きさになっている。


 言葉を発する気配はないが、ひょっとしたら、教えたら話せるようになるのではないかという根拠のない期待を持ってしまう。


 * * *


【飼育592日目】


 暗いニュース。

 大きく育った手乗りミイラが、子どもを襲って怪我をさせたらしい。


 ワイドショーのコメンテーターや、一部の過激な議員が規制や処分を訴えている。

 犬だって人を襲うことがあるだろうに。まったく馬鹿らしい。


 私の動画のコメントも、非難するものが増えてきた。


 * * *


【飼育611日目】


 手乗りミイラが人間やペットを襲うニュースが連日世間を騒がせている。

 一体どうしたことなのだろう?


 うちのミーちゃんはこんなにもおとなしいのに……。

 きっと飼い方が悪いせいで、気性が荒くなってしまったのだ。


 人間が悪い。


 * * *


【飼育652日目】


 最近、自宅を出入りするときに視線を感じる。

 気のせいか?


 * * *


【飼育664日目】


 キーボードを打つ手が震えている。

 こんなときに日記をつけるのも我ながらどうかと思うが、日課をこなすと少し心が落ち着いてくる。


 今日……というか先ほどあったことをまとめよう。


1.外出から帰り、ドアを開けたところを後ろから男に襲われた

2.玄関に押し倒された

3.男は「手乗りミイラなんか死んじまえ!」などとわめいていた。どう見ても正気ではなかった

4.首を絞められた

5.意識が遠くなりかけたが、急に楽になった

6.ミーちゃんが部屋に男を引きずり込んでいた

7.ミーちゃんの部屋からは、バリバリ、ぐちゃぐちゃと音が聞こえてくる


 つまり、そういうことだ。

 どうすればいいのだろうか?


 * * *


【飼育665日目】


 まだ音が聞こえてくる。

 恐ろしくてミーちゃんの部屋の戸が開けられない。


 ネットを見ると、ミイラが人間を襲ったというニュースで溢れかえっている。

 悪夢でも見ているのか?


 * * *


【飼育666日目】


 何もする気がおきず、テレビをつけっぱなしにしていた。


 どのチャンネルもミイラ、ミイラ、ミイラ一色だ。

 日本中でミイラが凶暴化し、人間を襲っているらしい。

 警察では手に負えず、超法規的に自衛隊の出動も検討されている。


 コメンテーターのミイラ研究者(珍しくまっとうな人選だ)によれば、GPMFが販売した手乗りミイラは新種などではなく、原種のミイラそのものなのだそうだ。

 特殊なエサで成長を抑え、小さくなったように見せかけていたとのこと。


 それを告発しようとした矢先に倒産し、政府にも危険性を訴えたがどうせ潰れた会社の話だと無視されてしまった、と。

 インターネットを通じての呼びかけも行ったが、誰も聞く耳を持たなかった……と早口でまくし立てている。


 砂漠でこそピラミッド内部でしか生きられなかったミイラだが、まったく環境の異なる日本ではどうなるかわからないという話だった。

 ブラックバス、アメリカザリガニ、ハクビシン、セイヨウタンポポ……などの侵略的外来種を引き合いに出し、爆発的な繁殖の可能性についてつばを飛ばしながら語っている。

 早口の合間に、手乗りミイラの飼い主はすぐに警察か保健所に連絡して処分してもらうべきだと繰り返し訴えている。


 どこもかしこもミイラだらけの日本になるのか……ぼんやりとした頭でその光景を想像し、ちょっとだけ楽しくなる。

 彼らの頭には、みんな猫耳のカチューシャがついているのだ。


 この非常時に何をくだらないことを考えているのだろう。

 現実逃避はこの辺にして、問題と向き合おう。


 ミーちゃんの部屋の戸を見て、深呼吸を3回。

 バリバリ、ぐちゃぐちゃという音はもう聞こえない。


 私の覚悟は、もう決まっている。


(了)

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